私は思うのです。この世界に救いはあるのでしょうか?とね。
ある人は言います、それは女神アイネ様であると。
廻聖教会の主神、太陽の女神アイネ……。
彼女は人々に慈愛をもたらし、時に試練を与えます。
そして、その試練を乗り越えた者に救いの手を差し伸べるのです。
しかし、それは本当に救いなのでしょうか?
アイネは人々に救いを与えます。
ですが、それは試練を乗り越えた者だけにです。
乗り越えられぬ者はどうなるのでしょう?
その人は見捨てられてしまうんでしょうか?
私の兄は世界を救ったのに、女神は兄を救わない。
わけのわからない試練とやらを乗り越えられなかったから見捨てられたのでしょうか……?
だとしたら……私は、女神を許さない。
でももっと許せないのは、兄さんが愛した世界を脅かす輩です。
兄さんの救った世界を、汚す屑ども……。
一人として逃がしません……誰一人として……。
―――――――
―――――
――
「銀色勇者様一行のご帰還だぁ〜!!」
「勇者さま〜!!!マリーさま〜!!!」
「海賊をやっつけてくれてありがとう〜!!」
「マリーさま、今日もお美しい〜!!」
「勇者様万歳・万歳・万歳!!!!!」
人拐い海賊の殲滅から三日後。
王の住まう宮殿でもある"白亜の巨塔"が見下ろす聖都バルドルにて、私達は人々に歓声と祝福で迎えれていました。
老若男女問わず、人々は手を振りながら称賛の声を上げます。
その数たるや数百人……いや、数千人規模でしょうか?
まるでお祭り騒ぎです。
目を合わせると脳内の熱狂がこちらにも流れ込んでくるので暑苦しいことこの上ない。
「あいも変わらず騒がしいですね……。西大陸最大の宗教都市なんだからもう少し厳かにできないものでしょうか……?」
「お〜っほっほっほ♪何を仰いますの?勇者ミズキ!この歓声こそが、わたくし達の活躍が如何に素晴らしかったかを物語ってくれているのではありませんか!!ご覧になって下さいまし!あの民草の笑顔を!!褒められて嬉しくないワケがありませんわ〜♪ねぇ、ガーベラ様?」
「は、はいぃ!マっ、マリーさん……っ!そそ、そうですね!」
人々の歓声に辟易する私を他所に"盲目の魔女"マリーゴールドさんが両手を広げて、大げさな仕草で民衆に応えます。
流石、バルバトが抱える最高戦力"天輪七聖賢"の元一人です。
人々の歓声に酔いしれるその笑顔には余裕すら感じます。
隣でビクビクと震えるガーベラさんとは実に対照的です……。
まあ、僻地の村出身のガーベラさんにとってこの人数は圧巻でしょう。
「ウニャぁ〜〜〜……。人間の国は獣人のアザレアちゃんには肩身が狭いニャ……。あからさまに除け者にされてるし……。早く帰ってお魚食べたいニャ……」
「アザレアさん、貴女はもう少し自分の種族に誇りを持って下さい。それで罵声を浴びせる輩がいたら、私がソイツの顔面を粉砕します」
「ニャニャ〜!!勇者サマはバイオレンスすぎるニャ!」
私の隣でフードを深く被りケモ耳を隠す"獣人の盗賊"――アザレアさんがネコ目で私にツッコミを入れます。
私からしたら種族の違い程度で差別する輩の方がよっぽどバイオレンスに思えますけどね。
人間至上主義なんて馬鹿な思想、私は大嫌いです。
女神アイネもそんなのは望んでいないでしょう。
「あ、あのあの……本当に、私なんかを勇者様の仲間に加えて良かったのですか……?」
「怖気付きましたか……?貴女の方から同行を申し出ておきながら……?」
「い、いえ……。ただ、私は勇者様のパーティーに相応しいのかなって……こんなスゴいパーティーに、私……」
私の隣でおどおどと震えるガーベラさん。
海賊共を殲滅し、拐われた妹さんを救出して彼女の故郷に送り届けた後、ガーベラさんは私達のパーティーに加わりたいと申し出ました。
今回の一件で己の無力さを知り、少しでも強くなりたいからだと。
別に断る理由はありません。
来る者は拒まずが勇者パーティーのモットーですから。
「まあ、現時点確かには足手まといですが、そんなものはこれからの努力次第でどうとでもなります。たぶん、きっと……」
「そこは断言しないのかニャ……」
アザレアさん、うるさいです。
私はガーベラさんの肩に手を置きます。
彼女はビクリと身体を震わせました……そんなに怖がらなくても。
私は彼女の目を見つめ、優しく微笑みかけます。
「ガーベラさん、人は成長します。少しずつ、一歩ずつ……。なら貴女の歩みに間違いは有りません。勇者パーティーの一員であるということは並大抵のことではありませんよ?それでも貴女が勇気を持ってこの旅に同行してくれるというのなら、私達は歓迎しますよ」
「あ、あの……!私なんかでよければ是非!よろしくお願いしますっ!!」
ガーベラさんは私の差し出した手を強く握り返します。
彼女の瞳には強い決意と覚悟の光が宿っていました。
うんうん、いい顔です。
これからの成長が楽しみです。
「白昼堂々、感動的な場面に遭遇ぅ〜……♪いやはや……実に美しい友情ですねぇ〜♪」
「……ちっ」
