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第18話 A ravenous impulse ignites……

「……以上が、作戦の全貌です」



「本当に、やるんですね……。ぼ、ぼくも、なにか力に……」



雨雲が空を覆う中、不安そうな表情を浮かべるのは幼い少年のトパーズくん。

足を負傷している彼を闘いの場から遠ざけるのは、勇者として当然の選択。

もしもここで彼を作戦に巻き込めば、最悪の場合命を落とす可能性すらありますから……。



「あぁ、そうですね。もしよかったらトパーズくんには私達の勇姿をその目に焼き付けて頂きたいです……♪」


彼の無垢な願いが胸に響くも、私は微笑を浮かべながら静かにその提案を否定しました。



「それって、居なくても同じじゃ……」



「ふふ、違いますよ……。トパーズくんのような小さなファンに応援して貰えるのは、私達にとってとても大きな力になるんですから……」



「そ、そうですかね……?」



「えぇ♪だから、トパーズくんは”絵”の中で待ってて下さい……。大丈夫、これは入念な戦略に基づく完璧な作戦……。既に、勝負はついたも同然ですから……♪」



私は彼の頭に手を置きながら、優しく微笑みます。

しかしトパーズくんは尚も不安げな声を漏らし、俯いてしまいます……。

なんとなく、その姿に離れ離れとなってしまった仲間の姿を重ねます。

仕方ないですねぇ、ガーベラさんに感謝して下さいよ……?



「”天は私達に味方している……”。ほら、アスファルトばかり見てないで上を向いて下ください……。万事順調、問題なしです」



頭から手を離し、指をパチンっ!と鳴らすと空から濁流のような雨が降り注ぎました。

トパーズくんは顔を上げ、呆然とその光景を目に焼き付けます。



「緋色の……雨……」



「”終焉の血雨(ブラッドレイン・ブレイカー)”……。緋色の勇者が持っていた本来の魔法です。魔力を遮断し、工場の機能を完全停止させる魔法。これだけ大規模だと多少の時間は掛りますが……」



かつて”緋色の悪魔”として立ち塞がった元勇者の”本来の魔法”を模写再現し、武器工場に叩き込みました。

ゾンビ化させるのは無理ですが、魔法を洗い流して無力化させることは出来る。

工場を丸ごと占拠したも当然です……♪

雨の色が少々派手なので、気づかれる前に上手いこと調整もしておきましょう。



「みなさんヤル気満々ですし、ね。大丈夫ですよ……。トパーズくんは安心して私達の帰りを待っていてください……。さあ、この”絵の中”へ。すぐに終わらせて来ます……」




「は、はい……!ご武運をお祈りしています……!銀色さん!気を付けて!!」




額面から私に向かって声を張り上げるトパーズくん。

その瞳には恐怖の色が見えますが、それ以上に私の身を案じてくれていることが伝わってきました。



(ふふっ……いい子ですねぇ……)





”幼いながら気丈に振る舞う少年の絵”を見やり、私は堂々と工場を静かに練り歩きます。

降り注ぐ雨は心の高ぶりを冷ますには丁度いい。

自然と、南西諸島の前線で戦った時のことを思い出します。

あの時の市街地戦も、大雨が降り注ぎ血を洗い流すかのような高揚感を覚えましたっけ……。

実に心地よい。



(イケナイ癖ですね、戦いに興奮するなんて……マリーさんとアザレアさんにどやされてしまいます……)



品がありませんわ〜!とか、獣人よりケダモノだニャ〜!とか色々言われそう……。

兄さんがいたらなんて言うのだろう……?

塹壕で吹き飛んだ”あのコ”が見たら……?



――――――戦争が好きなの……。



私は一人で頭をブンブンと降って、その問いにNOを示します。

私だって戦争は嫌い……人の夢も未来も家族も、友達だって全て奪う。

だから、嫌い……。



――――――本当に……?愉しんでるんじゃないの?



