それから。
渡守さんは後輩に弁護士を紹介してくれ、弁護士さんは快く依頼を受けてくれたそうだ。
また、あの弁護士さんは依頼費は格安でなんて言ってきたらしいが、ちゃんと儲けが出ているのか心配になるところだ。
しかし。
『普通に依頼費、払いますよ。
てか、依頼費払えるくらいアイツから慰謝料ぶんどって勝ちましょう!』
……と、後輩は激励したらしい。
目覚めた後輩は本当に、頼もしい。
証拠も十分、裁判の負けが決まったようなものなのは向こうのわかっているらしく、御曹司側は慰謝料を支払うと提案してきたそうだ。
けれど後輩たちは自分のやったことをしっかり自覚しろと、和解を蹴って裁判をするらしい。
その日は雨で、工事はお休みだった。
どこの会社でもそうだが、雨の日は工事をしない。
特にうちは安全第一でよっぽどの工期の遅れがない限り、雨の日の作業はしないそうだ。
「兎本さーん、なんか箱ない?
こんくらいの」
「はいはーい、ちょっと待ってくださいねー」
作業員のおじさんに声をかけられて立ち上がる。
今日は現場に出られないので、作業員たちは倉庫の大掃除をしていた。
「璃世。
じゃあ、続きから教えるけど」
「あっ、はい!
お願いします!」
私の席へと椅子を引き寄せている、渡守さんに返事をする。
作業員さんたちは大掃除だが、渡守さんは私に、経理ソフトの使い方をレクチャーしてくれていた。
「それで、こう。
わかったか?」
「えーっと。
一回自分で、やってみていいですか?」
「うん」
パソコンの前を譲ってもらい、メモを片手にひとりでやってみる。
が、ほどなくして詰まった。
「その、ここって……」
さっき教えたと怒られるのかなと思いながら、おそるおそる聞いてみる。
「ああ、そこは……」
けれどすぐに渡守さんは、何事もないかのように教えてくれた。
「焦らず、覚えていったらいいよ」
そういって笑う彼が神様に見えてしまうのは、やっぱり前の会社の反動だろうか……?
今日は休憩に、社長がドーナツを買ってきてくれた。
コーヒーを淹れて、みんなで食べる。
「ノブはちゃんと教えてくれてるか?」
年配の作業員さんのひとりが聞いてきた。
「はい、ちゃんと教えてくれてます」
笑ってそれに答える。
渡守さんは作業員さんの中でも若手だから、おじさんたちにとっては息子のような扱いだ。
「スゲーだろ、コイツ。
オレはパソコンとかさっぱりわかんねーけどよ。
でも、いまどきの若いもんはみんなこうかもしれねぇけど」
その作業員さんの言葉で苦笑いが起こる。
年配の作業員さんは似たり寄ったりの感じだ。
「え、私、パソコンは普通に使えはしますけど、渡守さんみたいにガンガン関数使った表とか作れないですよ」
そうなのだ、私を教える隙間時間で渡守さんは、なんか凄い収支報告書とか作っていた。
しかもキーを打つのが滅茶苦茶早い。
「まー、アイツはこんなとこにはもったいない、一流大学出てるからな」
「え、ほんとですか……?」
つい、視線が渡守さんのほうへと向く。
彼はしれっと目を逸らした。
「なんかワケありなんだろうよ。
聞かないでやれ」
「はぁ……」
作業員さんに言われてその場は笑っておいたけれど、これでますます渡守さんの謎が深まった。
高級外車とか普通じゃないパソコンスキルとか一流大学卒業とか。
あの人はいったい、何者なんだろう……?