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12話 また、微睡みの夢を見る

「勇者さま〜、本当にありがとうございました〜!」

「悪魔をやっつけてくれて、みんなも救われた!」

「勇者さま〜!マリーゴールドさま〜!!」

「勇者さま〜!こっちむいて〜!」

「きゃ〜っ!マリーゴールドさま、素敵〜!!」

「旅のご無事を祈っております〜」



異なる国々、文化、そして時間を繋ぐ、西大陸を縦断する唯一の路線……通称『セピアスト特急』。

巨大なアーチ型の屋根がホーム全体を覆い、魔法で輝く白煌石が敷き詰められている石畳のホームでは、私たちの旅を祝福する声が絶えず響き渡っていました。

特急列車の一等車に乗り込んだ私達は窓から顔を出し、ホームにいる人々に向けて手を振ります。



「また来てね〜!絶対だよ、銀色勇者さま!」



「ええ、勿論です」



「勇者様っ!最後にもう一回握手させて下さい!!あと一回だけ!!!」



「はいはい……これで満足ですか?」



――……緋色の悪魔襲撃事件から1週間。

当初は混乱に包まれた街も、今ではすっかり落ち着きを取り戻していました。

倒壊した建物の修繕やゾンビ化による後遺症の治療など、出来うる限りの支援を続けてきたこともあり、住民たちは私たちにとても感謝してくれています。

お陰でナヴィリオ特急列車の一等席なんてものを手配して頂き、波のような歓声を浴びながら見送られているのです。

しかし内心……私はその祝福をどこか遠い音のように感じています。

歓声を浴びることに、未だに慣れないんですよね。

私は、ただ……兄の遺志を継ぐために戦っているだけ……。

こういう時は隣で大はしゃぎしてるマリーさんみたいに振る舞えたらいいのでしょうが……。



「勇者さん、どうかなさいましたか?」



不意にガーベラさんに声をかけられました。

私は慌てて笑顔を取り繕い、彼女に向き直ります。



「いえ、何でもありませんよ」



「……そうは見えませんが」



彼女は少し不安げな様子で私の瞳を覗き込みます。

人の心を読むことが出来る私よりも鋭い観察眼ですね。

まあ、私が心を読めるクセに人の感情というものに疎いだけかもしれませんが……。




「本当に何でもありませんよ……。それより今はファンサタイムです。ガーベラさんも今の内に名前を売っておきましょう……」



「ふぁ、ふぁん……さ……とは……???」



「かわいい笑顔を振りまいて、ひもじい民衆共に心の糧を分け与えてあげる行為です。ほら、こんな風に……」



私はニッコリ微笑み、街の方々にウィンクします。


その瞬間、割れんばかりの黄色い歓声と拍手がホーム中に鳴り響きます。

軽いファンサなのですが、彼らは思いの外チョロ……単純で、大喜びです。



「キャアアアアッ!!勇者様の変顔よぉ〜〜っ!!」

「まさか、悪魔に襲撃された俺たちを笑わせて、元気付けようとしてくれてるのか……!?」

「ああ!なんて優しいお方なの〜ッ!!」

「身体を張った一発芸!!これはゾンビだって笑顔百満点原だぜ……!!」

「ありがとうございます銀色勇者様!!どうかお達者で〜っ!!!」



……変顔って言いました?今。

まあ確かに私は普段から無表情なので誤解されがちですが、別にそんな意図があったワケでは……。

しかし彼らは私の表情の機微などお構いなしで、涙を流しながら感謝の言葉を叫び続けます。



「……ま、いっか」



「えぇ〜?!!いっ、いんですかぁ?!!勇者さん、今ちょっとムッとしてませんでしたぁ?!!」



「別に……私はクールビューティーな大人なので、こういうのは酒でも飲んで受け流すだけです……。丁度頃合いのモノを頂きましたし……しかしスライムを蒸留させたモノとは珍しいですね、味が想像出来ません」



「いやいや!?未成年でお酒はダメですよっ!廻聖教会の定める規律により、そのテの嗜好品は男性は20歳から、女性場合は25歳からと定められているんですっ!」



「随分と古臭い世界ルールに縛られているのですね、この世界……というよりは西大陸か。私の元いた世界では戦場に行ける年齢に達した時点で、その人は成人と見做されたのですが……南西諸島の前線に派遣された時も、確か13か14歳くらいの少年が部隊長を務めてましたよ……?それより上の年齢の方は全員死んでたので」