「うるさい」



……分かっていても私の中に眠る”もう一人の自分”が顔を覗かせてしまう。

闘いのものを渇望しているかのように……。



(元の世界の……第四次忍界大戦の時とは違う。私は戦争を起こさせない為に戦うのです。……勇者として、世界を平和にする為に。さっさと終わらせましょう……)




雨で濡れる頬に手を当てながら、私は目的地に向かって足を進めます。

向かう場所は武器保管庫……。

監視も鍵も、この雨の前では全てが無力化される……。




「さぁ、カーニバルの時間です♪私達が作った銃器……。存分に活用してやりましょう♪」




それでもやっぱり、口角が上がってしまう。

緋色の勇者の雨も……私の中にあるケダモノじみた熱を消すことは出来ないみたいです……。




――――――

――――

――



――――反乱だ!!!労働者達が暴れている!!は、はやく取り押さえろ!!



――――無理だっ!!!奴ら、銃器を装備してやがるっ!!!滅茶苦茶に撃ちまくってるんだぞ!!!どうしろって言うんだ!!!



――――あんな大量の”弾”……っ!!!い、いったいどこからぁ……?!!しかも、何故労働者たちはこの”暗闇”で正確な射撃が――――――ぐぁああああっ?!!!



――――怯むなッ!怯むなぁッ……!!俺たちも弾幕を張って応戦をッ……??!な、なんだコレ???引き金が引けない?!何でだ??!アイツラのは平気なのに……??う゛ぐっ!!!



――――この雨のせいだ!!!俺たちの銃火器は約に立たないし、通信も効かない!!!クソぉ!!!




――――女帝陛下さま……ッ!アメジストさま……ッ!!誰か、たすけて……ッ!!!




