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第5話 任務付与〜オリオンを捜せ〜

「遅い。2分56秒の遅刻だ。女神アテネに対する信仰心が足らないんじゃないか?」



光に包まれ、次に目を開けた時……そこは"白亜の巨塔"十六階の暁の間。

高い天井に向かって何本も伸びる巨大な柱に、聖都バルバトの美しい風景を一望出来るガラス張り

の壁。

時が止まったような静寂に満ちたその空間で、神経質そうな眼鏡の男性がピキピキと青筋を額に浮かべて私達を睨みました。



「シロツバキ二位……お言葉ですが、私にとって2分だか3分だかの時間のズレは誤差の範疇です。配信だってみんな時間ピッタリに開始しないでしょう?それと同じです。私は10分遅れたっていちいち謝りません。」



「ニャ?!!勇者サマ、ハイシンが何なのかアザレアちゃんはよく分からないケド、それは謝ったほうがいいのでは???」



私の堂々とした態度にアザレアさんが目を丸くします。

しかし、私は謝らない。

ネットの世界では先に謝った方が負けですからね!



「おい、マリーゴールド元三位……!オマエは勇者にどんな教育をしているんだ?従者として恥ずかしくないのか?!」



「勇者ミズキはおルーズなお方……。四角四面なルールなんてクソ喰らえ!食べたいときに食べて、寝たいときに寝る!一重にこれも個性というものですから優しく見守って上げてほしいですわぁ〜」



「知るか!オマエラの世界の低俗な価値観に俺を巻き込むんじゃない!まったく、異世界人なんぞに感化されやがって……目を失う前のオマエは残忍で頭のキレる優秀な魔女だったというのに……。何故こんなアホに成り下がったんだ?!!」



ブツブツと文句を言いながら、彼は名前に似合わず真っ黒な髪をかき上げると血のように赤い瞳を瞑り、ため息を吐きました。

やれやれ、細かい男はモテませんよ?



「も〜う!シロツバキニ位ったらぁ〜!そんな怖い顔してたらカッコいいお顔が台無しですぅよぉ?♪せっかく綺麗で整ったお顔をしてるんですからぁ、もっとこう……ニコォ〜っとかニャンニャ〜ン♪って笑わないとぉ!はい、リピートアフタミィ〜?♪」



