『若き戦士たちへ――
若き血潮よ、耳を傾けろ。
これは命令であり、お前たちの時代の呼び声だ!
お前たちは、今ここで立ち上がり、国のために戦う運命にある!』
祖父のこの台詞、もう何度目でしょう?
使い古したエンピを握り直し、スマホから響く欺瞞に満ちた演説を聞き流します。
地面は冷たく、泥が重い。
肩にかかる荷物も、現実も、全部ひたすら重いだけ……。
『第四次世界大戦が勃発して一年、すでに北方領土、南西諸島が火の海に包まれている。
我々の国が危機に瀕しているのは明白だ。
お前たちの家族、愛する者たち、すべてが敵の汚れた手によって奪われる瀬戸際なのだ。
この地を汚す者たちを一掃しなければ、お前たちが知る世界は崩れ去るだろう』
奪われるって…もうほとんど奪われた後じゃないですか……。
家も、日常も、そして未来も。
第二次世界大戦の頃と何も変わってない。
いや、それよりもひどいかもしれないですね。
ドローンだの、AI無人兵器だの、機械化人間だの……。
最新技術を駆使してると言っても結局人間が泥にまみれて戦場に出る羽目になる。
果たして私たちは進歩してると言えるのでしょうか……?
『歴史を思い出せ。第二次世界大戦では、数百万もの命が失われ、我が国は爆炎と鉛玉の嵐に包まれた。
しかしお前たちの曽祖父たちは、その命を国のために投げ打った。
彼らはその戦火の中で、恐怖に怯えながらも前進し、敵を撃ち倒したのだ。
第三次世界大戦でもそうだ!
さらなる死と破壊が我が国を飲み込んだが、我々の国は立ち上がり、戦い、勝利した。
お前たちの祖父や父親たちはその激闘を生き延び、骨を埋め、世界に平和の礎を築いたのだ。
その血の犠牲の上に今の我々の生活がある。
何千万もの死体の上に築かれた勝利こそが、今の貴様が享受している平和の礎だ!』
(はっ……!)
またそれかと、心の中で嘲笑が漏れます。
祖父の言う「平和の礎」なんてシロモノは存在しない。
だってそうでしょう……?
そんなものが本当にあるのなら、どうして私は今、こうして泥にまみれて塹壕を掘っているのですか?
何千万もの死体の上に築かれたのは平和なんかじゃなく、新しい戦場の土台に過ぎない。
死体は死体です。
積み上げれば、その上に新しい兵士が送り込まれるだけ。
過去の戦争を讃えて、それを理由に若者を再び戦場に送り出すなんて狂ってる。
『敵は再び牙を剥き、若いお前たちの未来を食い尽くそうとしている。
第四次世界大戦は、過去の戦争と同様に、我々に同じ選択肢を与えている――戦うか、死ぬかだ!』
「……ふざけんな」
今度はハッキリと声に出ました。
生か死かだなんて、そんな簡単な選択肢じゃないでしょう……?
塹壕の中で余命を待つか、敵のドローンに一瞬で吹き飛ばされるか……。
そんなくだらない二択の中で、一体何を選べって言うのです?
祖父は昔から変わらない。
偉大な総司令官、戦争の英雄だと称えられるけど、その実態はコレ。
本当にバカバカしい……。
『己の怠慢で、祖国が滅びるのを黙って見過ごすつもりか?
それとも、その軟弱な身体を叩き起こし、名誉と誇りのために、戦場に立ち命を捧げる覚悟があるか?
この歴史をただの昔話のように聞き流し、無意味なものとしているのではないか?
第三次世界大戦の終わった後の時代に生まれたことが、偶然の幸運だとでも思っているか?