監視塔や、その下にある数多の工房から様々な人の悲鳴が心に響いてきます……。

私が”鼓舞”した労働者さん達が首尾よく暴れて下さっているようですね。

つまり奇襲は成功。

まっ、当然です♪

私の言葉なら、彼らは魂を捧げるように聞き入る……。

私兵として毎夜ASMR調教した甲斐がありました。



「全てッ……!キサマの策謀通りか…ッ?!!銀色勇者ァァア!!!!」



「もちろんです。私は勇者……。戦争を企てる武器工場なんて破壊します。平和を守るとはそういうこと……」



巻き込まれた(?)とは言え、兄が守った世界の平和を脅かすものは許しません。

それが帝国の工場であろうと、私はそれを破壊する。

その為にリコリスの感応魔法で労働者達の心を掴んで闘うよう鼓舞させた。

女船長の絵画魔法でみんなを隠し、緋色の勇者の雨魔法を使い武器工場の機能の停止させた。

本当に長い準備でしたよ、強制労働させられながら色々仕込むのは……。



「おのれぇ……ッ?!!」



紫色の瞳に怒りを孕ませ、アメジストさんは声を荒げます。

いい顔ですねぇ。

銃口に囲まれながらも戦意を失わない意思もグッドです。



「私をっ、舐めるなぁアアッ……!!!」



「……射撃用意、撃てっ!」



私の合図と共に、アメジストさんを取り囲んでいた銃口が一斉に火を噴きました。

耳をつんざくような銃声が鳴り響き、放たれた弾丸が彼女に向け一斉に襲い掛かる……。




「その程度の弾幕でッ!!私をッ!四鉄華を殺せると思ったかッ!!!!」



弾丸がアメジストさんを貫く直前で、彼女を中心に展開された刃の障壁が全ての弾丸を弾いていました。

これが彼女の固有魔法――――――”刃の軍団(ブレード・レギオン)”。

物質を刃に変え、操る魔法。

感応魔法でどういう魔法を扱うのかは事前に把握していましたが、思った以上の防御性能です。


ですが――――――……。




「まだまだ……第二射っ!!」




私は再び射撃指示を送ります。




「無駄だと言っているだろうッ!!!私の刃は、鉄をも断つッ!!弾丸だろうと斬って見せるッ!!」



「第三射用意……」



「くッ!!!」



アメジストさんは刃の障壁魔法は確かに堅牢です。

この程度の火力では突破は難しい。

けれど、それはあくまで個人の魔力によって生み出したもの……。

つまり”無制限には生み出せない”。



「第四射……」



「クソッ!!クソぉ!!!!」



100発の銃弾で倒せないのならば、1000発の銃弾を浴びせればいい。

1000発の銃弾がダメなら10000発の銃弾を……それでもダメならそれ以上の銃弾を死ぬまで浴びせ続ければいい。


私が元いた世界の諺です。

アメジストさんは防戦一方で反撃の糸口すら掴めていない。

動揺しているのが、顔を見なくても分かります。

個人がいくら強かろうが、この数相手に魔力が枯渇してしまえばそれまで……。



「第五射……六射……」



「……ッ!!?」



鉛色の弾丸が彼女を守る刃の障壁を削り、火花のような魔力を散らせます。

徐々にその身体が後退り、さらに銃弾を受け止める。

魔法の剣戟と銃が織りなす協奏曲は、徐々に熱を増しながら鳴り響いていく……。



「七射……八射……九射……」




「う、ぁぁあッ……!?」




「十射目ぇッ!!」




アメジストさんの反応が、一瞬遅れました……。

そして動揺は、大きな隙に繋がります。



「なッ……?!馬鹿な……っ!!刃が……!!刃が消えたぁッ?!!」



彼女が生み出していた魔力の刃が形を失い、空気に溶けるように消滅してしまいました。

”魔力を枯渇させて、切り札を潰そう作戦”も成功ですね……♪

彼女はもう魔法を放てない。



「こうなったらァあアアッ…!!!」



魔力が底をつくや否や、私に肉薄して直接攻撃しようと試みるアメジストさん。

刃の障壁がなくなったのだから、それが最善の策でしょう。

けれど、自慢の鋭い剣を片手に私に斬りかかる彼女の動きはハッキリ言って”遅すぎる”。



「っ……?!!」



「相手が悪かったですね……。労働者さん達には見えなくても、私にはバレバレです♪」



一呼吸で攻撃圏内に侵入してきたアメジストさんの斬撃を皮一枚で躱し、私は軽くステップを踏みます。

そしてそのまま、彼女の懐へと入り込み……。



「あぐぅッ?!!」



「ほらね?」



彼女のお腹に私の拳が深々と突き刺さりました。

その衝撃に耐えきれず彼女は膝から崩れ落ち、剣を床に落とします。


「なっ?!!銀色さん、大丈夫ですか?!!」



「すげぇっ!!!全然見えなかった!!今のも絵のヤツとか、雨のヤツと同じ再現魔法ってヤツですか?」




「いいえ。ただの”拳打”……ですっ!」




私はそのまま拳をアメジストさんの腹部にグリグリと押し付けながら、淡々と答えます。

あ、もちろん手加減はしてますよ?

だって私勇者ですし♪




「い゛っ?!や、やめろぉ……ッ!!お、お腹が……ッ?!」



「このデカケツ女ぁ!!大人しく降伏しやがれってんだっ!!!」



「誰かロープ持ってこい!!!縛りあげろ!!!」



銃火器を装備した労働者さん達が、身動きの取れないアメジストさんを拘束すべくわらわらと群がります。

抵抗する様子も見せずされるがままの彼女を見ながら、私はのんびりと勝者の余韻に浸ることにしました。




「う、ぐ……!キサ、マ……っ!この、ような真似をしてタダで……済むと……」



「思っていますよ。当然です……」



「四鉄華に手を上げたのだぞ!!!戦争だ!!」



「そ〜ゆ〜の、私の元いた世界では当たり屋ヤクザって言うんですよ?私は戦争を”未然”に防ぐため、武器工場を破壊しただけ……。邪魔するデカケツ女をぶん殴っただけ……。世論はどちらに傾くと思います?」



「ぐ、ぅう……ッ!!キサマァア?!!」



「アメジストさん、もうお終いにしましょう。これ以上は無意味です」



私は彼女の耳元で囁きながら、その髪をそっと撫でました。

もう抵抗する気力もないようでしたから……。



「みなさん、これで武器工場の鎮圧は完了です。貴方達は自由です……」



私の言葉が響いた瞬間、労働者さん達の間に歓声が広がりました。



「お、おぉ?!!」



「勝ったのか?!俺たち勝てた……ッ?!」



「奴隷じゃねぇぞっ!俺達!!解放されたんだ……っ!」



私が高らかに宣言すると労働者なみなさんは歓喜の声を上げます。

長い労働から解放されたと嬉し涙を流す者……。

家族の元に帰れると顔を破顔させる者……。

彼らはみな思い思いに感情を爆発させています。

私としては、彼らの苦労が報われてよかったのですが……



(……もう少し苦戦すると思いましたけど、案外拍子抜けですねぇ……)



