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第6話 それでは東領域へ出発

「ガーベラや……東に行ってはいけないよ……魔物は東から出るのだから……」



しわがれた老婆の声が頭の中に響き渡る。

幼いガーベラは不服そうに頬を膨らませて老婆に反論した。



「やだよ!だって、東にはお宝がザクザクあるってパパが言ってたもん!それに、ママの病気を治す薬も東の国で手に入るかもって……!」



「それはただの迷信さ……。東領域は魔王の支配圏だ……。特に魔王城がある島――――アマテラスに足を踏み入れたら最後、生きて帰って来られない……。歴代の天輪七聖賢さまだって今まで誰一人として戻っては来なかった……」



「でも……!」




渋るガーベラに老婆は困ったように頬をかいて微笑む。

そして、意を決したように顔を上げるとそのシワだらけの手でガーベラの頭を優しく撫でた。




「お前がどうしても行きたいのなら、勇者さまと一緒に行きなさい」



「勇者……?」



「ああ……。女神アテネ様に選ばれたお方のことさ。勇者さまと一緒ならきっと怖くないだろうよ……。この暗黒の世界だって、きっと救ってくださるさ」



老婆の言葉にガーベラは目を輝かせる。

太陽を奪われ、魔物の脅威に怯える暗黒の世界。

そんな世界で自分達に手を差し伸べてくれる存在……。

幼いガーベラの胸は期待と憧れで一杯になった。



「夜明けの日は必ずまた訪れる……。だから、その日まで決して希望を捨てるんじゃないよ。ガーベラ……」



―――――――

―――――

――



……懐かしい夢を見ました。

東の空が白み、小鳥たちの囀りが聞こえる頃、私はベッドから起き上がります。

窓を開ければ陽の光と共に爽やかな風が吹き込み、私の髪をなびかせる。

子どもの頃は絶対に見れなかった朝日の輝き……。

それをこうして毎日拝める日が来るなんて……。

私は朝日に目を細めながら、感慨深くため息を吐きます。



(おばあちゃんにも見せてあげたかったな……)



東の空へと手を伸ばし、私はもういない家族へ想いを馳せる。

元気だった頃のおばあちゃん、優しい両親……そして、大好きな兄。

太陽が帰って来ても、もう戻らない幸せの日々……。



「お姉ちゃん?起きてる?」



「ダリア……?もう大丈夫なの……?」



ガチャリと扉が開き、妹のダリアが顔を覗かせる。

オテンバでじゃじゃ馬娘だけど、かけがけない大切な妹。

お揃いの栗色の髪を揺らし、ダリアは私に抱きついた。



「うん!もう平気だよ♪海賊に拐われちゃたときはもうダメだって思ったケド、お姉ちゃんと勇者さまたちが助けてくれたんだもん!それに、早く元気にならないとお姉ちゃんが心配しちゃうし!」



「そっか……」



ダリアは明るく笑ってみせる。

私はその笑顔を見て、また目の奥が熱くなるのを感じた。

たった一人になってしまった唯一の家族……。

もし、勇者さまたちが来てくれなかったら今頃どうなっていたことか……。

この温もりも……もしかしたらもう二度触れることも出来なかったかも知れない。



(本当に感謝してもしきれないわ……)




ダリアを抱きしめ返しながら、私は感謝の祈りを捧げる。

するとダリアは嬉しそうに笑ってから「そういえば……」と、思い出したように口を開いた。



「勇者さまって本当に凄いんだね!海賊を全員捕まえて、ドラゴンまで倒したって聞いたよ!お姉ちゃんも一緒に戦ったんでしょ?どんな人なの?」



「え、えっと……どうと言われても……」



「え〜?!いいじゃん教えてよ〜!!お姉ちゃんこれからその勇者さまと一緒に旅をするんでしょ〜?!!教えて教えて〜」




ダリアの質問に私は口ごもる。

あの人のコトを思い出すと顔が赤くなってしまうから……。

思い出すだけで胸が高鳴る。

私なんかじゃ釣り合うハズもないくらいにカッコよくて、強くて……私が出会った中で一番美しい女性。



「お姉ちゃん……?どうかした?」



「なっ、なんでもない……!」



ダリアが私の顔を覗き込み不思議そうな表情で首を傾げる。

私は慌てて視線を逸らした。

だって、言えるわけない……!

私があの人に……勇者様に一目惚れしたなんて……。

"女の子に"ときめいちゃったなんて……っ!



(絶対言えないよぅ……!)



―――――――

―――――

――



「ドラゴンを倒したのはわたくしですわぁ!!!」



「ぴっ!」



「ニャニャ〜?!!光の魔女がご乱心ニャ!!勇者サマたすけて!」




シロツバキ二位から任務を言い渡されてから丸二日目の朝。

聖都バルドルを出発した私達は、再びガーベラさんの故郷――――――ナイシー村へ戻ってきました。

自然豊かでのんびりした良い村で、任務がなければもうひと月かふた月ほど滞在していたいくらいです。

宿屋の朝食に出てきた"モチスライム"なる魔獣料理も中々噛み応えがあっておいしいですが私はもっと臭くて下品な味が好きですね。

調味料代わりにゴブリンの脳漿でもぶち撒けてみましょうか?

