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知った事実と感情の狭間で(2)

「……以上が、私達の顛末」

 告げられた内容の壮絶さに、思わず言葉を失った。にわかには信じがたいが、真中さんは嘘を言うタイプではない。

「私も限界だったとはいえ、流石にちょっと恥ずかしい真似をしてしまったなって反省する気持ちはあるのよ。あるけれど、そんな状況でも冷静になって周りを見れるような性格なら、あれほど思いつめなんてしないわよね」

「……真中さんは、いつだって冷静で思慮深くて、適切に仕事を振って下さってますよ」

「ありがとう。そうありたいと思って頑張っているから、貴女から見てそう思えるのならば良かった」

 漸く真中さんの眉間の皺が消えて、口元が緩んだ。エスプレッソに手を伸ばして残りを飲み始めたので、私の方もアイスカフェオレを飲み干す。次は何が飲みたいかと聞かれたので、真中さんと同じエスプレッソを飲んでみたいと頼んだ。

「それにしても、数年前は企画課にも面倒……というか、典型的な嫌な感じの女の人がいたんですね。今の状況からは想像出来ないです」

「課長が就任されてから、やる気が無い奴は遠慮なく他部署に飛ばしていくって言って人員整理が始まったのよね。そのお陰で、今いる方々は真摯に毎日の業務をしている方々ばかり……少なくとも、業務を疎かにするような人はいないわね」

 それもそれで中々恐怖絵図ではあるが、会社とは本来仕事をする場所である。婚活会場とでも思っているのかと思うような人々は物語の中だけと思っていたが、今の話を聞く限り、全くいない訳でもなさそうだ。

「……真中さんにとって、菊野さんは未だに許せない相手って事ですよね」

「許す許さないの二択なら、まぁそうね」

「……それなら、菊野さんがちょくちょく企画課に差し入れを下さるのも、内心ではあんまり良い気はしないですか?」

 彼が差し入れを持ってきてくれる事は、気に掛けてくれるのは……私は嬉しいと思っているけれど。気になる事や心配事はあるけれど、単純な感情としては嬉しいのだ。文化祭で少し会話しただけの自分を覚えていてくれた事も、インターンの時に再会した事も、彼の姿を見掛ける事も話せる事も。それだけでも、十分に。

「貴女が気にする事では無いのよ」

「真中さん」

「と言っても難しいかしら。こんな話をしてしまった訳だし」

「それは……」

 上手く言葉が出てこない。自分の尊敬する人が、自分が心惹かれている相手の事を快くは思っていなかった訳だから……薄々感じ取っていたとは言え、確定してしまった以上やっぱり気になってしまう。

「本当に話しても良いのかってね、実は昨晩もちょっと悩んだのよ」

「そうなんですか?」

「ええ。だって、貴女は菊野くんが好きでしょう?」

「好っ……!?」

 飛び出た言葉に焦って、がたがたと椅子を鳴らしながら立ち上がってしまった。心拍数が一気に上がり、顔が耳まで赤くなっていく。

「違うの?」

「好、き、と言うか、あの、確かに、良い人だな、とは思います、けど」

「両思いなんて癪だわと思ってたんだけど」

「そんな、いえ、私は確かに、良いなって、思ってますけど向こうは、そんな」

「あの人は一年以上ずっと苦楽を共にしてきたチームメンバーを見捨てて異動してしまった人なのよ。そんな人情に希薄な人が、何も思ってない相手に差し入れなんてする訳ないじゃない」

「……結果的には見捨てた事になるのでしょうけど、でも、人情に希薄とまでは」

「そりゃあ貴女は思わないと思うわ。あれだけ構われていれば……だからこそ余計に心配していたんだけど」

「心配……」

 以前の会話が蘇る。インターンの時から、真中さんはずっと私が彼に目を掛けてもらっている事を気にして心配してくれていた。それは、普段冷静な真中さんが社内で取り乱してしまったくらいに、過去辛い思いをしたからだったのだ。

「全くトラブルが無い訳じゃなかったけど、企画課の雰囲気も良くなって随分働きやすくなって、インターンでは骨と見込みのある新人候補が現れて。漸く順風満帆に物事が進んでいくだろうと思っていたら、目を掛けていた候補が過去の私みたいな状況に陥りかけたなんて、心配するに決まってるじゃない」

「……目を掛けていた新人候補って私ですか?」

「今の流れで他に誰がいるのよ。何を言っているの?」

「済みません、嬉しくて……」

 真中さんが目を掛けていた骨と見込みのある新人候補が私……その事実を何度も反芻して噛み締める。その間に頼んだエスプレッソが届いたので、さっき真中さんがやっていたみたいに砂糖をスプーン山盛り二杯入れてかき混ぜた。

「そう言えば、真中さんが好きなのは課長ですか?」

「……むぐっ!?」

 せっかくだからこっちも聞いておこうと思って尋ねると、ケーキを頬張っていた真中さんが盛大にむせた。大丈夫ですかと声を掛けつつ、テーブルの上のお冷を手渡す。少々温くなってはいるが、口の中を流すだけなら大丈夫だろう。

「な……何で、それを」

「立候補されたの、課長と同じチームで働けるかもっていう理由もあったんですよね?」

「それは……」

「課長と話している時の真中さんは普段よりも声が高いですし、じっと課長の事見ていたし……インターンの時に、課長に指名されて一緒に買い出しに行く事になった時の真中さん、照れてるのがはっきり分かって可愛らしかったですし」

 自分よりも年上の人に可愛いと言うなんて失礼かと思ったが、今は業務外だし良いかなと思って口にしてみた。インターンの時も含めれば既に四か月以上は一緒に働いているので、そういう事を言っても本気で怒られる事はなさそうと思ったのもある。

「良い度胸してるわね」

「嘘はついていないので」

「……誰にも言わないでよ」

「はい。私の方も秘密でお願いします」

 真中さんと課長のあれそれは既に課内に知れ渡っていると思うが、こっちの分を黙っていてもらうならば約束しないとフェアではない。そんな訳で返事をすると、真中さんは赤い顔のまま分かったわと言ってくれた。

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