『廻聖教会と勇者の役割について』
著者:リリウム・カサブランカ
そもそも勇者とは、「外部から招かれ、世界の危機を救う者」という単純な存在ではありません。
彼らは廻聖教会によって選ばれ、神聖なる儀式によってその地に送り込まれる教会の忠実な兵士。
魔王軍を討ち滅ぼす剣であり、同時に聖都を守る盾であるべきなのです。
勇者がこの世に現れるのは、世界が崩壊寸前のとき。そのとき、廻聖教会は異世界から「適した魂」を召喚し、彼らに神の祝福を授けます。そして、その魂は「勇者」として生まれ変わり、我々を脅かす魔の力に立ち向かうのです。
けれど、忘れてはいけません。
勇者の力は廻聖教会の恩恵によって成り立っているということを。
勇者がいかに強力であろうと、その力の源泉は教会の信仰にあるのです。
しかしながら、異世界より召喚された魂は廻聖教会を知らぬ者が多い。
そこで教会は何も知らぬ魂に勇者としての教義と神託を与えます。
(中略)
このように勇者が召喚されると、その魂は教会によって完全に掌握され、教義に基づく徹底的な教育が施されます。
彼らの存在は、教会の神聖さを体現するものであり、決して独立した意志を持つものではありません。
近年、勇者たちの質の低下が聖都で懸念されていますがご安心下さい。
廻聖教会の力は絶対です。
勇者がいかに強力であろうとも、彼らがその力を発揮できるのは教会の許可があってこそ。
その力を我らの為に正しく振るうことが出来るよう、教会は責任をもって勇者たちの魂を管理しています。
勇者の役目を全うしないのならば教会が責任を持って処分し、次の魂を召喚するのみです。
彼らも教義に従い、喜んでその身を捧げるでしょう。
信仰を絶やさず、教会に全てを捧げることで人類は救済への道を歩むことが出来るのですから……。
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――
「失敗か〜……途中まではケッコーいい線いってたと思うんだけどナ〜。流石は魔王を討ち滅ぼした勇者サマ……の、妹ってカンジ?」
東領域、アマテラス……。
乱雑に積まれた木箱や棚が所狭しと並ぶ空間で、女の喧しい声が響く。
投影魔水晶で一部始終を見ていたが、ミズキの奮闘ぶりはまさに勇者の名に相応しい働きだった。
寄生蟻の存在を嗅ぎつけ、マリーの魔法と自身の感応魔法を駆使して全匹撃破……実に見事な手際である。
”オレ達”だったら無理だった。
そもそもあの蟲に気が付く事すら出来なかっただろう……。
しかし自分が創った寄生蟻を絶滅させられてなお、女は余裕の笑みを崩さない。
ニタニタと嗤う様は悪辣の一言だった。
「まぁでも〜……これでまた一歩、”研究目標”に近付いたワケだしィ?結果オーライってカンジ〜?苦しゅうナイ〜ってカンジ〜?」
女はそう言って、足元に転がる小さな影を踏みつける。
それは寄生蟻の幼生だったモノだ。
女の足の下では無残にも踏み潰され、体液を撒き散らしている。
その死骸を見て、女は恍惚とした表情でため息を吐く。
「ウッヒョォ〜!このプチプチ感がタマラナイのヨネ〜ッ!!例えるならァ……そう!赤子の指を踏み潰す感覚……ってヤツ?きゃはははっ!」
狂っている。
彼女の存在は、その一言に尽きた。
オレは彼女の狂態をうんざりした顔で眺めていたが、やがて耐えかねて口を開く。
「それで……?結局、目的は何だったんだ?翡翠の森に寄生蟻を撒いて……。その目的は達成できたのか?」
「アハハ、目的なんていっぱいあるって〜。例えばぁー……お金とかー、地位とかさァ?鬱陶しい教会をチョロまかすのも大事だけどォ、それだけじゃ飽きちゃうじゃん?」
女はそう言って長い舌を出しながらオレを見つめた。
その淫靡な瞳にオレはゾッとする。
「研究」などというのは建前に過ぎない。
この女はただ、自分の好奇心を満たす為に……人類を玩具にしているだけだ。
「でもさ、でもさ、でもさァ〜?」
女はオレの反応などお構いなしに話を続ける。
その目は爛々と輝いており、まるで新しいおもちゃを貰った子どものように無邪気だった。
「彼女は流石だよネェ〜?まさか、この短期間で寄生蟻のカラクリを暴くなんてサァ……♪これが単に祝福を”授けられただけの者”と、”血に宿りし呪いを昇華させた者”の差ってワケかな……?廻聖教会が”贔屓”するのもわかるよよよよぉ〜☆」
「それはオレへの当てつけか?魔人ってのはいちいち癇に障るヤツラばかりだな……」
もう一つしか残っていない瞳を細めて、オレは女を睨む。
かつて魔王軍との戦いで、オレは仲間と共にこの魔人と死闘を繰り広げた。
しかし、結果は返り討ち……。
パーティーは半壊し、オレは右目と右腕を失った状態で聖都へ敗走した。
だが、教会は使命を果たせなかった勇者に決して慈悲を与えず、オレを教会地下の実験場へと追放した……。
そのせいで、オレは……オレはっ!!!
