――――――コン……コン……コン……
「……もし、ここ、席空いとりますやろか?どこも席がぎょうさんでして。」
鈴の音のような、綺麗な声がコンパートメントに響きます。
ASMRとかやらせたら絶対バズるだろうな……なんてくだらないことを考えているうちに、コンパートメントの扉がギィと音を立てて開きます。
扉を開けたのは一人の美しい少女でした。
黒羽色のさらりとした髪に夜の闇を思わせる朧気な瞳。
西大陸では珍しい和服と茜色の番傘を携えた、どこか浮世離れした雰囲気のコです。
恐らく、私とほぼ変わらない年齢でしょう。
和服の襟元には月明かりのような繊細な模様が浮かび、それなりの地位を匂わせています……。
(何者でしょう……?)
瞳を覗き見て感応魔法を発動させますが、彼女の心は夜の海のように暗く深く、何も読み取ることが出来ません。
まるで真っ暗な海原に、ただ月だけがぽっかりと浮かんでいるような……そんなとらえどころの無さ。
「あの、ココ……予約して頂いた一等席でして」
「あらぁ〜、そうやったん……?それは大変失礼いたしましたぁ〜。ウチ、ほんまに方向音痴でなぁ……うっかり迷い込んでしもたぁ〜……」
薄っすらと微笑みながら、番傘少女は目を細めてそう呟きます。
話し方や雰囲気こそゆったりしていますが、その挙動に一切の隙はありません。
緋色の悪魔より数段格上の、恐ろしい手練れ……。
全身の感覚が鋭敏に研ぎ澄まされ、自然と武器を握る手に力が入ります。
「じゃぁ、ウチは失礼して……」
「いえ、別に構いませんよ。アザレアさんがガーベラさんの膝の上に乗れば1人分余裕ができます」
「えっ?!」
「名案だニャ!ガーベラちゃんのお膝の上の方がモチモチなのニャ!」
「えぇっ??!」
ガーベラさんの困惑を他所に、私は番傘少女をコンパートメントの中へ招き入れました。
少女は少し戸惑いつつも、私の対面に腰をかけます。
これで、この番傘少女を逃がす心配はしなくて済みそうです。
「ご親切な方々やねぇ……お気遣い、おおきに……ウチ、東領域から来ましてん。だから、西大陸の文化には疎くてなぁ……。いやぁ〜、ほんまに助かりましたぁ……よいしょっと」
「どういたしまして……。私はミズキ、西大陸では銀色勇者という名で通っています。隣にいる金髪のデカパイが魔法使いマリーゴールドさん。アナタの横にいるピンク髪のデカパイキャットがアザレアさんで、その猫ちゃんの座布団になっているガーベラさんがデカパイです」
「勇者さんっ!わたしだけ紹介文が逆になってます!!正しくは『猫ちゃんの座布団になっているデカパイがガーベラさんです』……って、何言わせてるんですかっ?!!」
一人ノリツッコミするガーベラさん。
この状況でもそのノリを維持できるトコロ、最高にハジケてて私は好きですよ。
「まあ……お上手なコントですこと。でもぉ、このもてなし方はちょっと不躾やわぁ。横、斜め、正面……三方向から武器を向けられて……いまのウチ、まるで悪代官に手篭めにされる町娘やわぁ……」
首筋に短剣、左胸に大杖を突きつけられ、私が番傘少女の頭上に大剣を振り上げているというのに彼女はどこまでも戯けた様子でクスクスと笑います。
……先程から感じていた違和感が、徐々に膨れ上がっていくのを感じました。
「一等席とはいえ、この密室空間では武器を振り回せませんからね……。だからこうして何があっても即刻始末出来るように武器を突きつけているんです」
「あらららぁ、こわいこわい……。ホンマに怖いわぁ〜……」
「……それで、アナタは何者ですか?緋色の悪魔と同じ、彩喰のオリオンが送り込んだ新手の刺客ですか?」
「ちゃうよ?ちゃうちゃう。ウチはリコリス……。東魔帝国の”マガツノシロ”ちゅうトコロで召喚された元”勇者”ですぅ。向こうじゃ茜色の勇者と呼ばれてましたぁ……」
つまり私と同じ転生者……。
魔王を討ち滅ぼす為に、西大陸以外の国々でも召喚の儀は行われていると聞きます。
しかし、別大陸の同業者と話すのはこれが初めてです。
同じ西大陸で召喚された先輩勇者は先週ぶっ殺しましたが……。
「そうですか。で、東領域の元勇者さんがなぜ西大陸へ……?目的は何ですか?返答次第では大変な目に合いますよ……。」
「大変ってぇ……?」
「例えばアザレアさんの短剣が貴女の首を刎ねるかもしれませんし、マリーさんの閃光魔法が貴女の心臓に風穴を開けるかも……。もしくは私の大剣が貴女の身体を真っ二つに一刀両断にしたりとか、です」
「一刀両断……?それって縦に……?スイカ割りみたいやわぁ……」
「フザケていられるのも今のうちです……」
「フザケてなんかあらへんよ。ウチはただ……アンタとお話がしたいだけやから……」
「話……?」
リコリスは静かに、真っ直ぐ私を見つめていました。
その瞳は、澄んだ水面のように何の濁りも感じさせない。
敵意も、怒りも、憎しみも――――ただ無垢な瞳で、私を覗き込んでいるだけ……。
なのに、なぜでしょう……?
