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気になる貴方と急接近(7)

 ラフティングを終えたので、キャンプ場併設の大浴場へ向かい大きな湯船で一息ついた。前に来た時はシャワールームだけだった筈なので、この数年で新設されたのだろう。管理は大変だと思うが、こちらとしては大変ありがたい話だ。

「さて、今からは夕飯のカレーを作っていきますぞ。総指揮官は私、真中真奈美です」

「宜しくお願い致します!」

「それじゃあ早速、作業分担していこうかね。ええと……私と瞳ちゃんで人参切って、課長さんと菊野さんが玉ねぎ、新社会人トリオがじゃがいもの下処理、でお願い出来るかな?」

「分かりました!」

「分かったわ」

「……」

 順番に聞こえていた声が不自然に途切れたので、そちらの方を振り向く。視線の先にいたのは、面白くなさそうな顔の課長と菊野さんだ。

「あれ、もしかして課長さんと菊野さんってどっちも料理出来ないですか? それなら仕方ないので人選変えますけど」

「……そういう訳では無いが」

「ああ……いや、普段そこまで料理はしないから時間はかかるかもしれないが、出来なくはない」

「二人きりが嫌なんです?」

「別にそういう訳でも……腐っても従兄弟だし」

 ぼそっと呟いた菊野さんの言葉に、月城君が目を丸くした。そうか、彼は二人の素性を知らなかったのか。

「それなら子供みたいに不貞腐れたような顔しないで下さい。大人でしょう」

「……ああ、そうだな」

「……分かった」

 相変わらず二人とも眉間に皺が寄っているが、了承してくれたらしい。多分、課長は真中さんと一緒じゃなかったのが不満なだけだろう。気持ちは分からないでもないが、こういう役割分担くらいで拗ねなくても……とは思ってしまう。

 じゃがいも担当の私達がキッチンを使って良いとの事だったので、まずは大量のじゃがいもを流しに運ぶ。月城君が洗って私が皮をむき、一華ちゃんがカットするという流れ作業でやっていく事にした。

「ええと、あの……有谷さんは知ってた?」

「何を?」

「課長と菊野さんが、従兄弟だって」

「ああ、うん。前に真中さんから聞いた事があって」

「そうだったんだ……いや、苗字同じだし親戚の可能性はあるよなって思ってたんだけど、やっぱりそうだったんだね」

「みたいね」

「……それならさ、もしかして」

 じゃがいもを洗う手はそのままで、月城くんが躊躇いがちに言葉を続ける。内容の見当がついたので、自分の体に力が入ったのが分かった。

「社長も確か苗字同じだよね。もしかして血縁だったりするのかな? 知ってる?」

「……そうみたい」

 真中さんは知っていたし話していた際に口止めもされなかったので、詳細を言っても良いんだろうとは思うけれど。何となく気が進まなくて、ぼかしたような言い方をしてしまった。ここではっきり言おうが言わなかろうが、事実は何も変えられないのに。

「ありがとう。詳しい話は、直接本人達に聞いてみるよ」

「うん……月城君も、そういうの気になるんだ?」

「普段はそこまで気にしないけど、務めてる会社の役員に関わる内容なら知ってた方が良いのかなって」

「そういう事……」

 確かに、彼の言う事も一理ある。特に人間関係は拗らせると後が大変だし、知っていれば防げるトラブルもあるだろう。そういう事は物語の中でしか実感した事は無いが、もし、もしも、菊野さんともっと近づいた未来があったとしたならば……それは現実の問題になり得るかもしれないのか。そう思うと、本当に……彼とは住む世界が違うのだと否が応でも実感してしまう。

「じゃがいもチームの進捗はどう? 重いだろうし、持っていって良いなら持っていくよ?」

 会話が途切れ、何となく沈んだ心地のままピーラーを使っていると斜め上から声が降ってきた。目の前に現れた菊野さんは相変わらず穏やかに笑っていて、それだけを見ていたら遠い人だなんて思えないくらいだ。無意識の内に手を伸ばしそうになってしまい、何をしているんだと慌てて引っ込める。

「ありがとうございます。それでしたら、こちらの分を持っていって頂けますか?」

「分かった」

 菊野さんの返答を聞いた一華ちゃんは、じゃがいもの入ったボウルを手に持った。そのまま私の後ろを回って流しへ向かい、水を切ってから菊野さんに手渡している。

「じゃがいもまだ残ってる?」

「あと四分の一くらいです」

「それなら、終わるまでにそう掛からないよね。玉ねぎとか炒め始めてても良いかな?」

「大丈夫です。お願いします」

「了解。ご飯も炊き始めるね」

 菊野さんと一華ちゃんの会話を眺めながら、こっそりと溜め息をついた。私も、ああやってはきはきと会話が出来たなら、もっとしっかり者だったならば……そんな詮無い事を考えてしまう。

「真衣、手が止まってるわよ」

「ああ……ごめんね」

「私が皮剥こうか? そしたら、また機会が来るかもよ?」

「そこまでは良いよ。ありがとう」

「……そう」

 一華ちゃんは何か言いたげだったが、それ以上は何も言わないでいてくれた。月城君も、特に突っ込まず淡々と洗ったじゃがいもを手渡してくれる。まずは己の任務を終わらせねばと気合を入れ直し、黙々とピーラーで皮を剥いていった。

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