「やっぱ大型連休ともなると、人が多いね」
「多過ぎよね。普通の街でこれなんだから、テーマパークとかだともっと凄いのかしら」
「かもねぇ……興味はあるんだけど」
「行くなら閑散期が良いわね。有給もらえるようになったら、お互い暇な時に使って平日に行きましょう」
「良いよ。そっちの方がお得な事も多いだろうし」
「どうせお金使うなら食事やアトラクション、お土産に使いたいものね」
「大事なのは分かってるんだけどね、やっぱそうだよね」
「そうよ」
つらつらとそんな会話をしながら、一華ちゃんと並んで街を歩く。無事四月の勤務を終えてゴールデンウィークに入ったので、遊びに行く約束をしていたのだ。
「この後はどうする?」
「昼ご飯は食べたばっかりだし……カラオケは人が多いだろうし」
「本屋行ってみる?」
「良いわよ」
最近行っていなかったので提案したら、一華ちゃんも頷いてくれた。せっかくだからという事で、この辺で一番大きい駅前の本屋に行く事にする。漫画の新刊チェックをしてくるという一華ちゃんを見送った後で、私は雑誌コーナーへと向かった。
(……美容特集のテーマとしては、紫外線対策が目立つかな)
紫外線のピークは夏場だけれども、紫外線そのものは年がら年じゅう降り注いでいるものだ。そして、今頃にはもう十分強くなっているものなので雑誌のテーマとして取り上げられているのは妥当である。大半は日焼け止めの特集のようだが、スキンケアを取り上げていそうな記事もいくつか見受けられた。その内の一冊の表紙に目が入り興味が惹かれたので、買って帰ろうと思い手に取る。
「何か買うの?」
「ああ、うん……雑誌なんだけど」
「どれどれ……今から始める紫外線対策! お勧め日焼け止め十選とアフターケア用品、ねぇ。もうそんな時期なの」
「時期だねぇ。対策自体は年中やった方が良いものだけど……これから更に強くなっていくから、せめて今から夏までの間だけでも対策してた方が安心だと思う」
「昨今の暑さを考えると、もはや美意識だけの問題じゃないものね。日焼けって火傷と似たようなものだから、酷いと赤みやひりつきが出て大変って聞くし」
「更にいくと水ぶくれが出来る事もあるらしいし……やっぱり、予め対策しとくのが一番だよ」
「違いないわね」
うんうんと頷く一華ちゃんへ向かって、こちらも首を縦に振る。心身へのダメージが癒えるのには、世間一般で思われている以上に時間が掛かるものだ……というか、掛けても癒えない場合すらあるものだから、防げるなら対策しておくに越した事ない。
「それじゃ、私はこの雑誌買ってくるね。一華ちゃんは?」
「私は欲しいの無かったから待ってるわ」
「分かった。あのさ、買った後は地下のドラッグストアに行っても良い?」
「良いけど……何か欲しい物があるの?」
「うん。最近販売開始されたらしい大手メーカーのスキンケア商品、お試しセットがあるらしくて」
特に隠す事でもないので伝えると、一華ちゃんの眉間に皺が寄った。怒っているというよりは、案じているという雰囲気だ。
「始めからエンジン全開だとガス欠するわよ?」
「大丈夫だよ。好きでやってる事だし、そもそもこういう新商品のチェックは前からやってた事だし」
「それはそうだけど……まぁ興味ある分野で新しく出た商品なんて、気になって当たり前か。生活費が逼迫しなければ大丈夫なんじゃない?」
「その辺は口酸っぱく母さんに言われてるから大丈夫……少額で良いから先取り貯蓄もしなさいって言われて、この前自動積立も契約したし」
「流石ね、お母さん」
「そうだね……月末苦しいーなんていって実家を頼るのもカッコ悪いし、色々試行錯誤していくよ」
答えつつ、お財布を出して中身を確認する。行ってくるねと一言断って、レジの方へと向かった。
***
「お昼の時間になったわね」
資料の誤字チェックを進めていたら、横から真中さんの声が聞こえてきた。もうそんな時間ですか、と返しつつ顔を上げる。
「私は食堂に行くけど、有谷さんはどうする?」
「私も行きます」
「そう。じゃあ一緒に行きましょうか」
「はい」