否、否、否、違う!今こそ、貴様ら若人もその歴史に名を刻む時なのだ!』
「またやってるわね、あの大演説……」
隣にいる隊員が、肩越しにぼそっと呟きます。
彼女の顔も泥まみれで、目の下には深いクマが刻まれている。
何日も眠っていないように見えるけれど、実際、私たちはもう数日まともに寝ていない。
「時代錯誤のカセットテープみたいだわ。本当に。アナタのおじいちゃん、あれで私たちがやる気になるとでも思ってるのかな?」
彼女の皮肉に、私もつい口元が緩んでしまう。
やる気なんてもの、とうの昔に尽きている。
それでも手は止まらない。塹壕を掘らなきゃ、敵の攻撃から身を守れない。
それが今の私たちの現実だから……。
「少なくとも、あの演説が役に立つことが一つだけあります」
シャベルを握る手に力を込めながら、私は空を見上げます。
どんよりとした灰色の空、どこかでまた爆撃が響き、地面がかすかに揺れる。
「え?何?」
「眠れない時にはあれを聞けばすぐ眠くなりそうじゃないですか?新時代のASMRです……」
彼女は吹き出し、泥だらけの顔に少しだけ笑みが浮かんだ。
お互い、精神的にもギリギリの状態。
それでもこうして少しでも笑える瞬間があるなら、私たちはまだ”まとも”な人間なんだと思えてくる。
第九特殊部隊の……”機械化人間”の人達とは違う……ハズ。
「……戦争が終わったらさ、何がしたい?」
何でもないような口調……。
けれど疲れ切った瞳の奥には、ほんの少しの輝きが見えます。
心が読めたら、その光の正体を知ることができるのにな……。
「兄さんを探します……」
「またそれ……?」
彼女はシャベルを放り投げるようにして脇に置き、私の方をじっと見つめます。
まるで、私がバカな空想話をしているかのような視線。
でも私にとって空想ではない。
戦争が終わったら、兄さんを探す。
それが唯一の希望です……。
「アナタのお兄さんは……」
「第二突撃部隊は全滅した……だけど死体を一つ一つ確認した訳じゃない」
「そっか……」
「そうです。」
再び無言の間。
土を掘る音と祖父の大演説だけが冷たい空気に響きます。
「私は、さ……」
彼女はほんの少し逡巡したあと、彼女は何か意を決したように口を開きました。
やけに神妙な、それでいて少し悲しげな声。
私はシャベルを地面に突き刺して、彼女の言葉に耳を傾けました。
「私……家族がいないんだ。最初からずっと。施設で育てられて、小さい頃にはもう戦場に駆り出された。学校なんて行ったことない」
「そう……ですか……」
「だからさ、誰も私のことなんて気にかけない。私が行方不明になっても、アンタみたいに探してくれる人なんていない。……きっとね」
「……そんなこと」
「だから私、戦争が終わったら配信者になりたい!」
「はい?」
突然、突拍子もないことを言う彼女。
思わず私はシャベルから手を離してしまいました。
泥だらけの顔でニコッと笑い、彼女は言います。
「配信者になってさ、人気者になれたら沢山の人に愛されるでしょ?誰かの特別に、大切な推しになれるでしょ?」
「はぁ……」
「あ〜!バカにしたなぁ〜?でも、バカにされても結構!愛は世界を救うのよ!!」
泥まみれで、シャベルを放り投げて、まるで子供みたいに彼女は笑う。
私は呆れながらも、彼女の言葉に耳を傾けます。
きっとこれは、彼女の本音だから。
今までずっと心に秘めてきた……彼女の願いだから。
「チャンネル立ち上げたら、私のこと推してよね!毎回赤スパしてくれていいから!」
「私は兄さん最推しです。スパチャするなら全て兄に捧げます」
「もう!変なところでガンコなんだから!!」
彼女は私の肩を小突き、再びシャベルを手に取って塹壕を掘り始めます。
先ほどよりも、ほんの少しだけ楽しそうに。
「みんなに笑顔を振りまく配信者になりたいわ!悲しんだり、不安になったりする人を減らしたいの!」
「みんなに笑顔を……ね」
私は泥だらけの顔で、口元を歪ませながら笑います。
希望などあるわけがないと何度自嘲したことでしょう? それでも現実から目を背けず、ただ前だけを見続ける彼女はひどく眩しくて。
「アナタはきっと、愛される人になりますよ……」
そんな気休めの言葉しか掛けられない自分が、少し嫌になるけれど。
でも今は彼女のように笑っていたい。
泥まみれでも、ボロボロな姿でも、絶望的な状況でも前を見ていたい。
「そうね、きっとなるわよ!みんなに愛される配信者にね!」
「フフ……」
私たちは空を見上げて笑います。
灰色の空がまるでキャンバスのように思えて……その向こうにある真っ青な絵の具で塗りつぶしたような青空を夢想して……。
いつか兄さんと見たあの空を思い描きながら……私はそっと瞳を閉じました。
―――――でも、次の瞬間に瞼を開かせたのは、投下された爆弾の衝撃と爆音。
目の前には、彼女の……”もう動かない”肉塊。
『第十五次奪還作戦失敗!繰り返す、第十五奪還作戦失敗!!第三部隊は速やかに転進し――……の……全面戦争に――――……』
――――――
――――
――
―――ミズ……ミズキ……
知らない声がします。
私の身体を揺さぶりながら、私のことを呼んでいる……?