「ロベリア四位……お前は黙っていろ。呪われたいか?それともオレの黒刀で細切りにされたいか?え?」



「やぁ〜ん♪今日も過激ですねぇ〜……♪」



私達の背後からロベリア四位がひょっこりと顔を出してシロツバキニ位を煽ります。

本当によくこの空気の中でそんな下卑た真似が出来ますね……ある意味尊敬に値します。

しかし、シロツバキニ位も器が大きいのかそれともただの呆れなのか、それ以上ロベリア四位には言及せず再び私達の方へと視線を向けます。



「それで……?バカな海賊共は殲滅させたんだな?確実に?」



「ええ、滞りなく。船長含め、一人残らず心をへし折ってやりました。拐われた方も全員救出し、こちらのガーベラさんという新しい仲間を迎えました」


「あっ、えっと……ガ、ガーベラで――――――」



「その船長というのは絵画の固有魔法を扱う女だな?絵の中に"あの紅炎龍"を閉じ込めていたという……?」



ガーベラさんの挨拶を遮り、シロツバキニ位が問いかけます。

一発ぶん殴ってやりたいクソ眼鏡な態度ですが、彼は出会ったときからこうなので今さら殴った所で何も変わらないでしょう。



「ええ、そうですけど……?大禍時七魔将の一人、"彩喰の魔女・オリオン”が残したドラゴンだとか何とか言っていましたね。マリーさんが一瞬で海に葬りましたが……」   



「あの程度のトカゲ、赤子のほっぺたをプニプニして頭をイイ子イイ子するより楽な仕事でしたわ〜♪」



マリーさんが誇らしげに胸を反らし、大きなお胸をタプンと弾ませました。

ムカツク脂肪の塊です。

今度、思いっきりつねってやりましょう。



「フン……。穢らわしい魔獣の一匹や二匹を仕留めた程度で大仰なことだ。だが、これで魔王軍残党の関与が確定したな」



「……と、言いますと?」



シロツバキニ位の言葉に私は首を傾げます。

あまり言いたくはありませんが、危険度AAAクラスとはいえたかが絵画に封じられた魔獣。

魔王軍残党の仕業と言われても、正直ピンと来ません。



「気付かないのか?人拐いを専門にする程度のこすい海賊風情が、どうやって紅炎龍を捕らえたというのだ……」



「絵画の魔法に攻撃力はありませぇ〜ん……ドラゴンが寝てるときに近づいても、寝息でキャンバスごと焼き払われるのがオチなだけぇ〜。つ・ま・りぃ〜……♪」



シロツバキ二位が目を血走らせ、ロベリア四位がケタケタと笑います。



「誰かが直接彼女に譲渡した、と。彼女の脳内メモリーを覗き込んだときはそんな記憶ありませんでしたが……」



女船長の頭を洗いざらい拷問して色々吐かせましたが、紅炎龍に関しては"いつの間にか命令を聞くようになっただけ。気が付けば絵の中にいた"だそうです。

嘘だとか、とぼけている様子はありませんでした。

シロツバキニ位は「フン」と鼻で笑います。



「その女も知らぬ内に魔王軍残党の手先になっていたんだろうよ。大方、絵画に封じられた紅炎龍を扱えば逆らえるヤツはいない……とでも吹き込まれたか?」



「ほんっと姑息な連中ですよねぇ〜……。厭になっちゃいますよぉ〜♪」




「待って下さい。その女"も"……ということは」



「ほ、他にも似たような事件が?」



私の言葉の続きを、ガーベラさんが続きます。

シロツバキニ位は頷きました。



「魔王軍残党の関与が確定している事件は他に二つある。いずれも巨大な魔獣が何も無い所から突然発生した事件だ。一つは"黒天の大狼"と呼ばれる漆黒の毛並みを持つ魔獣が、バルバト近郊の村人たちを一夜で一人残らず食い殺した事件」



「もぉう一つはぁ〜……体長40メートルを超える"毒婦の大蛇"がネクロ鉱山に姿を現してぇ〜……自分のテリトリーとして占拠しちゃってる事件ですぅ〜♪鉱夫さんも仕事が出来ないって泣いてましたよぉ〜……♪」



「なら愉しそうに口角を吊り上げるのをお止めなさい、ロベリア四位」



「っというか、どっちもAAAクラスの人喰い魔獣……!怖いニャ……!」



アザレアさんがぶるりと身体を震わせました。

本来、魔獣というのは決まったテリトリーを持ちます。

他の群れとの縄張り争いなどもありますが基本的には自分の住処から離れたりはしません。

そんな魔獣たちがなんの前触れもなく突然現れては人を襲う……。

確かに、これは異常事態ですね。



「これだけの魔獣を使役出来るのは大禍時七魔将、"彩喰の魔女・オリオン”くらいですわ!けれど、あの女は……」   



「私の兄が倒したと聞きましたが……?」



「倒しきれてなかったんだろうよ」



マリーさんの顔色が曇ります。

アザレアさんも表情に影を落としました。

かつて兄と共に討ち滅ぼしたハズの敵……それが実は生き延びていた可能性がある。

二人からしたら煮えきらない複雑な心境でしょう。



「魔王軍幹部"大禍時七魔将"……。その内二人が人類側に寝返り、一人は封印中。残り四人は前任の勇者が全員始末したから安心……という話ではありませんでしたか?」



「フン、奴等の狡猾さを侮り過ぎだ。オレは最初から信用していない。死んだと思わせておいて、実は潜伏していたなんて事も想定の範囲内だ」



けれど、シロツバキ二位はなおも苛立った様子で吐き捨てます。

彼は女神アテネの熱心な信奉者でとにかく魔王軍や魔獣を憎んでいます。

目を合わせずとも、そのオリオンとやらが生きていると知り怒り心頭なのが分かります。



「"黒天の大狼"は既にオレがバラバラに切り刻んで始末した。ネクロ鉱山にもモクレン六位を向かわせ対処させている。だが、七魔将オリオンが生き延びているのなら、似たような魔獣出没事件は今後も立て続けで起きることだろう……魔獣の使役・育成はヤツの十八番だからな」



「そこでぇ!教皇さまの天啓によりぃ〜……勇者御一行さまに特別任務をご用意しましたぁ〜♪はぁい、パチパチぃ〜……♪その名も〜"大禍時七魔将・彩オリオン捜索兼討伐作戦"でぇ〜す♪」



「ま、まんまだニャ……」



「まんまですわ〜……」



やっぱり、そういう話になりますか……。

兄の尻拭いをさせられているようで気分は最悪です。

けれど、何故だか血が沸き肉が踊る……そんな高揚感も覚えます。

マリーさんやアザレアさんの手前、表情には出しませんが私も魔王軍残党とやらを八つ裂きにしたいと、闘いたいと思っている私がいる。

この世界に来てから、好戦的になっている自覚があります。

これも女神アテネの祝福の対価なのでしょうか……?





それとも―――――――。



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