あの後、真中さんは駆け付けてくれた課長と一緒に総合病院へと向かったそうだ。そして、一週間入院する事になったらしい。
「入院が必要なほど酷かったって事ですか?」
「いや、本来なら通院治療で大丈夫な範囲ではあるんだが……まぁ、念の為」
「念の為、ですか」
「ああ。彼女そんなに体質強くないからね」
「……そうなんですか?」
「そうなんだ。以前も、肺炎か何かで入院していたな」
「そうだったんですね……」
こう言っては何だが、あまり想像がつかない。精神的な強さと肉体的な強さは別、という事だろうか。
「さて。今回二人を呼び出したのは事情聴取をしようと思ったからな訳だが」
課長の目が鋭く光り、私と月城君を順に見遣った。心なしか、いつも以上に青筋立てて怒っているような雰囲気すらある。心配になってちらりと確認した月城君の顔は、倒れそうなくらい真っ青だった。
「まず有谷君から、覚えている経緯を聞いていこうか」
「はい。ええと……一緒にお昼を食べるために食堂に行って、私はカレーで真中さんはアジのフライ定食を頼んで席まで行ったんです」
「ほう」
「でも、スプーンを持ってくるのを忘れていて……取りに行こうとしたら、飲み物持ってくるついでに一緒に持ってくるわって真中さんが仰ってくれたので、甘えて席で待っていたら……悲鳴が聞こえて来て」
「確認したら、彼女が熱々のラーメンを被って蹲っていたと」
「そうです。それで、火傷は冷やすのが鉄則ですから、厨房の水道をお借りして十五分ほど冷やして……そのタイミングで課長が来て下さったので、バトンタッチした次第です」
「なるほど」
視線も、表情も、声も、一段と凄みがある。流石に震え上がりそうになったが、怖気づいてはいけないとお腹の辺りに力を込めた。
「では月城君の分も聞こうか」
「ぼ、僕は……昼休みになったから、昼ご飯を食べようと思って食堂に行って……温かい物が食べたいと思ったので、ラーメンを選んで運んでいたところでした」
「君は一人だったのか? それとも、誰かと一緒に?」
「一人でした。基本的に、昼食は一人で食べているので」
「そうか。それで?」
「混んでいたので、空いている席が見つかるかなと思いながら……そう言う意味では、注意力が散漫になっていたのはあります……歩いていて、いきなり何かにぶつかって……不意打ちに耐えられず、どんぶりが滑って飛んで、斜め前辺りにいた真中さんに……」
「何にぶつかった?」
「そ、こ、までは……良く見えませんでしたので……」
「……歩いていてぶつかったのならば、正面からぶつかられた筈だろう。いくら考え事をしていたと言ったって、人間だったのか柱だったのか別の何かだったのかくらいは分かると思うが」
「……正面ではありませんでした。横というか後と言うか、ともかく死角になる部分だったので……」
「……そうか」
刑務所での尋問ってこんな感じなのだろうか。そう思ってしまったくらいには、課長は怖いし月城君は血の気が引いている。
「申し訳ありません……僕の不注意で、こんな……」
「謝る相手が違うだろう。君が全部悪い訳では無いが、もう少し周囲に気を配っていたなら防げた可能性はあるからね、彼女が復帰したら菓子折りでも渡してあげなさい」
「……はい」
「真中さん、甘い物好きみたいだからクッキーとかマフィンとかお饅頭とか良いんじゃないかな。前も、美味しそうにカフェのケーキ食べてたし」
アドバイスのつもりで月城君にそう話すと、何故か課長から鋭い視線を向けられた。何でしょうか、と聞いてみたが気にするなと言われてしまう。
「協力ありがとう。もし、また思い出した事があったら教えてくれ」
「はい」
「それじゃあ解散……ああ、有谷君は残ってくれ。真中君が休んでいる間の業務について確認があるから」
「分かりました」
それならこのまま座っていよう。一方の月城君は、よいしょと言って立ち上がった。
「それでは失礼致します」
「ああ。業務に戻ってくれ」
「はい」
そう答えた月城君の背中を、課長と二人で見送る。相変わらず、心ここに在らずといったような様子で……心配になるような足取りだった。
***
「君はどう思う?」
「どう思う……とは」
「月城君の事だ。何か隠しているように見えないか?」
「隠している……?」
そんな風には思えないが。先日から感じているのは、今にも彼が倒れてしまうのではないかとか、何か悩んでいるんじゃないかとかの、心配や不安の方だ。
「……ああ、その可能性もあるか。最近元気がなかったのは確かだろうし」
「課長から見ても、そう思いましたか?」
「そうだな。四月の頃と比べると、幾分沈んでいる様には見えたから……上司が上司だからなと思って、気にしてはいたし時折声も掛けてはいたんだが」
月城君の上司と言えば、直属の上司は小柴さんになる。確かに、彼と月城君の会話を見ていると……さもありなんとは思うが。
「課長は、どうして月城君が隠し事をしていると思ったんですか?」
「先程の話を聞いていて……どうにも違和感が拭えなくてな」
「違和感ですか?」
そんな変だっただろうか。しどろもどろで、記憶が曖昧な部分があるのかなとは思ったが。そんなのはこちらも同じである。
「現場は社員食堂だ。視界を遮るような設置物や柱は基本的に存在しない」
「そうですね。厨房からも確認出来るくらいの位置でしたし……」
「となると、ぶつかったのは十中八九人間だろう」
「そうでしょうね」
「当日は何時になく混んでいたんだろう? それなら、本当に見えなくて分からなかったのだとしても、誰かとぶつかったとかぶつかられたと言っても良さそうなのに。頑なにそうは言っていなかったから気になって」
「言われてみれば……」
開けた場所だったのだから、誰かとぶつかった、誰かは見えなかったから分からない、という言い方をしてもおかしくはない。けれど、先程の月城君はずっと何かにぶつかったとしか言っていなかった。まるで、それ以上詮索しないでくれ、と言わんばかりに。
(……まさか)
誰とぶつかったのか、どうぶつかられたのか。月城君は分かっていて……言いたくなくて。誤魔化すために、分からないと言っていたのだろうか?