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待ちに待った始まりの時(2)

 再び入った企画課の部屋は、どこか懐かしい心地がした。戻って来られたのだという喜びが、改めて体中を満たしていく。

「新入社員の皆は、そっちに並べた椅子に座っておくれ」

 北方さんの案内に従って、各自指定された椅子に座っていく。一、二、三……まだ一つ空いているが、企画課には私を含めて六人が入るらしい。

「……えっ?」

 最後に入ってきた新入社員を見て、思わず声を上げてしまった。彼は、月城君は、営業課に入ったんではなかったのだろうか?

尋ねようと思って口を開きかけたが、課長が口を開いたので一旦止めた。特に月城君に何かを言う感じでもないので……理由は分からないが、彼がこちらにいるのは間違いではないらしい。

「それじゃあ改めまして。ようこそ、新入社員の諸君」

 課長の眼が鋭く光り、座っている私達へと向けられた。一人一人順に視線を向けられたので、負けじと見つめ返す。満足げに頷いた課長が、再び口を開いた。

「今年の企画課には六人が入ってくれた。既に見知った顔もいるかもしれないが、改めて自己紹介をしてもらおう。あいうえお順で行こうかね」

 そう言われたので、皆の名札を確認する。ああ、私が一番手だ。

「有谷真衣です。これから宜しくお願い致します」

 挨拶してお辞儀する。皆も続いて挨拶していき、新入社員分は全員終わった。続いて既存社員の方々が挨拶していく。真中さんと目が合った瞬間、真中さんはこっちに向かって視線を向け微笑んでくれた。

「既に聞いているだろうが、最初の一週間は全体の新人研修がある。まずはそちらで社会人としてのマナーや弊社の歴史、ブランドについてのセミナーを受けてくれ」

 課長の説明を聞きつつ、配布された資料のスケジュールを確認する。キクノのブランドに関してはインターンの時に色々教えてもらっているので、私にとっては復習になるだろうか。

「その後、本格的に企画課での業務が始まる。新人の面々は各チームに振り分けられ、そこの先輩について業務を学んでいく事になるのでしっかり付いていくように」

 続いて、チームの振り分けが発表された。チームは四つあるので、それぞれに一人から二人配属との事らしい。私は、無事真中さんがリーダーを務めるチームに配属された。

「お久しぶりです、真中さん」

「ええ、久しぶり。また貴女と一緒に働けて嬉しいわ」

「私もです! ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します!」

「勿論よ。これからは貴女も正式な社員だから、そのつもりで行くわ。宜しくね」

「はい!」

 真中さんへ返事した後で、その隣にいる女性へ視線を向けた。彼女は時短勤務のうえ八月は長期休暇を取っていたのであまり話す機会が無かったが、勿論見知った顔である。

「改めて宜しくね、有谷さん」

「宜しくお願いします、羽柴さん」

 真中さんがリーダーを務めるチームに所属している、もう一人の社員である羽柴さん。二児の母であり、まだ二人とも小さいので時短で勤務しているのだとか。その上、八月は彼女のご両親の介護の関係で長い休みを取っていたらしい。チームとは言え実質一人稼働だった状態で、それでも業務を回して私の面倒を見てくれていたのだから、流石は真中さんという話である。

「有谷さんが正式に来てくれるってなって嬉しいわ。インターンの時は中々話せなかったし、これからも家の事で迷惑かけてしまうかもだけど……一緒に頑張りましょうね」

「はい! こちらこそ、宜しくお願い致します!」

 真中さんに聞いた話だと、羽柴さんは企画業務だけでなくパッケージや販促物のデザインのセンスも抜群らしい。これからは前以上に一緒に業務が出来るので、是非その辺りについても学んでいきたいものだ。

「やあ、やっぱり女性三人だと華やかだね」

 これまた懐かしい横槍が入ってきたので、声の主へと視線を向ける。真中さんの声がワントーン上がって、目がきらきらと輝きだした。一方の羽柴さんは、そんな真中さんと課長を見比べて楽し気に笑っている。

「有谷君が戻ってきて良かったね」

「そうですね。心強い味方が増えるのはありがたいです」

「そうかそうか。俺も、またあのスパルタ真中とド根性有谷のコンビが見られて嬉しいよ」

「……」

 余計な一言も未だ健在だったらしい。真中さんの表情が一気に強張って、ぴくりとも動かなくなってしまった。思わず横にいた羽柴さんを確認するが、またやってるわねと言わんばかりの呆れたような表情だ。成程、彼女ならば、二人に挟まれていた私の気持ちを分かってくれそうだ。同志が得られるのは嬉しい。

「お取込み中失礼しますよ。私も彼女とは初めましてなので、是非ご挨拶させて頂きたく思いましてね」

 突如第三の声に話しかけられたので、揃ってそちらを振り向いた。そこにいたのは、中肉中背の、一見すると普通の男性である。そして、その後ろには月城君が立っていた。

「私は小柴宜夫と申します。漸く復帰致しましたので、どうぞよろしくお願い致しますよ」

「新入社員の有谷と申します。こちらこそ、宜しくお願い致します」

 挨拶をして会釈する。もう一度目が合った小柴さんは、友好的な笑顔で挨拶を返してくれたが……どうしてか、その笑顔を見ているとざわざわ落ち着かない気分になった。

「私は新入社員の月城要と申します。宜しくお願い致します」

 小柴さんの後ろから、月城君が顔を出して挨拶してくれた。そうだ、彼には聞きたい事があったんだ。

「月城君は営業課に行かなかったの?」

 真中さんや小柴さん達がそれぞれで話始めたので、月城君に声を掛ける。一瞬だけ不思議そうな顔をした月城君だったが、そう言えばまだ説明していなかったねと言って理由を教えてくれた。

「勿論第一希望は営業課にしていたよ。そして、いずれは営業課に異動させてもらえる手はずになっているんだ」

「そうなんだ。じゃあ企画課にいるのは一時的?」

「予定では最初の一年くらいかな。僕を担当してくれていた大原さんが今産休中で、復帰するのは早くても来年の終わりらしくて」

「人が足りないって事?」

「そう。十分な新人教育が出来る環境じゃないから、最初の一年はその辺が問題ない部署で働いて、その後営業課に戻れるよう調整するって。営業を希望していた全員を集められてその話をされたんだけど、他の人達が誰も手を挙げなかったから、僕が」

「譲ってあげたんだ。月城君は優しいね」

「優しい……とはちょっと違うかな。戻れる保証があるんなら寄り道しても良いかなって、そんな感じ。一時的に身を寄せる部署の候補に企画課があったから、それも後押しにはなったけど」

「そうなの?」

「そうだよ。企画課なら訪店に連れて行ってくれた真中さんがいるし、有谷さんも入社している可能性があったでしょ。つまり、見知った顔がいる訳だ。その安心感はあったよね」

 なるほど、そういう事か。きっと、逆の立場なら私も同じように考えて、同じような結論に至ったかもしれない。

「同じ課にいる期間は短いかもしれないけれど、一緒に働く同期って意味ではまだまだ長い付き合いになるだろうもんね。これから宜しく、月城君」

「うん、宜しく」

 それぞれ挨拶して、頭を下げる。こうして、私の社会人生活は幕を開けたのだった。

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