この声は一体誰でしょうか?
聞いた事のない声です……。
あぁ……でも、この感覚は何だか懐かしい……。
そうだ、私が初めてこの世界に召喚されたときも、こうやって誰かに身体を揺さぶられて起こされたっけ……。
「ミズキ!起きてよ、ミズキ!!」
「……んぅ……だ、れ……??」
誰かが私の名前を呼んでいる。
兄さんだったらいいのにな、なんて思いながら、私は重い瞼を開けます。
「え……」
そこには、塹壕の中で、真っ赤な肉片になったハズの彼女……。
かつての戦友が――――――真っ裸の姿で私にまたがっていました……。
「ミズキ!ちょっとお寝坊さんが過ぎるんじゃない?もうっ!新婚初夜だっていうのに、こんなお預け食らうなんてっ!!」
……うん。なるほど。
これは……夢ですね……!
「おやすみなさぁい……」
「なななっ?!!!」
やれやれ、私がこんな破廉恥な夢を見てしまうなんて……。
これは戦後にPTSD治療の為にキメた”ストゼロ・破壊線”の後遺症でしょう……。
こっちの世界に転生してから丸一年、使用出来ずに溜め込んでしまったのが仇となったか……。
「ちょっと!なんで寝ちゃうのよ?!!起きてよミズキっ!!」
「……すぅ、すぴぃ……」
「っていうか全裸の私を前にして熟睡はやめてぇ〜〜!!!!!」
「ん〜……うるさいですねぇ……」
私は布団を頭まで被り、二度寝を決め込みます。
ヒドく頭がガンガンする……なんでこんなに頭が痛いのでしょう……?
「ミズキ!ダメ!二度寝しないでっ!!起きてよ、お願いだから起きてよぉーーーっ!!わたし、今日の為にいっぱいオシャレして、勉強もして来たんだからぁ〜〜〜!!」
私に跨り、激しく揺さぶってくる彼女のソックリさん。
でも、彼女はバラバラに吹っ飛んだのです。
こっちの世界に転生したハズがない。
だから夢です、夢。
「〜〜〜〜〜っ!!!こっのバカミズキっ!!!わたしが起きなさいって言ったら起きなさいよっ!!!!!バカバカバカっ!!あとでリコリスに言っちゃうわよ!!!この変態レズ勇者っ!!!」
「リコ、リス……ごっ?!!ぐふっ?!!!」
忌まわしい名前が鼓膜に木霊しり、意識が急浮上したトコロで渾身の右ストレートが私の頬を打ち抜きました。
容赦ない鉄拳……暴力系ヒロインの系統です。
愛は世界を救うと言っていた彼女がこんなことをするハズがありません。
つまり――――
「貴女は、ニセモノさん……???」
「誰がニセモノよ!?!!?」
「じゃあ、アナタは……?!ここは一体……?」
私は目を白黒させながら周囲を見回します。
むき出しの鉄骨が天井や壁を縦横に走り、粗く削られた鉄板のような床が広がっています。
そこにゴチャゴチャとしたガラクタが無造作に転がり、不気味な存在感を放っています。
どこかの倉庫か何かでしょうか……?
