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貴方と私の境界線(7)

「お付き合い頂きありがとうございました」

「いやいや、俺も楽しめたよ。温室にあんな多種多様な植物があるとは」

「上から見た際の景色は圧巻でしたね」

「本当だね。コーヒーとかマンゴーとか、普段は見ない姿だから新鮮だった」

 楽しんでくれたようで何よりだ。薬用植物コーナーやハーブコーナーは実に勉強になったし、今後の仕事にも生かせそうで実り多い時間になってくれた。資料冊子を沢山貰って来たので、家に帰ったらもう一度読み込まないと。

「楽しかったけど、結構歩き詰めだったから疲れてない?」

「え、あ……そうですね。一休み出来るとありがたいです」

「丁度そこにベンチがあるから、一旦座ろうか」

 そんな申し出をありがたく受け取り、二人並んでベンチに座る。自販機で飲み物を買ってくるから何が良いかと聞かれたので、小さめサイズのスポドリをお願いした。

「歩いた後なので美味しいですね」

「そうだね。思っていたよりも喉乾いてたんだな」

「ここまで暑いと、そうですよね……」

 じりじりとした日差しが、容赦なく私達に襲い掛かる。日焼け止めはきっちり塗ってきたし日傘も差しているが、暑いものは暑い。

「もうそろそろ昼ご飯食べようか。13時半だから、客足も落ち着いてるでしょ」

「そうですね。ええと、レストランの場所は……」

 パンフレットを確認しようと思って鞄を開けた瞬間、私のお腹が盛大に鳴ってしまった。菊野さんにも聞こえてしまったようで、ぱちぱちと目を丸くしている。夏の暑さとは関係なしに、私の顔が熱くなっていった。穴があったら入りたい。

「今のって」

「……すみません」

 謝っている間も、お腹は盛大に鳴っていた。これじゃあ私が大食らいみたいじゃないか。普段はここまで鳴らないのに、どうして。

「ごめんね。そんなにお腹空いてたなら、もっと早くご飯にしておけば良かったね」

「いえ……ハーブ園の方にしつこく質問して時間食ってたのは私でしたし……」

「生き生きしてて可愛かったよ。さて、それじゃあ腹ごしらえに行こうか」

 そう言った菊野さんが立ち上がり、自販機の横のゴミ箱に空のペットボトルを入れた。私も飲み終わっているので、同じように捨てる。

(……今、菊野さん可愛いって……!?)

 彼の横に並び、レストランの方へと歩きながら。さらりと告げられた言葉を思い出して、私の顔はもう一度茹だったように熱くなっていた。


  ***


 比較的空いていたので然程待たずに入れ、無事お腹の虫を抑える事に成功した。久々にハンバーグを食べたが、やっぱり美味しい。付け合わせのサラダもスープもパンも美味しくて、パンをおかわりしてしまった程だ。おかわりは無料だったから許されたい。

「レストランの横にショップもあるらしいよ。行ってみる?」

「良いですね。行きましょう」

 ショップ自体は何回か行っているが、結構短期間で商品が入れ替わっているので新しい物に出会えるかもしれない。そんな期待を込めてショップに入り、順に商品をチェックしていく。ハーブ教本などは無さそうなので残念だが、代わりにハイビスカスをモチーフにした可愛いキーホルダーを発見した。そっと手に取って眺めてみるが、どうやらアクリルで出来たものらしい。

(手頃な大きさだし可愛いし、丁度良いから買っちゃおうかな)

 以前は仕事用として使っていた鞄、無事に修理が終わったので今は日常の買い物などで使っている。その鞄にずっとつけていたキーホルダーが壊れてしまったので、新しい物を探しているところだったのだ。

「何か気になる物があった?」

 色が何色かあったのでどの色にするかを考えていたら、ふと視界が陰った。現れた菊野さんは、特に何も持っていない。

「このキーホルダーが可愛いなと思いまして。どの色にするか考えていたところです」

「ハイビスカスか。赤、オレンジ、白、黄色……あれ、青や緑もある」

「キーホルダーですからね。敢えて寒色系の色の物も作ったのかもしれません」

「なるほどね。どれも発色が綺麗だな」

「そうなんです。でも、そうですね、ハイビスカスって言ったらやっぱり赤いイメージなので赤にしようかな」

 呟きながら、赤いハイビスカスのキーホルダーを一つ手に取る。色は派手だがどぎつい感じは無いので、アクセントに丁度良いだろう。

「せっかくだから俺も同じの買おうかな。一緒に買ってくるよ」

 自分の分も取った菊野さんが、私の方へと手を差し出してくれる。でも、数百円の物とはいえ、お昼も奢ってもらったのにこっちまで良いのだろうか。そう思って渡せないでいると、もう一度菊野さんが口を開いた。

「記念になるし……有谷さん、七月十日が誕生日って言っていたでしょ。誕生日プレゼントって事でさ」

「誕生日……」

 じわりと頬が熱くなる。私の誕生日、覚えていてくれたのか。それなら……それなら、遠慮するのも失礼だろうか。

「分かりました」

 それだけ答えて、彼にキーホルダーを手渡した。二つのキーホルダーを持った菊野さんは、どことなく弾んだ足取りでレジの方へと向かう。暫く待っていると、紙袋を二つ持った菊野さんが笑顔で戻ってきた。

「はい。お待たせ」

「ありがとうございます。大事にします」

「うん。誕生日なら、ほんとはもっと良い物とか色々、沢山渡したかったんだけど」

「そんな……このキーホルダーも可愛いですし、十分です」

 これ以上を望むなんて罰当たりだ。こうやって一緒に出掛けて、一緒に楽しんでご飯を食べて、二人で過ごせるのだけでも過分な栄誉だろうに。そこはきっと、返事をした後でも違えてはいけない。

 貰った紙袋を、鞄の中に仕舞う。鞄の中から、ぽかぽかと温かさが広がっていくような気がした。

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