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2-3

後輩を迎えに行き、渡守さんが紹介してくれた店へと向かう。


「あの。

渡守さんの紹介で……」


「ああ、聞いてるよー。

席に案内するなー」


入り口付近にいた店員に声をかけたら、奥から熊のような男性が出てきた。

たぶん、オーナーなのだろう。


「とりあえず、なに飲む?」


「そうですね……」


メニューにはワインベースのカクテルがずらりと並んでいて珍しい。

私はカリモーチョ、後輩はキール・ロワイヤルを頼む。


「ゆっくりしてねー」


飲み物とともに数品、軽くつまめる小鉢料理をサービスだと出し、オーナーは下がっていった。


「とりあえず。

お疲れ」


「お疲れ様です」


小さく乾杯し、料理をつまむ。


「どうですか、仕事のほうは」


「まあ、ぼちぼち?」


小さく笑ってグラスを口に運ぶ。


「でもよかったですね、いいところに拾われて。

格安の弁護士も紹介してくれたんでしょ?」


「うん、それはもう、神様に感謝したいよ」


採用が決まってすぐ、渡守さんが友人だという弁護士を紹介してくれた。

おかげで離職票が無事に発行され、さらに残りの給料も振り込まれた。

しかもそれらの手続きを知り合い価格にて格安でやってくれたのだ。


「いーなー。

こっちは弁護士探しで行き詰まっててですね……」


はぁーっと憂鬱そうに後輩がため息をつく。

私が辞めたあと、後輩曰く〝目が覚めた〟らしい。

我慢していたところで私が言ったとおり、あの御曹司が後を継ぐ限り会社は潰れる。

どうせ沈む泥船なら、沈む前に叩き壊してやれ!と思ったらしい。

こうして彼女と思いを同じくする人たちで、セクハラパワハラで訴えようと動いている。


「うーん。

私によくしてくれた弁護士さん、紹介してくれないか聞いてみようか……?」


あの弁護士さんは渡守さんの紹介だというのもあるが、会社からの仕打ちに本気で怒って力になってくれた。

彼だったら後輩たちの力にもなってくれるんじゃないだろうか。


「ほんとですか!?」


私の手を両手で握り、後輩が迫ってくる。

目が期待でキラキラしていて圧が凄い。

おかげで背中が、仰け反った。


「うん。

でも、取り次いでくれるかも引き受けてくれるかもわかんないよ?

ごめんね」


とはいえ、少なくともあの渡守さんなら事情を聞けば、すぐに紹介してくれそうな気がする。


「それでもいいです。

よろしくお願いします!」


「うん、わかった」


これで後輩の悩みは少し軽くなったようでよかった。

あとは弁護士さんが受けてくれるように祈るばかりだ。


サラダやピザを追加し、食べながら話す。


「そういえば例の彼とはどうなんですか?」


「うっ。

……ごほっ、ごほっごほっ」


唐突にその話題を振られ、盛大に咽せた。


「イケメンですっごい優しい彼が助けてくれたーって、盛大に惚気てたじゃないですか。

その後、どうなったんです?

もちろん、付き合ってるんですよね?」


「えっ、あっ、えーっと……」


つい正座して姿勢を正し、テーブルの上に視線を彷徨わせる。

あの日、心配して電話をかけてきてくれた後輩に、いい人が助けてくれてなんとかなりそうという話はした。

そうか、あれは惚気だったのか……。


「その話、俺も聞きたいなー」


いるはずのない人の声がして顔を上げる。

そこには渡守さんがお皿を持ち、にっこりと笑って立っていた。


「これ、サービスだって」


置かれた木製トレイの上には、ローストビーフやステーキなど、数種の肉料理がのっている。


「え、誰ですか」


不信感を募らせ、後輩が彼を睨む。

いつも御曹司の被害に遭っているので、ナンパ男に嫌悪感を抱いているのは当たり前だ。


「その。

……例の、彼」


渡守さんとも後輩とも目をあわせられず、俯いたままもじもじと告げた。


「えっ、そうなんですか!

どうぞ、どうぞ」


途端に後輩の態度が変わり、彼に私の隣へ座るように勧めてくる。


「じゃあ、お言葉に甘えて」


笑いながら私を奥へ追いやり、渡守さんは隣へ座った。


「いつも先輩がお世話になってます」


「お世話しております」


頭を下げた後輩はいったい、なに視線なんだ?

そして私はお世話されてなど……されているな……。


「先輩、ウブというかいろいろ疎いじゃないですか。

ご迷惑をおかけしていませんか」


後輩が私をそういうふうに見ていたのだと初めて知った。

別に私は男性に奥手というわけではない。

後輩は知らないが、今まで付き合った男性もいたし。

ただ、恋に関しては苦手意識というか、一歩引いてしまうのだ。


「いえ。

そういうところが可愛くて、ついからかっちゃうんですよね」


「あー、わかります」


なんかふたりは意見が一致したらしく可笑しそうに笑っているが、当事者である私はまったく面白くない。

てか、やっぱり渡守さん、私をからかっていたんだ。


「俺は璃世ちゃんを大事にしたいと思っています。

だから安心して、俺との恋に堕ちてほしいんですが……」


はぁっとこれ見よがしに渡守さんがため息をついてみせる。


「えっ、先輩、まだ彼と付き合ってないんですか!」


「うっ」


後輩に迫られ、視線を壁へと逸らしてだらだらと嫌な汗を掻いた。


「彼のどこが不満なんですか!

イケメンで優しい、しかも先輩を大事にしてくれて、理解もしてくれている彼のどこが不満なんですか!」


「ううっ」


後輩が私の胸ぐらを掴み、ぐらんぐらん揺らしてくる。

ちょっと酔ってないかな、後輩ちゃん。

でも確かに渡守さんに不満なんてない。

ただ、私はあることがあって恋に踏み出すのが怖いのだ。


「まあ、落ち着いて」


「はぁーっ」


渡守さんに宥められ、後輩は椅子に座り直してグラスに残っていたお酒を一気に呷り、ため息ともつかない息を吐いた。


「俺が土木作業員というのもネックになっているんだと思います」


「それはありません!」


間髪入れず、渡守さんの言葉を否定する。


「別に犯罪をおこなっているとかでなければ、職業で差別したくないです。

それに私は、渡守さんも職場のおじさんたちも優しくて大好きですよ」


「はぁーっ」


後輩と渡守さんが揃って、呆れるようにため息をつく。


「おっちゃんたちと一緒にされたのはあれだけど、まあ大好きが聞けただけいいか」


照れくさそうに彼は後ろ頭を掻いている。

後輩は赤い顔でもらったお冷やを飲んでいるが、なんか私、恥ずかしいこと言った?


「てかですよ。

反対に先輩が苦手なタイプってどんな男ですか?」


「んー?

御曹司?」


「うっ」


私の答えを聞き、グラスを口に運んでいた渡守さんは喉を詰まらせているが、なんでだろう?


「あー、わかります。

世の御曹司が全部アレだとは思いたくないですが、親が社長だからって威張ってそうですもんね」


後輩のこれが偏見だというのはわかっている。

しかしそれくらい、前の会社の御曹司は私たちにトラウマを植え付けたのだ。


「うん、気をつけるよ」


なぜか申し訳なさそうに渡守さんが頭を下げる。


「やだー、渡守さんは御曹司じゃないじゃないですかー」


うんうんと激しく頷いて後輩に同意した。

もし彼が御曹司だったら、いくら優しくされても距離を取っていたかもしれない。

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