窓も鉄板とボルトで目張りされていて外が見渡せません……。
「まったく、いつまで寝ぼけてるつもりなのよ?!このおたんこなす!!こっちはまだ昨日の晩の余韻が残ってるのよっ!!!」
「は、はぁ……?」
そして、私の目の前で頬を赤らめながらプンスカ怒る勝気な赤髪の少女。
やや小柄ながら均整の取れた肢体と、精緻な人形のように整った顔立ちは平和な時代ならアイドルとしてやっていけそうなほどに可愛らしく、本当に彼女と瓜二つです。
そんな美少女が真っ裸で寝台の上に座り込み、私に向かって叫んでいる……。
おまけにさっきから私の右頬をペシペシと叩いてくるので、私は何が何だかわかりませんでした……。
「ま、まぁまぁ落ち着いて下さいな……ええと?どちら様、でしたっけ……?」
「だ、だれっ?!って……はぁ〜?!アンタ寝ぼけるのも大概にしなさいよ!!わたしよ!わたし!!チワワ5000匹分の可愛さを誇る鉄騎帝国イチの超・超・超・超絶美少女!!!薔薇色の勇者、ローズちゃん!!!!!本名は……って、言わせないでよ!!!」
「はぁ……」
少女――――ローズさんは自分の胸に手を当てて叫びます。
その剣幕はまさに烈火の如く、私は思わず後じさりました。
彼女は身寄りがないと仰っていたので、親族の類ではなさそうですが。
「え〜っと……ローズさん?その、さっきから何を仰っているのか私にはさっぱり……」
「さっぱり?!さっぱりってどういうことよ!!!まさか、昨日のこと、全部忘れたとでも言うつもり?!!」
ローズさんは鬼のような形相で私に詰め寄ります。
緋色の悪魔なんかよりもよっぽど怖いです。
私はその迫力に気圧されながらも、必死に昨晩の記憶をたどりました。
「昨日は……ナヴィリオ列車のコンパートメントの中で……食事と会話を楽しんでいましたね。マリーさんが街の方々から貰ったお菓子でちょっとしたパーティー的な……。そしてその後、番傘少女のリコリスがやって来て……」
「違う!!そんな大昔の話はしてないわ!!!
もっとこう、昨日の夜のコトよっ!!色々あったでしょ?!!」
「昨夜……?え〜っと、その……」
まず状況を整理しましょう。
私達は廻聖教会から命を受け、大禍時七魔将の生き残り――――彩喰・オリオンを追って東領域に向かっていた。
途中でオリオンの刺客である魔樹の森やら西大陸の元勇者、緋色の悪魔に遭遇してそれぞれを撃退。
その後列車で、茜色の勇者を名乗る番傘少女――――リコリスに出会い、彼女の話術に惑わされてコンパートメントの中で昏睡。
で、起きた時には倉庫のような場所で前世の戦友ソックリさんに裸で跨がられていた、と……。
……うん。なるほど。
これは……夢ですね……!
「おやすみなさぁい……」
「ななななななぁっ?!!!冒頭と同じやり取りをするんじゃないわよっ!!おバカおバカおバカおバカおバカ〜〜〜〜〜!!!!!」
「いだだだだっ??!ひ、ひひゃいっ!!ひひゃいへふってば〜?!」
ローズさんに頬を力一杯抓られ、私は痛みに悶えます。
そんな細い指の何処にこんな力が……?
鉄骨くらいなら折り曲げられそうです。
まあ私だったら折り曲げるに留まらず、へし折ることが可能ですが。
「まさか!!!ほんっとうに覚えてないの?!あんなに激しい夜を過ごして……?!この戦いが終わったらわたしたち結婚しようって約束までしたのに……?!」
「してませんが……?というか、また随分と死亡フラグバリバリな……」
私は頬をさすりながらローズさんの瞳を覗き見ます。
感応魔法で判るのは、”失望”と”悲嘆”の感情。
まったく隠そうともしない……私に対する真っ直ぐな好意が裏返って、今や”憎悪”の感情に化けようとしています。
怖い……。
かつて望んだ”人の心を読める力”をここまで呪ったのは初めてです。
「最っ低ぇ!!!わたしだけ盛り上がってバカみたいじゃない!!もう出てって!!!早く出てってよ!!ミズキなんてもう知らないんだから!!!」
「ちょっと!痛っ!!いだだだだだだっ?!!やめっ!!やめて下さいっ!!痛いですっ!!」
ローズさんは私の身体を突き飛ばし、硬い床に叩きつけます。
私はその勢いのままゴロゴロと床を転がり、壁を這うパイプに激突。
衝撃でガラクタがガラガラと崩れ落ち、私の上に降り注ぎました。
「あたた……くっ!!な、何するんですかっ?!いきなり暴力なんて……って、ええぇっ?!!」
恨み言の一つでも言ってやろうと顔を上げると、視界いっぱいに広がる大槌。
真っ赤な血と肉片で彩られた、大槌の鉄塊をローズさんが私の頭上に振りかざしている……!
「乙女の純情を弄んだ罪……その身を以て償いなさい――――――。”蒼天の裁き(ブルー・ジャッジメント)”!!!!!」
「っ―――――――?!?!!」
避けなければ――――!
