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貴方と私の境界線(8)

 その後、まだ見ていなかったから野外エリアを見に行こうという話になり、そちらの方へと向かった。野外エリアの植物達は、先程見た温室の植物とは違う品種も多く見応えがあった。温室みたいに限られた空間ではないからか、葉や枝がより生い茂っていて生き生きしていたように思う。

「相変わらず外は暑いね。また一休みしようか」

「そうですね……」

 拭いても拭いても汗が流れてくるので、何度もハンドタオルを出す羽目になった。下手にこするとメイクが崩れるので、タオルを押し付けるようにして汗を吸い取る。先程お手洗いで確認した時はまだ保っていたが……もう少しだけ頑張ってくれ。

「今度はキッチンカーがあるな。何だろう」

「……アイスみたいですね」

「よし食べよう。買ってくるよ、何が良い?」

「メニュー色々あるみたいなので、一緒に行きます」

 彼に任せたら、また彼が全部払ってくれる事になりかねない。一緒に行けば、自分の分くらいは出せるだろう。

 そんな訳で彼に付いて行き、二人で一緒にメニューを確認する。うーん……良さそうなアイスを見つけたが、そこそこお値段が張るな。自分で買うならまだしも、これを彼に買ってくれと頼むのは気が引ける。

「俺はシャーベットにしようかな。有谷さんは?」

「ちょっと迷っていて……お先にどうぞ」

「君が決めてからで大丈夫だよ。一緒に注文した方が早いだろうし」

「暫くかかりそうなのでお気遣いなく……先にどうぞ」

 そう言って粘ってみるが、菊野さんは動かない。私は、せめて自分の分は自分で払いたいだけなのだけれども……それとも、こういう時は奢られる方が良いのだろうか。いや、でも、ちりも積もれば何とやらである。金額が大きくないからと言って甘えてばかりでは、彼の負担になってしまう。というか美味しそうなアイスなんだから、何も気にせずに食べたい。

「食べてみたいなってアイスはあるんですけど、値が張るので。気兼ねなく食べるためにも、自分で買いたいのですが」

 もうはっきり言ってしまった方が良いかなと開き直って、正直にそう告げた。気に入ったアイスを自分のお金で買って好きに食べたい、そう思うのは決して我儘では無い筈だ。

「……ごめんね。迷惑な申し出だったかな」

「いえ! そんな事は、無いんです! そう言って頂けるのは有難いし嬉しいと思ってますけど、こんなにいっぱいは菊野さんの負担になってしまうでしょうし申し訳なさもあるので! 既にキーホルダーもスポドリも買って頂いてますし!」

「これでも稼いでる方だから、負担らしい負担ではないけどね。君が嬉しそうにしてたり美味しそうにしてたりするのを見られるなら、安いものだし……差し入れ持っていってのだって、それでだし」

「う……でも! 甘えてばかりでは不公平です! から! せめてこういう場では対等でいたいです!」

 社歴とか年とか、現時点では役職だって。その辺りは、どうしたって並び立つのは出来ないし難しい、からこそ。こうやって一緒に並んでいられる時は、気後れしない自分でいたい。

「アッハッハ! 夏なのに春だねぇ!」

 突如第三の声が聞こえてきて、菊野さんと二人でそちらを向いた。楽し気に笑っていたのは、サングラスをかけて麦わら帽子を被ったアロハシャツのお爺さんだ。お財布を持っているから、アイスを買いに来たんだろう。

「兄ちゃん、可愛い彼女を甘やかしたい気持ちは分かるけど、こういう時は彼女の意思を尊重してやるもんだぜ」

「そ……そういうものでしょうか」

「おお。ここはひとつ、度量の深い所を見せてやんな」

「そうですか……ふむ……」

 すっかり面食らってしまったらしい菊野さんは、黙り込んで思案顔になった。一方のお爺さんは、相変わらず笑っている。正に好々爺という言葉がぴったりのお爺さんだ……そんな事を考えていると、今度はお爺さん私の方を向いた。

「それにしても、良い女じゃないか。ちゃんと自力で立って、歩いて行こうって気概があるんだから。これからの時代、男も女も関係なく、自分の足で立って生きていかなきゃならんもんな。自分じゃ何もせんと寄り掛かってるだけの奴はダメだ、その点、うちの婆さんは最高だった」

「あ……ありがとう、ございます」

「良いもの見せてもらったよ……という訳で、ここは爺さんが二人分買ってあげよう。何、付き添いで来ただけの爺さんだから、怪しいもんじゃない」

 言い終わったお爺さんがちらりと視線を向けた先には、幼稚園くらいの子が三人と母親らしき女性に抱っこされた子、小学生くらいの子がいた。なるほど、家族で遊びに来ていたのか。

「大丈夫ですよ。私達の分はそれぞれで買いますので」

「遠慮せんでも良い。懐かしい思い出を思い出させてくれたお礼だ……今度の盆はとびきりの提灯準備してやらんとなぁ」

「……でしたら、俺はこのソーダのジェラートを」

「私はこっちのフルーツバーをお願いします」

「良いぞ良いぞ。それだけで良いのか?」

「大丈夫です。ありがとうございます」

 こんな機会も滅多にないし、好意を無下にするのも気が引けるので。流石に目を付けたアイスではなく別の物にしたが、人生の大先輩に甘える事にした。

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