実に呆気ない。

アメジストさんの心を覗き見た時、この武器工場には”彩喰オリオン”の関与が見て取れた。

正確には、オリオンの配下である魔人シグナスの姿を……。

だからこそ、ここでひと暴れすればオリオンが直接動くと思っていたのですが何もない……。

心を読むにどうやら”工場の建設時以来、シグナスとは会っていない”ようですし、これ以上の問答は無用でしょう。




「牙を持て……爪を伸ばせ……瞼の裏に月は無し……」



「はい……?」



突如、アメジストさんが脈絡のないことをボソリと呟きます。

その目は虚ろで、どこか遠くの世界を見つめているようでした。



「歩め、歩め、血の道を……。夜の帳は裂けぬまま、獣の吼え声、響き渡る……」


「……アメジストさん?貴女、何言って……」



「……う、唄だッ!!!」



「?」




唐突に労働者さんの一人が叫びます。

その叫びは、恐怖と絶望が混ざり合い、心の奥底を凍らせるような感覚を伴っている。

心を覗き見ずとも……底の見えない恐怖と、おぞましい絶望がその声から伝わってきました。

しかし恐怖の感情がデカすぎて具体的なことは何もわからない。

それ程までに、恐ろしいことが迫りつつある。




「いやいや。怖がりすぎだろ、どうせ気が触れただけだって!」



「それか飲み過ぎだな!業務用アルコールをがぶ飲みして現実との境界線が曖昧なんだ!!オレもそうだし♪!」



「お前ら馬鹿言ってんじゃねぇよ!!!これは”夢魔の種”による共鳴だ!!!故郷で同じ例を見たことがある!!化け物がクルぞ!!!」



「落ち着いて下さい……。取り敢えずアメジストさんから離れ――――――――……」




――――――ズッパぁアアアアんッ……!!!




耳をつんざくような音と共に、何かが弾け飛んだ。

視界が赤黒く染まり、何かが降り注いでくる。

それが自分の血だと気づくのに、時間は掛からなかった。

そして、振り返るとそこには……。




「まさか……アレは、私の……手……???」



私の右手が……。

二の腕から下の感覚が消える。

心臓の鼓動に合わせて痛みと熱が蝕んでいく。

汗が噴き出し、呼吸が乱れる。

視界に靄がかかり、頭がクラクラする……。

周囲の音が遠くなり、労働者たちの歓声も次第にかき消されていく。




「影を纏いし人の姿……蠢く肉体、力宿り深淵の声が響く時……真実の形、甦る……」



アメジスト……さんの身体が闇を纏い変化する。

宝石を思わせる紫の眼が血に濡れたように赤黒く変貌し、背中には幾千もの刃を背負う異形の姿へ。

私は傷口を抑えながら、その姿を見上げることしか出来なかった。



「叫びを喰らう者よ、目覚めよ……涙を流せぬ瞳で、爪の先で夢を裂け……夢の終わりに咲く花よ、その棘でワレをツラヌ、ケ……ガッ……アァア゛あ゛ア゛ぁあァアあ……ッ?!!?!」



(あ、これ、ヤバい奴ですね……)



私は自分の命が風前の灯火であることを悟りました。

いやはや、本当に……。

まさかこんな展開になるなんて……ね?




「ばっ、化け物だぁあああああああ!!!」



「デカケツ女がが、がっ?!ひっ?!!ひぃいいいぃいい!!!」



「なんだよコイツ?!!なんなんだよ?!?!」



「に、逃げろッ!!殺されるぞ!!」



労働者のみなさんの悲鳴が重なり合う。

恐怖の感情が、絶望が……。

私の中を駆け巡って、私の視界をぐらりと揺らす……。



「きぃギャ、ハハハはハっ♪!素晴らしい!素晴らしいゾ!!コレがッ…ア……!!”魔獣”の力ぁアア♪!!!!」



耳障りな声が漏れ出した瞬間、アメジストという人間はもうどこにも存在していなかった。

そこいるのは、辛うじて”人間の顔”を保っているが、決して人間ではない”何か”……。

背中から生えてきた六本の脚はウネウネと不自然に伸び縮みを繰り返し、爬虫類を思わせる長い尻は、薄暗い空間の中で不気味に蠢き周囲の空気を震わせている。

目は光を失い、かつての冷酷さや計算高い性格は、もうどこにも見当たらない。

長く伸びた首の先からダラダラと涎を垂れ流し、気色悪い笑顔を貼り付けた”人面魔獣”が私の目の前に立ち塞がっていた……。





(なるほど……あの時は知りえませんでしたが、緋色の勇者はこうやって……)