――――――バキバキバキバキバキィ!!!!
「おっとっと〜!コラコラ、秘密の研究室を壊さないでよォ〜?ここにも大事な創作生物やら魔術兵器やらがたくさんあるだからサァ?文無しのキミに弁償できないでショ?」
「お前に何がわかる……!オレは……オレは、勇者としてこの世界に呼ばれたんだ!それなのに、あんな場所で……っ!!!クソ教会のせいで仲間はっ!!!」
怒りに任せて、オレは投影魔水晶を地面へ叩きつけた。
粉々に砕け散るそれは、今のオレの心を現しているようでもある。
「アッハァ!怒ったの?怒っちゃったァ??自分の力が足りなかったからって八つ当たりしないでヨ〜。それにぃ……キミは教会に捨てられた可哀想な被害者で、私はそんな哀れな子に救済を与えてあげる天使様なんだからサァ……?ほらぁ、笑ってよ〜??」
女の言葉は耳障りだ。
聞きたくない……!
そんな屈辱的な言葉を、オレはもう二度と聞きたくなかった。
オレは腰から緋色の剣を抜き取り、そのまま女の首元へ突きつける。
「キャハハハハハハハハッ!何それ、もしかして”勇者の剣”ィ?教会に捨てられたキミが、そんな大事なモノを持ってていいノォ?」
「黙れ。オレは……お前を殺す!!今度こそ……っ!」
「え〜?!!マジィ?ウケるゥ〜!!いいよォ?やってみなよ?でもさァ……私を殺したらぁ、もう後戻りは出来ないよネェ……?」
女はそう言って、オレの剣先を人差し指でつついた。
その指先からは血が滴り落ちるが、女は気にする様子もなく狂った笑みを浮かべる。
「あの戦いから軽く十年は経過している……。教会の地下実験場からキミを救出してあげた私を殺しちゃったらぁ、誰がキミの”呪い”を解いてあげるノォ?」
「お前を殺して、教会も潰す……。そうすればオレは完全に自由だ!!もう誰の狗にもならねぇっ!!!」
「キャハハッ!キャハハハハハッ!!それ本気で言ってるのぉ??今の教会は魔王軍よりよっぽどタチが悪いよ?だってぇ、廻聖教会のトップは……」
「黙れっ!!」
オレは怒りのままに女へ剣を振るった。
しかし、その刃が女の首を刎ねる事はなかった。
何故なら、いつの間にかオレの腹部にスライムのような半透明の生物が貼り付いていたからだ。
一気に魔力を吸われていく感覚に、オレは膝をつく。
「ぐっ……がっ……!!」
「おバカさ〜ん♪ここは私の研究室なんだからサ☆使役してるカラクリ魔導生物くらい用意するってェ〜♪教会を潰す?こんなのに引っかかるザマじゃムリムリ〜♪♫」
「こ、の……クソ魔人がっ!!」
オレは力ずくでスライムを引き剥がそうとするが、それはビクともしない。
女はそんなオレを見て嗤い続けるだけだ。
「いいよ!その表情カオ、最ッ高だよぉ!!”ミジンコ以下”のキミが、身の程も知らずにイキってるトコロ……。おねーさん、一目見た時から”こうしたい”って決めてたんだよね〜♪💕」
女はそう言うとオレの頬に手を当てて、そのまま顔を近づけてきた。
煌めく金糸の髪と褐色肌の美しい顔が視界一杯に広がる。
その唇は艶やかに濡れており、オレは思わずドキリとした。
「ねぇ……キミが教会に復讐したいっていうならさァ……私が手伝ってあげるヨ?」