中央通りを進み、白亜の巨塔が目前に迫ったところで私達の鼓膜にハチミツをまぶしたような甘ったるい声が響きました。
嫌なヤツの声です。
出来れば無視したいところですが、公衆の面前で誉れ高き勇者がそのような態度を取るワケにはいきません。
相手もそれを分かってやっているのですから余計にタチが悪い……。
「どぅも〜……♪銀色勇者さま、それにマリーゴールド三位……あぁ、失礼。"元三位"でしたねぇ〜。よくぞお戻りにぃ〜……。いやはや、この度のご活躍、実に素晴らしいものでしたよぉ〜♪我がバルバトの民も勇者さまの正義の心に、さぞ感銘を受けた事でしょうねぇ〜……」
「ロベリア四位……。出迎えならもっと普通にして下さい。その気持ち悪い猫撫で声はどうにかならないのですか?」
渋々と声の方向に顔を向けると、そこには純白の魔法衣を纏い、腰に双剣を携える女性……"天輪七聖賢"が一角、序列第四位ロベリアが下卑た笑みを浮かべて立っていました。
白髮に猫背で小柄な体躯、そしてねっとりとした目付きが特徴的な魔女です。
「おやおやぁ?♪今日の勇者さまは随分ご機嫌斜めですねぇ〜……。何かお気に障る事でもぉ〜?♪私はただ、勇者さまのご活躍を褒めたたえているだけなんですがねぇ〜……♪」
「……。」
「あぁん……♪その冷たぁ〜い視線、ゾクゾクしますぅ〜♪も〜っと私を見て下さいよぉ〜♪そして、その氷のように冷たいお声で私を罵って下さいぃ〜♪あはぁ……っ♪」
「な、なんですか?この人……?」
「ロベリアさんニャ……"天輪七聖賢"で四番目に強い、気持ち悪い変態さんニャ……」
ドン引きするガーベラさんに、アザレアさんが端的かつ簡潔にロベリア四位を説明します。
概ね間違っていませんね……。
"天輪七聖賢"序列第四位、ロベリア。
彼女は女好きの変態です。
私を見るその視線は常に情欲に満ちています……。
闇色の瞳を見ればキモチワルイ脳内妄想が大量に雪崩れ込む始末。
こんなのでも魔王軍幹部"大禍時七魔将"に比肩する人類最高戦力の一人なのですからこの世界は本気でクソったれです。
「あらあら、ロベリア……?わたくし、"天輪七聖賢"から脱退する時に言いましたわよね?次、勇者様に無礼な口を聞いてみなさい。その首をねじ切って差し上げますわと……」
私が辟易としているとマリーさんが一歩前に出てロベリア四位にドスの効いた低い声で警告を発します。
冗談の類いではありません、マリーさんはやると決めたら元同僚相手でも本当にやり遂げます。
"天輪七聖賢"を脱退する時も色々あったと聞きます。
元とはいえ序列第三位……そのオーラは健在です。
「あららぁ〜♪?相変わらずマリーゴールド元三位は怖いなぁ〜?別に私は勇者さまに無礼な口なんて聞いていませんよぉ?♪これは純然たる愛、乙女のあぷろーちですぅ〜♪ねぇ、勇者さまぁ〜?」
「……マリーさん、もうヤリますか?コイツ」
「ええ……わたくしが心臓をブチ抜くので貴女は首を刎ねて下さいませ」
「じょーだん!じょ〜だんですよぉ〜……?!もぉ〜、お二人共血気盛ん過ぎますよぉ〜♪やれやれぇ……♪」
私とマリーさんに詰め寄られ、ロベリアはヘラヘラと笑いながら両手を上げます。
この態度が余計に腹が立ちますね……。
「私はただ勇者御一行さまを"白亜の巨塔"十六階、暁の間へお連れする為に待機していただけですよぉ〜?♪あそこに出入りするには一定の階級以上の許可証が必要なのでぇ〜、このロベリア四位がシロツバキ二位からその役を仰せつかったワケでぇ〜す♪」
「むっ。そうだったのかニャ」
ロベリア四位は懐から許可証を取り出すと、私達に見えやすいように広げました。
"白亜の巨塔"は太古の昔、女神アイネが西大陸の中心に建てたとされる巨大建造物……。
国を治める政治機関の要所でありながら廻聖教会の本拠地でもあります。
十階までは教徒達、それより上の階は"天輪七聖賢"や"異端審問官"など廻聖教会の中枢を担う者達が常駐しているのです。
そして、最上階である十九階へは大神官と教皇しか立ち入ることを許されていません。
"白亜の巨塔"は魔王軍幹部クラスの魔族ですら攻略を諦める難攻不落の要塞ですから、何かと厳しい制限が設けられているのです。
「というわけでぇ……シロツバキニ位が皆さんをお待ちですよぉ〜?♪さあ、どうぞこちらへ〜……♪」
ロベリア四位が持っている許可証が眩く発光します。
転移魔法の効力を宿しているソレは私達の足元に魔法陣を形成しました。
その光は徐々に強まり、私達を包み込みます。
(シロツバキ二位……か)
帰還して早々、ロベリア四位とは別の意味で面倒な人に会わなくてはなりません。
"天輪七聖賢"序列第二位、廻聖教会教皇直属特務部隊"異端審問局"の長官で、私の大嫌いな人……。
まったく、今日は宿で新しい仲間の歓迎会パーティーの予定だったというのに……。
全てが台無しです。
でも、仕方ないですね……これも勇者としての使命なのですから。
内心でため息を吐きつつ、私達は光の中へと消えて行きました。