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第3話 海賊絵画(下)

薄暗い部屋の中はゴチャゴチャしている上に埃っぽくて、船長室と云うよりは倉庫のような有り様でした。



「う〜ん……。これはまた、いかにもな場所ですね……。」



私は薄暗い部屋を見渡しながら呟きました。

ガーベラさんは私の後ろでビクビクと震えています。

怖いのでしょうか?

しかし、恐怖の感情は感じません。

異様に緊張しているというか、なんか……落ち着きのない様子でソワソワしています。



「あの……ガーベラさん?大丈夫ですか……?」



「は、はいっ?!だだだ大丈夫でしゅっ!」



「……本当に?」



「も、勿論です!わわ私はこの通り元気いっぱいですよ!!」



そう言って彼女は力こぶを作るポーズをとりました。

けれど私とは目を合わそうとしてません。

耳も真っ赤です。

……やっぱり変ですね、ガーベラさん。



「あ〜、私なにかしました?」



「……へ?」



「いえ、さっきから様子が変だなって……。」



「そっ!それはそのっ!ゆゆゆ勇者様が……っ!」



「私が……?」



「はわわわわっ!!」



彼女はさらに顔を真っ赤に染めて俯いてしまいました。

本当にどうしたんでしょう……?

心が読めるのに、彼女の気持ちがまったく読めません……。

同接数は沢山あるのに面白さが1つも理解できない配信を見てる気分です。

まあ、元よりそこまで万能な能力じゃありませんが。

今はそんなコトより誘拐された方々を探さないと……。

私は手当たり次第に部屋のモノを調べました。



「む!これは……」




「ゆ、勇者様っ?!なにか見つけたんですか?!」



私は部屋の奥に立て掛けられた大きな絵画を見つけました。

私はその絵画に近寄り、じっくりと観察します。

趣味の悪い女海賊が他者を踏み台にして、高笑いしている様子が描かれていました。

なんとも下卑た絵ですね、魔人よりタチが悪いです。



「……これは、絵?」



「はい。この船には絵画や彫刻が沢山ありました。どれもこれも悪趣味な物ばかりでしたが……。しかし、これは他のモノとは少し雰囲気が違います」



絵画の額縁には凝った装飾が施されており、絵自体も他のモノに比べて精巧に描かれています。

血生臭ささえも感じる臨場感……。

それに加え、この絵画から漂う魂の波動は―――――



「この絵に少しでも興味を持ったのなら、アナタも既に虜……♪――美術の世界アート・ワールド――」



「!!ガーベラさん避けてっ!」



絵から女性の声が響くと共に画面が淡く発光し始めました。

私は即座にガーベラさんを押し退けますが、絵画から放たれた波動が私を包み込んでしまいます。

意識が……吸い込まれる……っ。



「ここ、は……?」



気が付くと私は見知らぬ場所に立っていました。

まるで夢を見ているかの様です……不思議な感覚ですね。

私はキョロキョロと辺りを見渡します。

どこまでも続く地平線……。

空も地面も真っ黒で、黒いペンキを溢したかのようです。

……ここは絵の中なのでしょうか?

だとしたら随分と手の込んだ魔法ですね、絵の中に世界を造り出すなんて。



『このぉ!!勇者さんを返せぇ!!!』



『フフフ……無駄よ。勇者だろうが何だろうが、私の絵の中からは決して抜け出すことはできない……永遠にね』



突然聞こえてきた声に私は振り返ります。

ディスプレイモニターのようなモノが宙に浮かび、そこから外の世界を覗き見ることができました。

視界の先には私と入れ替わりで絵の外に出た女海賊。

真紅のコートを靡かせ、勝ち誇った表情でガーベラさんと剣を交えています。



『まさか噂の”銀色勇者”を捕らえるコトができるなんて、今日は最高の日だわ♪貴女のお陰ね、ありがとう。お礼に殺さないであげるわ♪でも……海賊に捕まった女の末路なんて決まっているわよね?』