「い、いや〜……それはちょっと話が違うような気が……。とにかくダメです!これは私が処理します……えいッ!!」



「あっ……私の、酒……心の糧が……」



そんなやり取りをしている内に、列車はゆっくりと動き出します。

加速していくにつれ、ホームの人々の姿がどんどん小さくなっていきます。



「あ〜っ!!勇者様たち、行っちゃうよ〜ッ!」

「また来てね〜ッ!勇者さまのこと、ずっと待ってるから〜〜ッ!!」

「またっ!絶対!!会いましょう!!!」

「マリーさぁあああん!!!オレと帰ってきたら結婚してくれぇえええええええ!!!!!」

「財布返せよクソ猫ぉおおおおおおおおお!!!」



小走りで駆け出す方々も、やがて豆粒のようになり、やがて見えなくなってしまいました。

窓に映るのは深緑の山々と、どこまでも広がる蒼い空……。




「ふ〜、なんだかどっと疲れましたね……。ファンサも楽じゃありません。」



「あの……最後に何か、聞き捨てならない台詞が聞こえたような……?」



「はぁ〜……相変わらず勇者サマとマリーちゃんはすっごい人気者なのニャ。アザレアちゃんは嫌われ者の獣人だから、こういう時はいつも隠れて静かに息を潜めることしか出来ないニャ……。西大陸の闇なのニャ」



「だからさっきからわたしのお腹で丸まってたんですか?!!というか嫌われてる理由、獣人だからってだけじゃないですよね??!アザレアちゃん、またネコババしたでしょう?!!みんなが復旧作業のお手伝いをしてる時は屋根の上でサボって日向ぼっこしてたクセに!!!」



「だってアザレアちゃんは力作業なんて出来ないニャ!トンカチより重たいものは持てないし……それに、くすねたんじゃなくて丁度手の届く範囲にお財布があったから、ちょっと拝借しただけニャ!」




「それを世間一般的には盗んだって言うんです!!!」



「うにゃにゃ〜ん♪ガーベラちゃんのお腹、ちょうどいい具合にプニプニなのニャ♪今日からここをアザレアちゃんの寝床にするニャ♪」




「猫ちゃんのクセに狸寝入りで話を誤魔化そうとしないで下さいっ!あと、わたしのお腹はプニプニじゃありません!!!これでも鍛えてます!一応!!!」




私の席の向かい側では、猫耳をぴこぴこと動かしながらガーベラさんのお腹に頬ずりするアザレアさん……。

農民娘と盗賊キャットの絡み、てぇてぇですね。

この一週間でお二人は相当仲良くなりました。

ガーベラさんは妹さんがいらっしゃいますから、アザレアさんみたいに甘え上手なコと相性がよろしいのでしょう。




「もちゃもちゃ!!みなしゃんっ!!!ひゃわぎひゅぎっ!へすわよっ!!!もぎゅもぎゅ!!!もももっ!わらふし、みふぁいにっ!!もっぐもっぐ!!もっろ、えれふぁんとなふるまひを!!!!」



「なんて?一旦口の中のモノを飲み込んで下さい、何を言っているのか分かりません」



私の隣では、お菓子やらデザートやらを口に詰め込んだマリーゴールドさんが、もきゅもきゅとリスみたいに口を膨らませながら何かを訴えています。

……いや、ホントに何してるんですか。



「ごっくん!!!みなさん騒ぎすぎですわ!!!もっとわたくしの様に、エレガントな振る舞いをなさいませ!!高貴なる勇者パーティー、優雅に振る舞わなければ民衆も離れて行きますわ!!!」