「あガ……ッ!あー、たのしシぃ、ワタシィ、のモノォオっ!!こノ地ヲ支配スルはワタしだァけぁああ……?!!!?!ぜぜぜ、ぜ、ぜん員ギロチンんッ……!!しょ刑すル、するるるるるるるるるるんっ」



アメジストだった人面魔獣は尻尾で天井を突き破り、空に向かって炎の塊を噴き出した。

それは空高くで花火のように爆散し、大気を震わせ火の雨を降らす……。

まるで、開戦の合図のように……。




――――ドォオオンオオオッ!!!!!




「ひ、ヒィィィいイイ?!!こ、工房に引火したぁぁあ?!?!」




「武器工場が燃えているっ?!!



「ヒデェっ!!敵も仲間も関係ねぇッ!!!辺り一帯、全部火の海だぁああああああっ!!!!!」



ゴゥッ!っと燃え広がる炎と、ここまで巻き上がる熱風。

工場の油に引火したのでしょう。

まるで夕焼けのように空を照らしつけながら、炎は留まることを知らず、人も工場も焼き尽くして無制限に燃え広がっていく。

別働隊の労働者さん達の悲鳴が、監視官達の怨嗟が……。

全てが混ざり合い、不協和音となって私の耳に届く。




「がガがァッ!!アハはハハっ♪!逃げロ逃げロッ、逃ゲロォ!!!焼いテヤル殺シテヤル!!絶望ヲ味ワッテシマぇえええッ!!!火葬の時間んダァッ、ゴギッギキキキ……ッ♪!!」




「ふんふむ……なるほどなるほど。意識はほぼない、ただ衝動で動いているだけ……。つまり私の感応魔法も、リコリスの言葉による魔法も通用し得ない、と」



「銀色さんっ!早く逃げないと!!火がっ!火がぁあ!!!」



労働者さん達の悲鳴がつんざく中、私は冷静に自分の置かれている状況を整理します。



銀色勇者、花村ミズキ……18歳。



仲間ナシ……。

勇者の武器ナシ……。

右腕、ナシ……。




「ようやく、面白くなってきたじゃないですか……♪」



「へ……?」




戦意、マシマシ……!





――――――――――――――――――――――――


【夢魔の種】


人間を魔獣に変える禁忌の種。

種そのものが独立した意識のようなモノを孕み、唄を歌って宿主となる人間を取り込もうとする。

この種に適合できる者は極小数で、適合した者でも完全に制御することは出来ず、肉体と精神を乗っ取られてしまう。

この種が原因で国が滅んだ歴史もある為、その危険度は計り知れない。


人間至上主義の廻聖教会ではタブー中のタブーであり、見つかれば即刻”異端者”として家族もろとも処刑されるだろう。

アレルギー反応ともいえる教会の撲滅運動で西大陸では一切見られなくなっていたが、東領域では密かに取引されている。


しかし栽培方法が難しくこの180年間で栽培に成功、量産できたのは”大禍時七魔将”、彩喰のオリオンただ一人である。

元”緋色の勇者”ツバキも、この種に共鳴したが故に……。




【人面の魔獣】


四鉄華の一人、アメジストが夢魔の種と共鳴を果たして変化した姿。

その精神は完全に”種”に乗っ取られており、もはやアメジストとしての人格はほとんどないに等しい。

六本脚で身体は爬虫類に似たフォルム……しかし頭部だけは人間のそれなので非常にアンバランスで気持ち悪い。

背中に生えた無数の”刃”は伸縮自在で、自在に動き回って敵を切り刻むことが出来るようだ。

また、アメジストの固有魔法である”刃の軍団(ブレード・レギオン)”も問題なく使用できるようで、他者を切り裂く防御壁の刃は顕在。

弱点であった魔力の大量消耗が、魔獣化によって起こらなくなってしまっている。

その肉体が滅ぶか精神を破壊されない限り、永遠に人を切り刻み続けるだろう。

それが、かつての部下や自国の民であろうとも畜生道に堕ちた彼女には関係ないのだ。

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