『くっ!このっ!!』




ガーベラさんは女海賊に斬りかかりますが、彼女はヒラリと身を翻してそれを躱しました。

戦闘経験に差が有りすぎますね……。

どうにかしてガーベラさんを助けないと……。

しかし、私が思いっきり拳を額面に叩きつけても効果ナシ。

私の拳はゴブリンの頭だって粉々に砕けるのに……絵の世界じゃどうにもならないみたいです。

私の魔法じゃこの空間を丸ごと破壊することなんてできません……。



ならば今の私が出来る最善の一手は――――




――――右に避けて……。



私はガーベラさんに向かってテレパシーを送りました。

そして次の瞬間、彼女は私の言葉通り右に避けます。



『な……?!』



『うぇえ?!!』



女海賊は驚き、ガーベラさんは困惑の声を上げます。

そうですよね、いきなり頭の中に声が響いてきたらビックリしますよね。 

でも今は我慢して下さい。

後で説明しますから……。



――――私は今、アナタの頭の中に直接語り掛けています。ガーベラさん、私の指示通り動いて下さい……



『勇者様っ?!すごい!声が直接脳に響いてくる……っ!』



――――いいから言う通り動いて下さい!敵の身体の動きは、全て私が読み取っています……



『わっ、分かりました!!』



私はガーベラさんに指示を出しつつ、女海賊の動きを先読みして攻撃をかわさせます。

今のガーベラさんではあの女船長を倒すことは難しいでしょう……。

私が彼女をラジコンにしても、ラジコンの性能が非常に乏しいですからね。



『このっ……ちょこまかとぉ!!』



遥か格下の相手に一撃も与えられない現状に業を煮やしたのでしょう。

女船長が掌から炎を放出し、ガーベラさんを焼き尽くそうとします。

しかし、その攻撃も私が先回りして回避させます。

そしてまた次の指示……。




――――左斜め前に跳んで下さい……次は右に避けて……




『うぇえ?!!はわわっ!』




『な、なに……?!なんなのよ貴女は……っ!ちょこまかとうっとおしい!!!』



怒り狂う女船長。

海賊に堕ちるだけあってオツムがお粗末なようです。

戦闘中に感情的になった人間程、御しやすい存在は有りません。

お陰様で時間を稼ぐことが出来ました。

……タイミングは、ここですね。

私は"天井の影"に潜んでいるもう一人の仲間にテレパシーを送ります。



――――今です、アザレアさん……!!




『――――――任されたニャ!!』



一閃。

私の合図と共に”獣人の盗賊”――――アザレアさんがピンク色の髪をなびかせて、女船長の手首をはねました。

鮮やかな手際です。

ドジを踏んでさっきまで船員に追いかけ回されていたらしい人とは思えません。




『勇者サマ、いま命の恩人に対して失礼なコト考えてなかったかニャ……?』



――――イイエ、考エテマセン……



「がっ?!!わ、私の腕がぁあ……っ!!!」



『は、はわわわわ……い、いつから潜んで……』



ジト目のアザレアさんをと狼狽えるガーベラさんを尻目に女船長は鮮血をまき散らし、切断された自分の手首を眺めて絶望に染まった表情を浮かべています。

精神を乱しましたね。

絵画の魔法が如実に揺らいでいます。

私はすかさず絵の世界から脱出し、拳を握り締めて女船長の鼻っ面を思い切り殴り飛ばします。

「ぶべらぁっ?!!」と、奇声を上げて壁に叩きつけられた女船長。

そのままズルズルと崩れ落ちてしまいました。

しかし戦意を失っていないのか目だけはコチラを凝視していますね。

こわいですぅ〜♡



「こ、こんは……っ!!こんはふぉとひて、ららてすふとっ!こっひには、”おふのへ”がぁ!!!」



「おふのへ……奥の手ですか?そんなのがあるのでしたら最初から出せばいいのに。んんっ、その絵画は……」



女船長が懐から出したのは二対の翼と紅色の鱗が特徴的なドラゴンの絵画。

私の脳内にインプットされている魔獣図鑑に一致するものならば、中々厄介なヤツです。

だってあれは危険度AAAクラスの――――――




「グルアアァァァァァァァアアアア!!!!!」




「ひぃっ!!なっ、なにアレ?!」



「ぎにぁああああああっ!!!アレは紅炎龍ニャ!!好んで人肉を喰らう野蛮極まりない巨大魔獣!!!絵の中から飛び出してきたのニャ!!押し潰される前に早く逃げるニャ!!」



バキバキと部屋を砕き、ヒヨコが卵から孵るように紅炎龍が海賊船内部から這い出て空を舞いました。

その衝撃で船は大破寸前。

絵の中から出てきた巨大ドラゴンにガーベラさんは悲鳴を上げ、アザレアさんはパニックに陥ります。

なるほど、ああやって絵の中に長期間保管することも出来るワケですか……思いの外応用が効きますね。

しかし、最後の悪あがきにしてはどうにもお粗末です。

いや、まだ何かある……??



