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3-4

社長は午後から現場へ行き、事務所に渡守さんとふたりになる。

休みを取っているんだから帰ればいいのに、日頃はできない事務処理をしていた。


「さっきは助けていただき、ありがとうございました」


渡守さんがあいだに入ってくれなければ殴られていたかもしれない。

それにまだしばらくは作業員として働くつもりらしいので、身分をあかしてしまってやりにくくなるかも。


「んー?

俺は面白いもの見せてもらってよかったけどな」


思い出しているのか彼がくすくすと笑い、穴を掘って埋まりたくなった。

後悔はしていないが、それでもやはり恥ずかしい。


「わるい、笑って。

でも、あれでますます璃世を、堕としたくなった」


ふっと嬉しそうに薄く笑い、彼が私を見る。

その顔にどきっとした。

しかし、あれのどこにそんな要素があるんだろう?

ただの向こう見ずな無鉄砲なのに。


「渡守さんこそ、御曹司なのに土木現場で土にまみれて働いているなんて意外でした」


熱い顔を誤魔化すように視線を逸らす。


「御曹司だから意外って、傷つくな」


「あ、すみません……」


謝ったもののやはり、あんな大会社の御曹司が土木現場で働いているなんて普通、想像できない。


「でも俺、璃世の嫌いな御曹司なんだよな。

俺のこと、嫌いになったか」


少し不安そうに渡守さんが私の顔をのぞき込む。

それにううんと首を振った。


「同じ御曹司でも全然違うんだなーって。

これも偏見ですみません」


ぺこんと彼に向かって素直に頭を下げる。


「いや、いい。

あんな経験をしてたら、御曹司が嫌いになるさ」


笑って渡守さんが許してくれる。

本当にいい人で好きだ、とは思う。

でも恋に踏み出すには尻込みしてしまう。


「けど、現場で働くとか、嫌じゃなかったんですか?」


興味本位の質問だったといっていい。

普通だったら社長になりたいのに、現場で働いてこいとか嫌じゃないのかな。

でも、渡守さんは楽しそうだった。


「あー。

俺、さ。

現場で働くの、好きなんだよね。

ちょっと社長にならずにこのまま土木作業員続けるのもありなんじゃね?

とか考えるくらい」


彼は本当に悩んでいるように見える。

それが少し、不思議だった。


「なんというか、自分の手で作った道や橋で町ができあがっていくのを見るのが好きなんだ」


眼鏡の陰に笑い皺をのぞかせ、渡守さんがにっこりと笑う。

――その瞬間。

背中を、押された気がした。

おかげで、それまで踏ん張っていた私の足が動く。

ととっとよろめいた先に待っているのは渡守さんがショベルで掘った恋の落とし穴、で。


「私、渡守さんが――好き、です」


私はその穴の中に堕ちた。



【終】

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