心臓が痛いほど早鐘を打つ。
手のひらが湿り、冷や汗が頬を伝って床に落ちました。
瞬間、リコリスが番傘に手を添えようと――――――
「動かないで欲しいのニャ!!」
「……こら怖いわぁ……お二人はん。そないに警戒せんでもええやないの。ウチ、何もしとらんよ……?同じ勇者なんだし、仲良くさせて……」
「ならその邪悪な気配と魔力を抑えなさいな!アナタが東の勇者だろうと関係ありませんわよ!!」
リコリスは動いていない、ただ無邪気な微笑みを浮かべているだけ……。
だというのに、私の身体は本能的な震えを覚えていました。
まるで心臓を直接握られているかのような……そんな圧迫感を感じてしまうのです。
マリーさんたちも私と同じ感覚を感じているのでしょう。
武器を構え、包囲したまま動けずにいる……。
「……で、話とは?なにが話したいんです?性癖の話なら私は兄妹の純愛モノ以外受け付けません……」
「銀色はん、面白いわぁ……。そのトークで今度コラボ雑談する?ウチはNTRが好き……。もちろん、ウチがつまみ食いする方ね。人のモノってつい欲しくなるタチでね……」
「相容れませんね、貴女とはコラボNGです……」
「えぇ〜……ひどぉ〜い……」
「こら、ぼ……?NTR……???」
「転生者トークです。ガーベラは気にしないで下さい……」
話が変な方向に脱線しました。
まったく、この女と話してるとペースが乱される……。
澄んだ声をしていますから、言葉の一つ一つがスッと脳ミソに染み込むんですよね。
「転生者トークねぇ……。銀色はんとなら”向こうの世界”の話でも盛り上がりそうだけどウチが話したいのは”こっちの世界”の話……。例えば……アンタ、自分のお兄さんの”ホントの死因”を探っとるんやろ……?」
「ッ?!」
胸の奥で、心臓がひと際大きく跳ね上がりました。
何故この女が私の兄を知っているのです?
いや、それ以前に……。
私ですら知らない兄の情報を、もしかしてこの女は知っている……?!
「ミズキっ!この方の話をまともに聞いてはダメ!!あなたを惑わそうとしていますわ……!!」
「そうニャ!!!あの人は魔王と戦って、刺し違えて世界に太陽を取り戻したのニャ!!それ以上でも以下でもないニャ!!」
マリーさんとアザレアさんが私を守るように、声を荒らげます。
そうだ、二人の言う通り。
これはきっと私を動揺させるための罠だ。
冷静にならなければ――――。
しかし、この女の言葉には、どこか引き込まれるものがありました。
頭の中で霧が晴れていくように、無意識に耳を傾けてしまう……。
「魔王軍と戦った歴代の勇者は、皆一様に悲惨な最期を迎えています……。唯一、兄だけが魔王の心臓にこの大剣を突き立て、相打ちになった……。それが事実です」
「せやねぇ……。でも、死体は上がっとらへん。その真紅の大剣だけが形見としてアンタに遺されただけ……」
「西大陸と東領域を繋いでいた”縷縷(ルル)の大吊り橋”……。そこが兄と魔王が死闘を繰り広げた最終決戦の地。闘いは三日三晩続き……兄は魔王にトドメを刺した直後に吊り橋の崩落に巻き込まれ、”冥府の海峡”に落ちて死亡した……。それが廻聖教会の見解です……」
この世界に召喚された一番最初の日に教会から聞かされた話。
兄の活躍によって魔王軍は滅び、太陽を取り戻すことには成功したが……兄は帰ってこなかった。
「あの闘いにはアザレアちゃんとマリーちゃんだけじゃなくて、廻聖教会の教団の人達も参加してたニャ!!!それこそ、数千人はいたのニャ!!!こっち側に寝返った大禍時七魔将の二人だって!!!そのみんなが、あの人の最期の瞬間を見届けたのニャ!!!」
「アザレア様の言う通りですわ!!!”冥府の海”は女神アテネ様の命を喰らったとされる場所……!深く冷たい死の世界!一度そこに落ちたら最後、二度と生きては帰れない……っ!!魔王であろうと勇者であろうと、例外はありませんわ!!」
アザレアさんとマリーさんが交互に捲し立てます。
そうだ、そうです……。
みんなそう言っている。
兄の仲間だったこの二人も、廻聖教会と天輪七聖賢の方々も、人類側に寝返った大禍時七魔将の二人も、みんなそう証言しているんです。
だから、間違い……ない。
「でも、ホンマにそうやろか……?ウチはそうは思わへん」
「えっ……?」
リコリスが、毅然とした態度で呟きます。
その双眸は、真っ直ぐに私を見据えています。
何もかもを見透かすようなその瞳に、思わず私の方がたじろいでしまいます。
「……ウチはね、その闘いには裏があったと思うんよ」
「裏……って……?」
リコリスの思わぬ言葉に、私は思わず聞き返してしまいます。
兄は……この世界を愛していて、この世界を守るために魔王を討った……。
その筈だ、その筈なのに……?!
