連れてきてくれたのはカウンター席だけの、七輪で焼く店だった。
ダサお洒落って感じで若者にも人気なのか、デートっぽい人もいる。
「ビールと……」
席に案内され、座りながら彼が注文をする。
ちらっとこちらに視線を送られ意味がわかり、壁に貼っているメニューにざっと目を通した。
「レモンサワーで」
「あいよー」
カウンターの向こうで店主らしきおじさんが返事をし、手際よく準備が進んでいく。
すぐに目の前にはジョッキとお通しのカクテキが置かれた。
「じゃ、君の失業に」
悪戯っぽく彼が笑う。
「……乾杯」
微妙な気持ちでグラスをあわせ、口に運ぶ。
空きっ腹にアルコールが染みた。
「いまさらだけど。
俺は
土木会社で働いている」
町工場の従業員かと思った彼――渡守さんは土木作業員だったらしい。
そういえば現場がどうとか言っていたような。
「
無職になっちゃいました」
「そうだな」
おかしそうに小さく笑い、彼がジョッキを口に運ぶ。
そういうのがなんかいいなと思っていた。
頼んだ肉が出てきて渡守さんが焼いてくれる。
というか焼かせてくれない。
焼き肉奉行体質なんだろうか。
「兎本さんは土木業で働くのに抵抗はないか」
「ハイ……?」
つい、行儀悪く箸を咥えたまま彼の顔を見ていた。
「あー、抵抗はないですけど、体力には自信がないんでご迷惑をおかけするかと……」
これはもしかして、同じ職場で働かないかといってくれているんだろうか。
気持ちは嬉しいが、体力もないし筋力もない私では無理だろう。
「あ、いや。
現場じゃなくて事務なんだが」
ぽいっと彼が、私のお皿に焼けた肉を入れてくれる。
それはいいが私にばかり食べさせて彼は飲んでいるだけだがいいんだろうか。
「事務ですか……?」
「そう。
働いてる会社の事務のおばちゃんが辞めて、新しい人を探してるんだ」
「え……」
なんだろう、この幸運は。
私の話を聞いてくれて次の仕事まで斡旋してくれ、しかもイケメンなんて人がいるなんて、まだまだこの世も捨てたもんじゃないな。
「いや、無理にとはいわない。
給料も今までの会社より悪いかもしれないし、兎本さんの都合もあるだろうし」
渡守さんはさらにいろいろ気遣ってくれるが、いい人すぎない?
この焼き肉も奢りだしさ。
もしかして私、なんか騙されている……?
そんな不安が急に持ち上がってきた。
「えっ、と」
ちょっとハイテンションになっていたけれど、これは一旦、冷静になるべきでは……?
無意識に視線が、置いたバッグへと向かう。
「……どうしてそこまで、見ず知らずの私にしてくれるんですか?」
箸を置いて姿勢を正し、真っ直ぐに彼を見る。
渡守さんも私の様子になにかを感じ取ったようで、口に運びかけたジョッキを置いて私を見た。
「気に入ったから、かな」
本当に楽しそうに小さくふふっと笑い、彼は今度こそビールをひとくち飲んだ。
「人のために怒るのはけっこう難しいんだ。
でも、兎本さんは自分のことを顧みずに社長の息子に抗議した。
そういうの、格好いいなと思ったんだ」
褒められて、一気に酔ったかのように身体が熱を持っていく。
ほてる頬を誤魔化そうと、レモンサワーを口にした。
「でも、あれはさっきも言ったように、頭に血が上って考えなしに突っ走っちゃっただけで」
あの場では私の気は済んだが、ますます状況を悪化させる結果になっている可能性もある。
あれが最善だったかとはやはり言えない。
「それでも凄いよ、普通はできない。
それにやり方がマズかったと反省して、今からでもなにかできないか考えてる」
すっと、彼の視線がこちらを向く。
それは図星だっただけになにも言えなかった。
あとで後輩に連絡して大丈夫だったか聞き、明日にでも労基に行こうかと思っていた。
「そういう兎本さんが俺は気に入ったからできるだけ力になってやりたいし、それに」
一度言葉を切り、渡守さんが真っ直ぐに私と視線をあわせる。
レンズの奥の瞳は艶やかに光っていて、綺麗だと思った。
じっとその瞳に見つめられ、囚われたかのように私も見つめ返した。
「俺の乗ってるショベルで恋の落とし穴を掘って、そこに突き堕としてあげようかな、って」
伸びてきた手がなにをするのかわからずにただ見つめる。
その手は私の頬をするりと撫でて離れた。
「覚悟しといてね、璃世ちゃん?」
眼鏡の影で目尻を下げ、渡守さんがにっこりと笑う。
容量いっぱいになった私は頭から湯気を噴き、パンクした……気がした。