大安の日曜日、時刻は午前八時を回ったところ。移動の時間を考えたとしても、あと一時間は猶予がある。それだけあれば、十分いつも以上にしっかりとメイク出来るだろう。
「今日の最高気温は三十三度……相変わらず暑いから、汗崩れに注意して……」
テーブルの上に並べたメイク用品を眺めながら、どんなメイクにするかを考える。水色のトップスに薄手のデニムスカートの予定だけど、デ……好きな人とのお出掛けな訳だし、アイシャドウはブラウン中心で少しだけピンクも入れて、リップもピンク系で揃えよう。アイラインはダークブラウンできっちり引いて、マスカラで睫毛のボリュームを出して……髪はハーフアップにするか。
頭の中でメイクを組み立て、使うコスメをピックアップしそれ以外をボックスに仕舞う。厚塗りすると崩れやすくなるから、下地もファンデーションも薄くつけて丁寧に伸ばしていき、仕上げにパウダーを乗せてチークを入れた。鏡を引いて見てバランスを確認し、アイメイクに入る。目は特に印象に残りやすいから、丁寧に、丁寧に、色を乗せて陰影をつけていった。
「……よし!」
リップを塗って、仕上げに軽くグロスも乗せる。もう一度鏡で全体をチェックしてみるが、メイクはこれで大丈夫そうだ。ほっと一息ついた後で、髪の毛に取り掛かる。半分よりも気持ち多めに髪を取り分けて、上半分を黒ゴムで結んだ後にリボンを付けた。
身支度が終わったので、持ち物の最終確認をして鞄に入れる。姿見で全身を最終チェックしてから、スニーカーを履き出発した。
***
午前十時半、植物園の正門前。周りを確認してみるが、どうやらまだ菊野さんは来ていないようだ。それなら先に買っておこうと思って、入場券を販売している券売機の列に並ぶ。順番は直ぐに来たので、早々に入場券を二枚ゲット出来た。
(……まずは普通に植物園を回って、お昼を食べて。それからかな)
脳内でぼんやりとスケジュールを立てていると、ぐう、とお腹が短くなった。誰に聞かれている訳でも無いが、誤魔化すようにお腹を叩く。流石に緊張して、昨日の夜と今日の朝は簡単にしか食べられなかったのだ。正直入場と同時にレストランに行っても良いくらいだが、菊野さんはお腹空いてないかもしれないし……元からレストランが目的ならさておき、植物園に誘っておいて植物を見ずにレストランに直行というのは如何なものなのだろうか。
食事の事を考えていると余計にお腹が空いてきそうだったので、入場券を買った際に貰った植物園のパンフレットを見る事にした。ほう、前に一華ちゃんと来た時は工事中だったエリアが展示再開……行けそうだったら行ってみても良いかもしれない。
そんな事を考えながらパンフレットを眺めていると、こちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。じわりと緊張が体に走り、心臓がどきどきと鳴り始めていく。パンフレットを畳んで顔を上げると、目の前に菊野さんが現れた。
「ごめんね。待たせたかな」
「いえ……大丈夫です。私が早かっただけなので」
「そう? それなら良かった」
現れた菊野さんは、この前のキャンプの時のような格好で現れた。違うのは、パーカーは羽織ってなくてトップスはチェック柄のシャツ、靴がレザースニーカーという所だろうか。キャップも被っているようだ。今日の服や小物も彼に良く馴染んでいて、とても似合っていると思う。
「どうかした?」
じっと彼を見ていたからだろうか。歩き出そうとした菊野さんがこちらを振り返って、そう言った。そんな姿も様になっていて、思わず見惚れてしまう。
(本当に、こんな格好良い人が、私の事を……?)
にわかには信じ難くて、でも、あの時告げてくれた言葉は間違いなく現実のもので。今日だって、伝えてくれた想いに応えるために誘ったのだ。臆していては始まらない。
「済みません。大丈夫です」
「今日も暑いもんね。きつかったら遠慮せずに言ってね」
「お気遣いありがとうございます」
相変わらず、彼の声は聞いていて心地いい。少し低めで、落ち着いた優しい声。聞いている間は、少しだけ暑さを忘れられた。
「まずは入ろうか。入場券買ってくるから待っていてくれる?」
「あ、大丈夫です! 買ってます!」
券売機に向かおうとした彼を制して、先程買った入場券を手渡す。いくらだったかと言って彼が財布を出したが、丁重にお断りした。こちらから誘ったのだから、私が入場料を払うものだろう。
「それならお昼は俺が出すよ」
「え、自分の分は出しますよ?」
「入場料払ってもらった訳だし、それで平等でしょ」
「……でも」
入場料と昼ご飯代なら、どう考えても昼ご飯の方が高いと思う。甘えてしまって良いものなのだろうか。
「そのくらい恰好つけさせて。せっかく良い所を見せられる機会なのに」
「そんな事……いえ、分かりました」
別に、昼ご飯は割り勘でも菊野さんの格好良さは一ミリも変わらないのに。でも、好きな相手の前で良い所を見せたい……という気持ち自体は良く分かる。彼のそれが私である、というのには未だ実感が沸かなくて何となく照れてしまうが。
「有谷さん、植物園で特に見たいものはある?」
「そうですね……以前来た事があるんですけど、長期工事中で見れなかったエリアがあったんです。今はそこが公開されているそうなので、もし宜しければ」
「良いよ。それじゃあ行こうか」
「はい!」
返事をして、彼の隣に並ぶ。ゆっくりと歩き出して、入場門をくぐった。