「そう、裏……。”西大陸全土を支配する廻聖教会”と、”北方諸国を牛耳る鉄騎帝国”が共謀したマッチポンプぅ……的な?勇者の体は色々利用価値があるのは知っとるでしょ……?緋色の勇者はんとかはそら酷い目にあったて聞いたわぁ……」
「……下らない陰謀論と緋色の人には興味ありません。私は好きなのは兄と、兄が愛した世界だけ。これ以上、アナタの戯言には付き合っていられない」
「そんないけず言わんとって〜……。ウチね、ここに来るまで色んな転生者と話したケド……アンタとだけなら仲良くなれそうな気がするんよ、銀色勇者はん」
「それは光栄ですけれど、私はアナタが信用できませんね……」
「じゃ、殺すん……?」
「ゾンビ化ウイルスの雨を降らせたワケでもないし、そんな野蛮なことはしません。けれど、このまま貴女を放置するのは危険すぎる……。だから終点まで眠って貰います……。――強制停止(ブラックアウト)――」
大剣を振りかざした手とは逆の手をリコリスの頭にかざし、ありったけの魔力を流し込みます。
他者の精神へ強制的に干渉し、意識を刈り取る感応魔法。
それにより、彼女は間もなく眠りに落ちるはず……だったのですが――――。
「めっちゃかいらしなぁ、銀色はんの感応魔法……♪何も言っとらんのに心の中の痒いところに手が届く感じ……。フフ……心地ええわぁ……もっと奥まで……もっと深くまでキて……?チャンネルがBANしてもえぇから〜……」
「な、にッ……?!」
リコリスには、私の魔法が効いている様子がまるでありません。
それどころか、彼女は愛おしそうに身を悶えさせ、私の魔法を受け入れているのです。
「―――――っ!ウニャ〜〜〜〜〜っ!!!」
「”ラディアンス・ジャベリン"!!!」
私の魔法が効果ナシと見るや、アザレアさんとマリーさんが同時に攻撃を放ちます。
しかし、アザレアさんの短剣は空を斬り、マリーさんの閃光魔法はリコリスの少し横を虚しくすり抜けて行きました。
「ニャっ?!なんで……?!」
「これは一体……?!」
「クスクス……お二人さん、エイムが下手っぴねぇ……。ゼロ距離で外すなんて、これが配信だったら大炎上どすえ……」
リコリスは薄っすらとした微笑を浮かべ、その場に立ち上がります。
私達はそれをただ眺めることしか出来ない。
手足に、力が入らない……っ!
――――ガラン……!!!
「あらあら、その大剣はお兄さんの大切な形見でしょ……?落としてしもうてええのん……?」
「さ、わ……るなっ!」
いつの間にか片膝をつき、呼吸を荒らげている私。
マリーさんも、アザレアさんさんも、ガーベラさんも糸が切れた人形のように動けないでいる。
これは、まさか……?!
「”悠久なる夢幻世界・泡影の帳(うたかたのとばり)”。フフフ……♪これで、お仲間さんは全員おねんねやねぇ……♪」
「これ、や……ばい……ニャ……いしきが、ふわふわ浮いて……とおく、に……」
「ミズ、キ……っ!逃げ、なさ……い……!これは、”感応魔法”っ!!あなたと、おなじ……ま、ほ……ぅ……」
アザレアさんとマリーさんの瞼が閉じ、静かな寝息を立て始めます。
私も、だんだん視界が霞み始めました。
私以外にも、心に干渉する魔法を使う人がいたなんて……。
「ゆう、しゃ……さ……ん……ぅ」
「ガーベラ……さん……」
ガーベラさんの瞳から光が薄れ、彼女も瞼を閉じました。
ついには私と番傘のリコリスだけが、この場に取り残される形になりました。
いけない。
ここで、私まで眠ったら……!