真中さんがお財布を持って立ち上がったので、私の方も財布を握って席を立つ。そのまま食堂へと向かい、メニューをチェックして各自注文した。
「一緒に良いですか?」
真中さんと向かい合わせで座り、それぞれ食べ始めた頃合いで声を掛けられた。顔を上げた先に居たのは、お盆を持った月城君である。
「私は大丈夫……真中さんは」
「構わないわよ」
「ありがとうございます」
会釈してくれた月城君は、私の左隣に座った。どうやら、月城君は日替わりメニューにしたらしい。
「それじゃあ俺も」
「え?」
上からまた別の声が降ってきたので、もう一度顔を上げる。そこにいたのは、何と菊野さん。この近辺で空いているのは真中さんの右隣だけなので、菊野さんは当たり前のように真中さんの隣に座った。真中さんの眉間に皺が寄るが、彼は意に介していない。
「何で貴方がこっちに来るのかしら」
「席が空いてなかったんだ」
「窓際が沢山空いているわよ」
「どうせなら知った顔と一緒の方が良いじゃないか」
「貴方がそんな事を言うなんてね。天変地異の前触れ?」
ちくちくと言い合いしている二人を見て、月城君と二人顔を見合わせる。下手に何事かを言って火に油を注いでしまっても困るので、二人とも黙々と自分の料理を食べ進めた。
「新入社員二人は、もう仕事には慣れたかな?」
「……そうですね。インターンの時と大きくは変わらないので、思い出しながらやっています」
「俺の方は、別部署でしたので……一か月経って、漸く基本的な業務を覚えたところです」
それぞれ答えると、菊野さんは満足げに頷いた。そして、具体的に今何をやっているか等を聞かれたので、順に答えていく。
「二人とも順調なようで何よりだ。安心したよ」
「気に掛けて下さってありがとうございます」
「これからも精進致します」
「頼もしい限りだね。それじゃあ俺はこれで……あ、有谷さん」
「はい?」
「俺もう行かないといけないから、これあげる」
そう言って菊野さんから渡されたのは、彼が食べていた定食に付いてるデザートのプリンだった。スーパーとかで売っているような既製品ではなくて、食堂内で手作りされているものらしい。以前定食を頼んだ際に食べた事があるが、洋菓子店で買ったもの並みに美味しかったので食べられるのは嬉しい。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。それじゃあ、またね」
片手でお盆を持ったまま、彼は器用に手を振って下さった。それに会釈で答えると、返却口へと向かっていく。
その姿を見送った後で、プリンを食べようと容器を手に取った瞬間。相変わらず険しい顔をしたままの真中さんが目に入った。
「……どうなさったんですか?」
プリンを頬張りながら尋ねてみる。そんな私を見て溜め息をついた彼女は、憂うような表情で私の方を向いた。
「菊野君に呆れているのよ。確かに、今日はそこまで人多くないけど……こんな場所でまで貴女に構わなくても良いのにと思って」
「……なるほど」
私は一緒にご飯が食べられて、プリンまで貰えて嬉しかったけれども。インターンの時も少々噂になっていたという話だし、新入社員如きが別の部署の部長に気に掛けられているなんて面白くないと思う人がいる可能性は十分ある。
「何か困った事があったらすぐに私に連絡するのよ。時間外でも良いから」
「ありがとうございます。真中さんは優しいですね」
「別に……漸く鍛えがいのある骨のある子が入ってきてくれたんだもの。業務とは別の部分で疲弊してしまって居なくなられるのは損失だわ」
さらりと言われた台詞を、もう一度脳内で再生して反芻する。鍛えがいがある、骨がある……つまり、真中さんは私を認めてくれているって事?
「ありがとうございます、真中さん」
にまにまと緩む口元を抑えつつ、目の前の先輩にお礼を言う。自分が尊敬している人に認めてもらえているのは、何物にも代えがたいくらいに嬉しいものだ。
「笑える余裕があるなら大丈夫かしら。それじゃ、私は食べ終わったから行くわね」
「はい」
そう言って席を立った真中さんを見送り、食べるのを再開した。