否、間に合わない!!
かつての戦友の顔が、私の判断と動作を遅らせる―――――!!!
潰れる!!!
ガードを――――!
兄さんの大剣を……手元にないっ―――――?!!
なら拳で相殺―――――……
「って、あれ……?えっ……ぇ?」
大槌が私の拳と衝突した瞬間、身体が宙に浮いた。
目の前が、身体がグルグル回る。
さっきまで、間違いなく大槌に叩き潰される寸前だったのに痛みがない。
いや、それどころか、私は何か……どこか、全然別の場所にいる?
さっきまで目の前にいたローズがいない……
ただ、満天の星空が広がっているだけ……。
―――――ヒュゥウウウウウウウウゥ!!!!!
風が身体を突き抜け、星空が落ちていく……。
下へ、下へ……星が……遠くに……。
いや違う!!これは、星が離れているんじゃない!!!
――――”私が空から落下している……?!”
「うっ―――――――?!!わぁあぁああぁあああああ――――――――――――――――――――――――?!!?!!?」
落ちる、堕ちる、墜ちていく……! 風の冷たさが背筋を凍らせ、私の喉が無様に震えます。
遥か彼方だった地上が、どんどん、どんどん近くに……!!
あと数刻もしない内に激突する……!!!
「くっ―――――そ―――――……っ!!!」
悪態をつく間もない……っ!
伸ばし手足は虚しく空を切り続け、私はただ無力に落下するのみ……!!!
―――――ヒュゥウウゥウウウウウゥウゥ!!!!!
高度が更に落ちる……!
真っ黒な地表から伸びる鉄塔や、灯台に照らされた軍艦まで、ハッキリと視認出来るくらいに私との距離が縮まる……!!
鉄塔……っ?!軍艦……っ?!!
「うおお、ぉお、ぉおおおおおお―――――――――――――――――っ!!!!!!!」
手を伸ばせ!必死に腕を伸ばして何かに掴まれ!!
”身体よ動け!”
―――――ずががががっ!!がっ!ガガがガガっ!!!!ガシャンっ!!!ガチャガチャっ!!
私は無我夢中で鉄塔にしがみついた。
当然、その程度のことで落下エネルギーは殺せない。
まだ落ちる。落ちる。まだ落ち続ける……!
私は鉄塔の外壁をガリガリと削りながら落下していく……っ!
――――ヒュゥウウゥウ!!ガシャンっ!!ガチャガチャがしゃんっ!!ガリガリガリガリ!!!!
死ぬ、死んでしまう……!!!
私の身体は、もう港の硬い地表に激突して木っ端微塵になる寸前だ。
もうダメだ……。もう、何も出来ない……?!
そんなことはない!!
落下で身体がバラバラに砕ける前に、そのエネルギーを何処か別の場所に拡散させればいい!!!
その為にっ!この鉄塔にしがみついたっ!!
大剣の代わりになる得物を手に得るために!!!
「らっ!!!あァ――――――――――!!!!」
渾身の力と、落下エネルギーを利用して鉄塔の一部を圧し折り、私はそれを掴んで振り上げた!!!
そして、それを思い切り真下の軍艦に叩きつけるっ!!!!
――――ドっゴォオオオオンっ!!!!!
轟音と衝撃が大気を震わせ、軍艦を真っ二つに沈める。
私の身体は真っ黒な海に投げ出され、水柱と荒波に揉まれます。
冷たい……っ!早く……早く水面に……っ!!
「ぷはっ?!」
海面から顔を出し、私は夜の星空を見上げます。
鉄塔や、槍のような煙突が無数に立ち並ぶ狭い港の空を……。
「はぁ……っ!はぁ……っ!!はぁーっ!!たすかっ……た?」
まだ心臓がバクバクと暴れ、手足ががくがく震えています。
あれだけの高さから墜落してよく生きていられたものです。
私は自分の幸運に感謝しながら、港に上がり―――――――。
「止まれ!!そこを動くな!!!お前はたった今、帝国の極秘施設に不法侵入し、最重要機密兵器を破壊した!!どこの国の工作員だ?!!身柄を拘束する!!!!!」
「え……?」
――――カシャっ!ギィイ……ギイイィ……!
私にライフルの銃口を向ける兵隊さん達と、物々しい装備を身に纏った魔術師が何人か……。
全員が冷たい視線で私を見据えていました。