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貴方と私の境界線(1)

『ズバリ、それは恋だろうよ』

 にやにやと得意げに言った従兄の脇腹に突っ込みを入れながら、これがそうなのかと思案した。しかし、言ってきたのが従兄……毎度女性側から告白されて付き合うものの、毎度二か月と経たないうちに相手から振られている大和なので、お前に分かるものなのかとは思ったが。それを承知で相談してみたのは俺の方である。

『私に言えた事でもなければ言ってあげる義務もないけど……でも、このまま差し入れしてるだけじゃ何にも変わらないんじゃない? 連絡先くらい聞いてみたらどうなの?』

 偶然セルフカフェで会った同期からは、そんな事を告げられた。彼女には、まぁこちらの方に大分非があるので流石に申し訳なかったという気持ちくらいはある相手なのだが……未だ奴と何の進展もなく足踏みしている現状を見ているので、確かに言えた話ではなかろうと思う相手でもある。とはいえ、何だかんだ力量は認めているし、何だかんだ頼りにはしている大和に構われ重用されている相手でもあるので、面白くは無いが無下にも出来ない。

『少々気弱な部分や引っ込み思案な部分はありますけど、あの子は基本真面目な努力家なので。これからもどうぞ宜しくお願いします』

『インターンでも入社してからも、あの時も……お世話になって面倒を掛けてしまった相手なので、幸せになってくれたらなぁと思っていますよ』

 友人だという彼女からはそう言われ、注視していた彼女の同僚からはそう言質を取れた。このタイミングで勝負を賭けるしかないと思って今回のキャンプに臨んでいたから……故に気負い過ぎてラフティングで川に落ちたり、よりにもよって彼女の誕生日が数日前だったという失態も犯したが、夕飯時の話の種に出来たり夜更けに二人きりという絶好の機会に恵まれたりという流れになってくれたので、結果オーライだ。

「……あの、ええと……」

 薄暗い中でも分かるくらい、目の前の彼女は顔を赤くして狼狽しているようだった。おろおろと戸惑っている姿も可愛いと思うのだから、やはり彼女に対して特別な感情を抱いているのは間違いない。似たような表情で告白して来た女性はそれなりに居たが、別段どうと思う事もなかった。だから興味ないと言って断ったら目の前で泣かれたり喚かれたりする事もあったので、正直めんどくさいと思っていたくらいである。

「突然こんな事言われても驚くよね。びっくりさせて、それはごめんね」

「いえ、そんな」

「そりゃ、早めに返答を貰えたら嬉しいのは確かなんだけど、困らせたい訳ではないんだ。だから、今すぐに返事してくれって言うつもりはないよ」

 流石にそこまで鬼畜ではない。これがビジネスなら話は別だが、返答次第によっては彼女の一生に関わってくる話だ。少し時間を置いて考えたい、検討したいと思うのは無理からぬ話である。

(……こう告げるだけでここまで狼狽させてしまったのだから、やはり全ては言わなくて正解だったか)

 本当は、始めて彼女を見掛けた時に一目惚れして、以降ずっと会いたいと願ってここに通っていたという話もした方が良いかと思っていたのだ。しかし、いきなりそれを言ったら流石にドン引きされる可能性があるぞと言われたので自重したのである。下手すればストーカーと捉えられなくもない行動なので、そうして正解だったのだろう……もし上手く話が進んでくれたのならば、いずれは言った方が良いのかもしれないが。

「とはいえ、あんまり先延ばしにされると俺も落ち着かないから……今月中には何らかの返事を貰えると嬉しいな」

 経験値に乏しいので、参考文献として恋愛を題材にした小説や漫画や指南本を色々と読んでいた。世界的な名作から最近流行りの話まで色々と読んではみたが、どれも共通していたのは結論を先延ばしにすると碌な展開にならないという事だ。勢いだけでもいけないが、逆も良くない……塩梅が大事というのは、いつでもどこでも共通らしい。

「……分かりました」

「ありがとう。ああ、飲み終わったなら俺が片付けておくから置いてて良いよ」

「でも、ご迷惑では」

「これくらいどうって事ないさ。好きな相手の前では、恰好つけたいものだろう」

 そんな事を告げてみると、一拍置いて彼女の顔が再び赤く染まった。それではお願いしますと言ってコップを手渡されたので、落とさないようにしっかりと受け取る。

「それじゃあ私は戻りますね……お休みなさい」

「うん。お休み」

 挨拶を返すと、彼女はほっとしたような顔つきになってリビングを出て行った。初めて眼鏡を掛けていない姿を見たが、いつもよりあどけない感じがしてぐっと来た……のは、もう少し秘密にしておこう。


  ***


「……俺が助手席で良かったんですか?」

「寧ろこちらからお願いしたいくらいだったから良かったよ。行きみたいに横で大いびき掻かれたら、たまったもんじゃないからね」

「ええと……いえ、それなら宜しくお願いします」

 月城君はおっかなびっくりという感じだが、本心なので押し通す。何かと有谷さんの近くに居る事が多かったし仲も良さそうだったので気が気ではなかったが、話してみた限りではひとまず安心しても大丈夫そうだ。

「遠慮せずに食べ給え。ほら、真中くん達も」

「あ……ありがとうございます……」

 二列目に移動した大和は、予想通り何かと理由を付けて真中を構い始めた。あんな風に後ろを向かれてはルームミラーを見るのに邪魔なのだが、騒音被害よりはマシなので我慢しよう。しかしまぁ、あの荷物のどこにそんな菓子を大量に持っていたのだろう。今回のキャンプ中にもやたらと食べていたが。

「……月城君に質問なんだけど」

 二列目と三列目が寝静まったので、窓の外を眺めていた月城君に話しかけてみた。何でしょうかと返答が来たので、そのまま用件を続けていく。

「あいつ……大和は、仕事中もいっつもあんな感じ?」

「ああ、はい。そうですね」

「何かすまないね。仕事がしづらいとかあったら、遠慮なく俺に言って良いからね」

「お気遣いありがとうございます。今のところは特に困っていないので大丈夫ですよ……真中さんが大変そうだとは思いますが」

「確かにね。流石に、彼女には同情しているんだ」

「そうですか。でも、嫌がってはいなさそうなので大丈夫なんじゃないですかね」

「君の目から見てもそうなんだな。正直、いつまでああなんだあの二人とは思っているんだけど」

「何か事情があるのかもしれませんね」

「事情、ね……」

 そう言えば、彼女のプライベートな話は聞いた事がなかった。話す事と言えば、いつもいつも業務の事や商品の事くらいで……誕生日が俺よりも遅いという事すら知らなかった。知らなくても仕事は出来るので、興味がなかったのだ。

「……俺からも一つ質問良いですか?」

「ああ、うん。何かな?」

「菊野さんは課長と従兄弟だという話を聞いて……社長とも血縁だと聞いたのですが、本当ですか?」

「そうだよ。現社長は俺の父親で、大和は俺の伯父の息子」

 隠している事でもないので、問われたまま答える。そうなんですね……と、神妙な声が聞こえてきた。

「ありがとうございます。こういう事は、やっぱり本人に聞いた方が良いと思いまして」

「なるほど」

 月城君も真面目な性格らしい。一時期は大丈夫かと心配したが、持ち直してくれて本当に良かった。

「もうそろそろ解散場所だから、一応皆に声を掛けてもらってもいいかな?」

「分かりました」

 頷いた月城君が、後ろを向いて呼び掛け始める。信号が青に変わったので、ゆっくりとアクセルを踏んで発進した。

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