「いい年して腕の中に大量のお菓子を抱えてる人に言われましても……。また餌付けされたんですか……?」




「ムキー!これは餌付けではなく餞別で贈って下さったモノですわ!!断じて!!餌付けなんかじゃありませんわ!!」



プンスカ怒りながら、再びお菓子をもちゃもちゃ頬張るマリーさん。

……うん、おバカな大型犬のような愛くるしさを感じます。

これは街の方々も連日連夜通い詰めちゃうでしょう。

だからって深夜までお菓子パーティーに付き合わされたのはいい迷惑でしたけど。



「マ、マリーさん!口もとっ、生クリームとチョコが!!!ちゃんと拭いて下さい!!もうっ、みんな子供じゃないんだから……」



「ガーベラちゃんは勇者パーティーのママなのニャ♪女神アテネなんかよりよっぽど慈愛に満ちてるニャ♪」



「……確かにそうですね。アイツは終始挙動不審でオドオドしてますが、案外薄情ですから」



「勇者さんまでっ!!!からかわないで下さい!!そんなこと言ってるとバチが当たりますよ!」



「あんな乳デカおたんこなす、私の敵じゃありません。ノープロブレムです」



「も〜っ!!!そんな冗談ばっかり言って!!取り敢えずお財布はあとで郵便鳥で返して上げたほうが……」



「盗ったお財布は廻聖教会が建て替えてくれるニャ!のーぷろぶれむニャ!」



「え、えぇ〜……!アリなんですか、それぇ……?」



「別にイイと思いますわ〜!廻聖教会は結構な邪教ですし、たまには”まっとう”な社会貢献くらいさせてあげなくては……クフフ……」



「いやいや!?マリーさん、廻聖教会の人だったんですよね?!!天輪七聖賢の元三位がそんなこと言って……」



「のーぷろぶれむですわ〜!!!」



「流行ってるんですか、それ??!!!」



ガーベラさんの見事なツッコミがコンパートメント内に炸裂し続けます。

このパーティーもだいぶ役割というものが固定化されてきたのかもしれませんね。

円滑なコミュニケーションには”調和”が不可欠ですから、ガーベラさんはいい潤滑油です。



「しかし……本当に、いい街でしたね」



私は窓の外の景色を眺めながら呟きます。

ガタンゴトンと揺れる列車の振動が、なんだか妙に心地よくて……。



(こういう乗り物って、なんで眠くなるんでしょう……?)



「ニャ?勇者サマもおねむなのかニャ……?」



「ええ……少し。ずっと気を張りっぱなしだったので……」



私は座席に身体を預けながら、うとうとと船を漕ぎます。

身体が鉛のように重くて……瞼もどんどん重くなっていく……。

昔、まだ私が勇者になる前の頃……。



『ねえ、兄さん……私、もう……』   



疲れ果てた声で、私は兄にそう呟いた。

全ての力を使い果たして、もう歩けもしなかったから。



『ああ、そうだな……今日はたくさん頑張ったもんな……しばらくは休養を―――――』




兄の声はいつもと変わらず優しかった。

だけどその頃の私は、ただ休むだけじゃ物足りなかった。



『うん……。でも、まだ寝たくないな……』



『どうしてだ?』



瓦礫の山、硝煙と肉の焦げた臭い。

地面のあちこちで燻る炎と、背後から響く悲鳴と泣き声。

戦闘が終息した後のこの街は、かつての繁栄の面影さえ残っていない。

ただ廃墟となった街の残骸が、今の世界の現実を静かに物語っている。

ちょっとした地獄絵図だけれど、私にとっては心地のいい空気だった。

兄の暖かい体温と、背中から伝わって響く心臓の鼓動が大好きだったから……。



『なんだか、怖い夢を見そう……』



『夢……?』



『うん……兄さんが、どこかに遠くに行っちゃう夢……』



『なんだそれ、俺がミズキを置いてどこかに行くわけないだろ?またじいちゃんに海軍仕込みのゲンコツ喰らっちまう……』



『でも……』



『大丈夫だよ、ミズキ……たった一人の妹を残して、俺は死んだりしない。ずっとミズキといるよ……』



『うん……』



私を優しく励ましてくれる、大好きな兄。

その声が心地よくて、私は安心したように目を閉じて……。

そして、また”いつもの悪夢”を見るのだ。



(兄さんの嘘つき……結局、私を置いて――――)




「――――……さんっ!勇者さんッ!!起きて下さい!!」



「……っ!!」



私は不意に、ガーベラさんの声で目を覚まします。

どうやら少しだけ寝落ちしていたようです。

瞼をこすり周囲を見回すとマリーさんとアザレアさんが緊迫した面立ちで、それぞれの武器を握りしめていました。

このピリついた空気を……私は知っている。

異世界に来る前からずっと、経験してきたもの……。

私は真紅の大剣を握り、迅速に戦闘態勢に入ります。




「敵襲ですわ……既にこのドアの目の前まで来ています……!」




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