「あららぁ?銀色はんも眠くなってきたん……?フフ……♪ええよ、ウチが膝枕したるさかい……♪」
リコリスが私を抱き寄せます。
私は抵抗することも出来ず、その膝に頭を預けてしまいました。
「あ、う……」
「よしよし、良い子やねぇ〜……♪そのままおねんねしぃな……?」
彼女の言葉には魔力を込められている。
私の感応魔法は相手の目を覗き見て、精神に直接干渉する魔法……。
しかし彼女の場合、言葉によって耳から魔力を染み込ませ精神に揺さぶりをかけている……。
まどろっこしい雑談は、この為の布石。
完全にハメられました。
「フフ……。ええわぁ……銀色勇者はん……♪その目ぇ……ウチによぉーく見せて……?!」
「とり……ぷ……」
「ムダムダ……。ウチは言葉から相手の真意を読み取れるから判るケド、その”奥の手”は使えまへんよ……?ウチの”泡影の帳”は他者の心をトロットロに溶かして、完全無防備状態にしてしまうの……♪魔法もスキルも全部無効、防ぐ手立てはないどす……」
「くっ……!」
リコリスは私の頭に手のひらを乗せ、優しく撫で回します。
抵抗しなければならないのに、彼女の言葉が子守唄のように心地良くて、私はどんどん心が融解していくのを感じました。
目を閉じれば、すぐにでも意識を失ってしまいそう……。
「あぁ〜……やっぱりやねぇ……。アンタ、ウチと一緒の目をしとるわぁ〜……♪本当は、この世界に飽き飽きしてる目ぇ〜……♪」
「どういう、意味です……?」
意識が朦朧としてきた私は、深く考えることも出来ず番傘少女に疑問を投げかけてしまいます。
言葉に魔力を込めていると分かっている以上、不用意に会話を続ければ精神干渉をまともに受けてしまうというのに……。
「ウチね、”この世界”が嫌いなんよ……。もちろん、”向こうの世界”も……。民衆の為に、国の為にと命を無理矢理削らされて……。勝利の為、領土を守る為と思想統制を強いられて……。ウチは、そんな世界が大嫌い……。だから、グッチャグチャに壊してしまおうと思ってるの……」
「そんな、の……ゆるさない!兄さんの、愛した世界は……だれにも、壊させ、ない……!」
「アハ、そこは譲れへんのねぇ〜……。いじっぱりさんやねぇ……♪でも、ええの……?アンタのお兄さんを殺したのは世界そのものなのに……?」
「えっ……?」
「お兄さんはね、この世界にハメられたんよ……」
リコリスは私の髪の毛を弄びながら、私の耳元で囁きます。
――――兄の死は、仕組まれたモノ……?!
――――”あの時”と……”第四次世界大戦で駆り出された時”と同じ……???
「どこの国でも、どこの世界でも、誰も彼もが他人を利用して使い潰す……。それが当たり前、それが正義……。みんな揃って自分らの利益のために他者を搾取し、犠牲にしとしとる……。女神から寵愛を授かりし勇者?大空を駆ける誇り高き特攻隊?そんなん全部ウソ……。下々の人間を焚き付けるための都合の良い方便でしかない」
それは、まるで呪いのように。
私の耳に、心に、彼女の言葉が絡みついて離れません。
心の奥底に蓋をしていた”本音”が、彼女の言葉に共感してしまう……。
「ウチはね……世界に復讐したいの……。領土を取り戻す為だって言ってウチを地雷原に突撃命令を下す世界にも……。魔王が滅んだ途端、もう不用だって言って殺し屋を送り込んでくる世界にも、両方にね……」
「りょうほ、う……?そんな、コト……できるワケ、が……ぅ……」
「いいや……ウチはやるよ。魔王の力と、アンタのお兄さんの”身体”を使えば女神アテネに干渉できる……。向こうの世界にも渡れる……。その為にこの世界は戦争の準備を始めとるんどす……”ウチら”はそれを利用する」
「ウチ、ら……?」
いよいよ意識が混濁する。
何も考えられない……。
もう、何も……なんにも――――――。
「あかん、そろそろ時間やわ……。また迎えに来るどす……。その時に返事、聞かせてね……銀色勇者はん」