なんて他愛もないことを考えていると、突然マリーさんがテーブルを叩き大声を上げました。



「あのドラゴンを倒したのはこのわたくしですわぁ!!勇者ミズキではごさいませーん!!」



「え、えっと……マリーゴールドさま……?」



「ガーベラ様っ!!わたしく、目が見えない代わりに聴覚がと〜っても優れてるんですの!!それこそ聖都で誰かが落とした硬貨の落ちる音すらも聞き分けてしまうくらいに!だから、わたくしには筒抜けでしてよ!!!貴女達姉妹が話していた会話もねっ!!紅炎龍を葬ったのはわたくしでございます!!!そこのヌボ〜っとした勇者ミズキではなく、わ・た・く・しっ!!!」



「ぞ、存じ上げています……でも、いくら言っても聞いてくれなくて」



「納得いきませ〜んっ!!!!!」



マリーさんが凄い剣幕で捲し立てます。

ガーベラさんは気圧されて何も言えず、コクコクと頷くばかり。

やれやれ、光の魔女はこれだから……。



「まあ、どうでもいいじゃないですか……。この中で誰が一番カワイイかなんて話は……」



「そんな話はしておりませんっ!!!!!」



「スゴいニャ……マリーちゃんがツッコミに回ったニャ。ボケに大ボケをかますことで面倒くさい話の流れを強制的に絶ったのニャ。これが漫才コミュニケーション……??!」



誰が大ボケですか……?

私は至って真面目です。

だってこの中で一番カワイイのは私ですからね。

分かりきってる事実は話すだけ時間の無駄です。



「それで……?本当に妹さんとは大丈夫なんですか?私達はこれから西大陸を出て、東領域の最奥にあるアマテラスを目指します。仲間に迎い入れてから言うのもなんですが、この旅は危険です。引き返した方が宜しいのでは……?最悪の場合、今日が妹さんと過ごす最後の日になるかも知れません。」



私はガーベラさんの目を真っ直ぐ見つめ、厳しい言葉を投げかけます。

東領域はかつて魔王が根城としていた影響で未だに魔獣が跋扈している、言わば"魔境"。

現時点で彩喰の魔女オリオンが潜伏している可能性が一番高い。

私達が一緒ならどうにかなると思いますが、それでも命の保証は出来ません。

同行者の命を預かる者として、私は彼女に最後の警告をします。

しかし、ガーベラさんは私を見つめ返し、力強く頷きました。

決意に燃えた、強い瞳……。

彼女の揺るぎない意思が私の脳へ直接語りかけてきます。



「はい……。大丈夫、です。ダリアとはもういっぱいお話しましたから……」




「でも、この旅についてきたら妹ちゃんは一人ぼっちになっちゃうニャ……?やっぱり二人で故郷にいた方が……」



アザレアさんが心配そうにガーベラさんを見ます。

そんな心配そうなアザレアさんの表情を見て、ガーベラさんは困ったように笑いました。



「心配してくれてありがとう、ございます……。でも、これは私が決めた道だから……。ダリアだって分かってくれてます……」



それに……と、ガーベラさんは言葉を切って視線を私へ移します。



「たとえ離れ離れになっても、私達姉妹の魂はいつまでも一緒ですから……」



そう言って、ガーベラさんはニコリと笑いました。

その笑顔は温かくてどこか懐かしさを覚えます。

勇ましく、凛々しく、それでいて清廉潔白……。



―――――ミズキ、オレは世界を救わなければいけないんだ。


――それがオレたちの本当の使命だから。


私は頭を振ります。

こんなときに思い出すなんてどうかしている。

もう兄はどこにもいないというのに……。

二度と会うことも話すことも出来ないのに、あの人が私にくれた"呪いの言葉"は今もなお私を苦しめるのですね。



「勇者さま……?」



「あ、いえ……。すみません、ボーッとしてました」



ガーベラさんの声に私は我に返ります。

いけない……今は目の前の問題に集中しなければ。

私は軽く咳払いをしてから話を戻しました。




「分かりました。そこまで言うのなら、私がこれ以上口出しするのは野暮というものでしょう。パーティーへの加入を正式に許可します。大禍時七魔将、彩喰のオリオン捜索任務も人数がいた方が楽でしょうし……」



「ニャニャ?てっきり反対すると思ったニャ!!勇者サマひねくれ者だし!!」



「わたくしも同意見ですわ。根暗で人見知りな勇者ミズキがこんなにも積極的になるなんて……。ここまで健気に育てたかいがありましたわ〜!」



「貴女に育てられた覚えはありません」



「なんて親不孝者なのかしら!」



「貴女の娘になった覚えもありません」



私はカップの"緋蜂紅茶"をクイッと飲み干し、机に立て掛けた深紅の大剣を背に担いで席を立ちます。

目的が定まったのなら長居は無用です。

朝食も済ませましたし、さっさと出発しましょう。

とりあえず、色々情報を集めなければなりませんね……。

それに資金も調達しなければ。

廻聖教会は仕事を振るだけ振ってロクな支援もしてくれませんし。

私は頭の中で今後の予定を考えながら、ガーベラさんへ手を差し伸べました。

すると、ガーベラさんはおずおずと私の手を取ります。

視線を合わせようとすると、彼女は頬を赤く染めて私から顔を背けます。

そんな仕草にアザレアさんがまたニヤニヤ笑い始めました。

マリーさんもまた、微笑ましそうにしています。

私はため息を吐きました。

まったく……先が思いやられる旅になりそうです。




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