「……っ!誰がお前なんかに……!」
「キャハハ!!強情ゥ〜☆でもォ、そんな所も可愛いんだケドね?💕」
細い指先がオレの唇をなぞる。
まるで毒を流し込まれているかのような気分だ。
生暖かい吐息が頬を撫ぜ、オレの思考回路は徐々に鈍っていく。
オレは高ぶる心臓を抑えながら、冷静になれと自分に言い聞かせた。
コイツは人間じゃない……。
魔人だ。
情に流されるな……。
大きく深呼吸をして、感情を落ち着かせる。
そして改めて女を睨み返した。
背丈は130cmにも満たないガキだが、その胸部は豊満……。
女が少し動くだけで、たゆんたゆんと揺れるので思わず目を奪われてしま……っ、違うだろ……ッ!! オレは慌てて女から視線を外し、頭の中に浮かんだ邪念を振り払う。
「あ、今ボクのおっぱい見たでしょ?エッチだな〜☆自分の快楽に忠実なケダモノだぁ〜♥」
「見てない……っ!そもそもお前みたいなガキに興味はないッ!!」
「ガキじゃありませぇ〜んっ♪これでも200歳超えてま〜すっ♪」
「向こうにイケっ!!!オレに触るなっ!!!!!このクソババァッ!!」
「キャッ!こわ〜い💕」
女はわざとらしく震え上がる仕草を見せる。
そしてそのままオレの手を自分の胸に押し当てて、蠱惑的な笑みを浮かべた。
「ねぇ……キミは教会に復讐したいんだよね?私の仲間になってくれたらぁ、力を貸してあげてもいいよ……?教会を潰す為なら何でもシテあげるしぃ〜、居場所だって作ってあげられる……💕」
「…………魔人の口車にだけは乗らない。オマエラはどこまでも傲慢で、自分の快楽に忠実なケダモノだ。それは魔王軍の大幹部であっても変わりはしない……。そうだろう?”大禍時七魔将”が一人、彩喰のオリオン……っ!!!」
「じゃ、人間と対して変わらないねェ〜♪王族も市民も物乞いも所詮は自分の利益が最優先のケダモノだ……☆教会のせいで、いいように使い潰されたキミならわかるよネ?”元”勇者のツバキくん♪」
女――――オリオンの言葉にオレは歯軋りをする。
確かに……オレは教会に使い潰された勇者だ。
鉄砲玉のようにあちこちに派遣され、死に物狂いで戦っても最後はあの実験場……。
オレが命がけで稼いだ金は教会の資金となり、オレの名誉や誇りは全て踏みにじられた。
「辛かったよねぇ〜♪異世界から人間を誘拐して、魔王討伐の為の道具にするカルト教団……。それがいつもの”廻聖教会”のやり方。使えなくなったらさっさと次の勇者を召喚して、また犠牲にする。自分達は安全な場所から魔王討伐を讃える……まさに薄汚い烏合の衆☆」
「う、うるさいっ……!黙れッ!!」
オレは耳を塞ぐように頭を抱えて、女の言葉を拒否する。
だが、女の笑い声は止まらない。
「キミの仲間たちも、きっとこう思ってたハズだよっ☆『もうこんな所にいたくない』、『勇者のパーティなんてなりたくなかった』……ってさ?みんな死んじゃっタ。キミを一人残して……♪」
「黙れよ……ッ!!だまれ……」
耳を塞いでも、女の声は頭の中に響いてきた。
仲間たちの最期の顔……。
それはまるで呪いのように、オレを苦しめる。
もうこれ以上オレの心を蝕むな……!!