『フ、フフッ……!どう?魔王軍幹部、七魔大禍時〈しちまおうまがとき〉の一人”彩喰の魔女・オリオン”が残した最強のドラゴンよぉ!!貴女たちはそのまま化け物のエサになるのっ!!!』



ドラゴンの出現と入れ替わるように絵画の中へ逃げ込んだ女船長が高らかに笑います。

これがヤツの逃走経路ですか……。

賊らしく小汚い真似が得意ですね。



「ゆ、勇者様っ!!早く逃げなきゃ……っ!船が

っ、船が――――――」



「ガーベラさんはアザレアさんと一緒に甲板へ避難して下さい。私はヤツを追います。推測ですがあの絵の世界から別の絵画に飛んで逃げるつもりです」



「ひ、一人じゃ危険です!私も一緒に……っ!!」



「勇者サマに心配は無用ニャ!!ここは命令通り撤退するニャ!!」



私の指示を聞いてすぐに動き出してくれたのはアザレアさん。

ガーベラさんの身体を抱きかかえ、甲板へと跳び

ました。

二人とも無事、避難できましたね。

これでもう不安要素はありません。



「さて、と。上手くいけばいいんですが……。――模写再現(コピー・アンド・ペースト)――」



私は女船長が逃げた絵画に手をかざし、目を瞑って呪文を唱えます。

魔法とは、心の力……。

人の願いや執念が具現化されたモノ。

特に固有魔法はその人の想いが色濃く反映されるモノです。

他者の深層心理を覗き見ることが出来る私なら仕組みを理解できる。

理解さえしてしまえば、魔法の行使は難しくない。

魔法に込められた願いを読み取り、それを再現するだけ……。



「な、なんで……貴女が私の世界に……っ??!どうして?!私の世界にどうやって侵入したの?!」



唖然、といった表情の女船長。

どうやら成功したみたいですね……。



「さあ?それは企業秘密です。賊に教える情報なんて有りませんから」



「く、くっ!でも私の世界に入ったところで何も事態は好転しないわっ!!!ほらっ、外の世界を見てみなさい!私の放った紅炎龍が貴女のお仲間を焼き払って――――――――っ??!」



女船長が外の世界を映す窓を指差した瞬間、彼女は顔面を青白く染めました。



『お〜っほっほっほ♪乙女の花摘みを邪魔する不届きなトカゲはわたくしの閃光魔法で串刺しにして、海に葬って差し上げましたわ〜!』



白金の髪をかき上げ、海に沈むドラゴンの死骸をバックに高笑いを浮かべる"盲目の魔女"――――マリーゴールドさんがガッツポーズをしていました。

ポンポンはどうにかなったんですね……よかったです。

流石に敵地でお粗末を撒き散らすのは勇者仲間がどうこう以前に女としてオシマイですから。



「なっ、え……?!そんな……っ?!う、嘘よ!有り得ない!!紅炎龍が、倒されてる?!!魔王軍幹部の使役する使い魔よっ??!」



「マリーさんの閃光魔法にかかれば、ドラゴンの鱗や皮膚など物の数ではないでしょう。彼女は"天輪七聖賢"の一人でしたからね、S級ランクの魔法くらい簡単に唱えられます」



「そ、そんな……っ!」



「アナタに勝ち目はありません。大人しく捕まって下さい」



私は女船長の前に立ち塞がりました。

勝負アリですね。

彼女は力なくその場にへたり込みます。

彼女の心を読む限り、もう戦意はないみたいです。

魔法の力に驕り、慢心した結果です。

ま、海賊なんてやっている人に何を期待できるのかという話ですが……。



「兄さんの救った世界を汚した罪、残りの人生全てを懸けて償って下さいね……?」


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