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2:転生先は、悲劇の美少女でした

「……美人だな」

 窓ガラスに映る己を凝視しながら、高田――ヘザーはぽつり、と呟いた。

 先程から、急に口を押さえてキョトキョトしたりと、挙動不審度満点であるが、シスターたちは顔を見合わせてそっと肩をすくめるだけであった。

 彼女たちの表情からは「何を今さら」という呆れが、駄々洩だだもれである。


「そうね、あなたきっと、国一番の美人ね」

「言えてる」

「いえ、ひょっとしたらヨーロッパで一番かも――顔が怖いけど、大丈夫?」

 そう言ったシスターが、ヘザーの背中にそっと手を添えつつ、彼女の顔を不安げにのぞきこむ。


 しかしヘザーは、それどころではなかった。

 おそろしく目を惹く美貌、シスター仲間、伯爵へ養子入りという情報――そして自分の「ヘザー」という名前。

 高田ないしヘザーは、それで全てを察した。


 ガバリ、と彼女は自分の上に被せられていた、掛け布団duvetをひっぺがした。

 そういえば、至極普通に英語を理解して、そして発音している自分もいる。その事実にもゾッとした。


「ヘザー……ちょっと、どうしたの?」

「わりぃ、オレ、ここ出るわ」

 自分の背中をさすってくれているシスターに、たいそう凛々しい顔でそう言い切った。


 次いで、入院着のままベッドを飛び降り、ガラリと窓を開ける。

 途端、シスター仲間たちが悲鳴を上げて、錯乱したとしか思えない彼女の引き留めにかかった。


「で、出るって、どういうこと! ここ三階よ!」

「来週には、伯爵様のお迎えが来られるのよ! 馬鹿なことしちゃ駄目よ!」

「ちげぇよ! 伯爵サマが来るから逃げんだよ!」

 ヘザーの口調は、事故前と比べてかなり乱雑になっているのだが、彼女たちはそれどころではない。


 血走った目で窓から飛び降りようとするヘザーに、それ以上に鬼気迫る顔でしがみついていた。

「駄目だわ、やっぱり頭おかしくなってる!」

「誰か、お医者様呼んでぇー!」

「呼ぶな! オレはシラフだから! マトモだから!」


 がなり返しつつ、ヘザーは窓際で粘った。そう、彼女も必死だったのだ。

 なにせここは、彼女が高田であった頃に何度も観た、胸糞うつホラー映画『フロム・ジ・アビス』の世界なのだ。

 しかも自分は何故か、その映画のヒロインになっている。


 ヒロインなのだから、たとえ鬱作品であっても最後はハッピーな結末が待っている――わけがない。

 『フロム・ジ・アビス』は「これがあったからこそ、『ヘレディタリー/継承』が生まれた」と言われるほどの胸糞で鬱な映画なのだ。ホラーなのだ。


 むしろヒロインこそが、不幸のオンパレード展開の花形である。

 ヘザーは散々酷い目に遭い、理不尽過ぎる不幸展開に見舞われまくった挙句に最後、発狂してしまうのだ。


 高田は生前、ドヤンキーであった。

 グレ始めたのは小学生という、生粋のヤンキーである。

 そんな人生だったので、気を許すのは数少ない友人と、そして彼が高校生の時に亡くなった祖母だけであった。


 友人の大半は、彼と同じヤンキー種族であったが、中には何人かオタク種族もいた。

 ヤンキーとオタク――

 一見水と油のような関係に思われるが、どちらも「世間のルールやノリからはみ出てしまった者」同士ということで、案外気が合ったし交流もあったのだ。


 そんなオタク君の友人から、以前「異世界転生」というジャンルのコミックないしアニメ作品が流行っている、ということは聞いたことがあった。

 異世界と言っても、全く言語が通じないような、人型生命体が存在しないような未知の世界ではない。

 転生者が慣れ親しんだ、フィクションの世界に転生するのだという。


 高田はロクに学校にも通わず、高校もどうにかこうにか卒業出来た程度の学力の持ち主である。

 おまけに高校は、名前さえ書ければ入学できる、とまで評されていたお馬鹿学校だった。

 だから自分が馬鹿である、という自覚はある。

 しかし馬鹿である反面、彼はとても素直な性分でもあった。


 だから

(オレもたぶん、その異世界転生ってのをしたんだろうな)

と、窓から飛び降りようとしつつ、すんなり納得はしていた。


 そして数の暴力に押し負けて、シスター仲間たちによって床に押さえつけられた時も、

(たぶんヘザーが、じゃがいもですっ転んだ時に、本当に死んじまったんだろう。で、そこになんでかオレが入り込んだんだな、きっと)

と、案外冷静に状況を把握していた。


 馬鹿ではあるが、喧嘩という荒事を日々繰り返していたため、彼は状況判断も早かったりするのだ。

 ただ、やはり馬鹿であるため。

 あまりにも騒ぎ過ぎたため、駆け付けた医者から何かヤバそうな薬を打たれてしまう羽目になった。


 シスターたちに押さえつけられている隙に、老獪ろうかいそうな医師がヘザーの入院着の袖をまくり上げ、ポケットからガラス製の注射器を取り出した。

 前世では見たこともないような、大きな針が装着されている。


「なんだよそれ、布団針かよ!」

 叫びつつ暴れようとするも、やはり数には敵わない。そもそも病み上がりのためか、体が重いのだ。


「誰もいねぇ時に、こっそり逃げりゃよかった」

 と小声でうめいた時には、もう遅く。

 薬を打たれ、ベッドに再度寝かしつけられた時にはもう、意識を手放していた。

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