思い出したくないんだ……!
オレは頭を抱えて、地面に膝を付いた。
頭の中に響く女の声は一層激しさを増し、オレの中で”廻聖教会”への怒りと憎しみが膨れ上がる……。
「知ってるよ……♪教会はキミだけじゃなくてキミの仲間でさえも実験材料にしていたってコト……。教会に騙されて、利用されて……最後はゴミみたいに捨てられちゃったんだネェ〜?」
「うっ、あぁ……」
オレはオリオンの言葉を否定することが出来なかった。
だって事実だから。
『たす……けて、ツバキ……いたい…いたいよぉ……』
『なんで……どうして、こんなことにっ……!』
『もういやだよ……こんなの耐えられないよ……』
仲間たちの最期の言葉。
オレはそれをただ聞いている事しかできなかった。
「ねぇ……?復讐しようヨ、ツバキくん?ボクと一緒にサ……自分の人生を滅茶苦茶にしたヤツを放置していいの?仲間の仇を討ちたくないの……?」
甘美な囁きが、オレの心を支配する。
ずっとオレの心を蝕んできた廻聖教会への憎悪、怒り、憎しみ。
それは……一度決壊すれば、留まることを知らない。
「オレは……オレ、は……」
『ツバキ』
ふと、オレの名を呼ぶ声が聞こえた。
それはかつて共に旅をした仲間たちの声だった。
「みん……な……」
『ツバキ……オレらはこんなことの為に……』
『ねえ、ツバキ……目を覚まして……?』
『だっておかしいよ……!こんなのあんまりだよ……!!』
オレは頭に響く仲間の声に耳を塞いだ。
違う……!これは幻聴だ!!アイツらは死んだんだ!! だから、もう誰も信じない……。
オレは顔に手を当てて、声を押し殺すように嗚咽を漏らした。
そんなオレをオリオンが優しく抱きしめ、頭を撫でてくる。
それは慈愛に満ちた母親のようで、オレはその感触に身を委ねた。
「辛かったよね?苦しかったよね……?キミは良く頑張ったヨ……。だから、もう終わりにしよう?」
「……っ、おわ、り……?」
「うん♪キミの固有魔法と、私が実験で新たに得た魔導生物……☆♪この二つが合わされば、廻聖教会に復讐出来る。キミが教会を潰すんだよ……♪」
「オレが……教会を、潰す……」
耳元で囁く女の声が妙に心地良い。
オレはただ虚ろな目で女の口元を見つめることしか出来なかった。
教会に利用されるのも仲間を失うのも嫌だ……。
でも、この狂った女に付いて行けば教会に復讐が出来る……。
仲間の死も報われる……。
「”緋色の勇者”から……”復讐の勇者”になってみない?」
オリオンの瞳が妖しくオレを見つめる。
そしてオレは……魔人の言葉に誘われるまま、静かに頷いたのだった……。
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【緋色の勇者・ツバキ】
銀色勇者・ミズキの前々任者。
当初は世界を魔王軍から救う勇者として教会から手厚く支援されていた。
しかし、大禍時七魔将オリオンとの闘いでパーティー(全員女性)が半壊、自身も片目と片手を失ったことで教会から戦力外通告を受け、仲間共々”実験場送り”にされた。
10年近い実験で聖都の地下深く幽閉されていたが、かつての宿敵であるオリオンに救出された。
自分の代わりに魔王軍から世界を救ったミズキに複雑な想いを抱いている。
【大禍時七魔将、彩喰のオリオン】
色々キマってる褐色ロリ巨乳のBB……お姉さん。
七魔将の中でも魔王に対する忠誠心が低く、勇者との闘いは死んだフリをしてやり過ごし、魔王討伐後も東領域で自由気ままに暮らしている。
魔導生物を創り出し、実験することのみに悦びを見出しているので世界のことなどどうでもいいのだろう。
しかし人間至上主義を掲げ、魔獣を殲滅せんとする廻聖教会には強い敵意を抱いているようだ。
度々自作の魔導生物を西大陸に送り込んで人類に甚大な被害を与えている。