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充実インターン!(7)

「それでは発表を始めます」

 沢山の視線がこちらに向いて、やっぱり怯みそうになる。しかし、怖気づく訳にはいかないので、もう一度深呼吸をした後で発表を開始した。

「今回のテーマは『肌荒れケアに良い化粧水の処方を考える』です。成分の候補は様々ございますが、私は以下の成分をピックアップし訴求成分の候補として提案致します」

 そこまで伝えた後で、スライドを切り替える。映し出された成分名が間違っていない事を確認して、再び口を開いた。

「肌荒れの症状としては、一般的に赤みやかゆみ、ピリピリとした刺激感を伴う状態が挙げられます。軽度のざ瘡を含めて考える方もいらっしゃるでしょう」

 言葉に詰まる事も、声が裏返る事も無いので今の所調子は悪くない。ああそうだ、早口になりやすいから気を付けてって、真中さんに言われていたんだった。ゆっくり話す事も意識しなくては。

「それらの症状の緩和を目的として入れる成分の候補としましては、まず抗炎症成分が挙げられます。抗菌効果もあると尚良いでしょう。ですので、それらの成分候補としてオウレンエキス、カミツレエキス、チョウジエキスを挙げさせて頂きます」

 次いで、各成分の簡単な説明を続けていく。呼吸を忘れないように、意図的に間を取りながら説明を続けていった。

「しかし、肌荒れを改善するとなると根本ケアも必要となってきます。肌荒れが起こる原因としては様々挙げられますが、基本的には皮膚のバリア機能が低下した故に引き起こされると言えるでしょう。そのため、バリア機能回復或いは保持の為に、角質層の保湿も重要となって参ります。そちらのケアの候補成分としては、米エキスNo.11やコメヌカスフィンゴ糖脂質を挙げたいと思います」

 今挙げた成分の中には、キクノの商品に使われた事がある成分も多い。キクノの商品の訴求成分には、植物性の成分が使われる事が多いからだ。今回処方を考える際、実現の可否や難度は気にしなくて良いと言われたけれど、せっかく考えるのだからキクノの商品として少しでも採用されそうな、実現可能そうな成分を選んでみた。

「以上で発表を終わります。ご清聴ありがとうございました」

 成分の個別説明も総括も無事に終わったので、締めの挨拶をして発表を終わった。お辞儀をして席に戻り、ほうっと一つ溜め息をつく。プレゼン会自体はまだ続くが、自分の番が終わったので大分気持ちに余裕が出来た。

「お疲れ様。中々良い発表だったわよ」

「ありがとうございます」

「成分の勉強を頑張った甲斐があったわね」

「そうですね。理解するのに時間は掛かりましたけど、内容自体は面白いなと思ったので改めて勉強し直してみたいです」

「キクノには福利厚生の一環で化粧品検定を受ける際の受験費の一部を負担してもらえる制度があるから、どうせなら目指してみると良いわよ。化粧品に係る仕事につくなら取って損はない資格だから」

「そんな検定があるんですね」

「ええ」

 会話をしている内に、次の人の発表準備が整ったらしい。今から発表を始めるという合図があったので、会話を終わらせて前にいる発表者の方を向いた。


  ***


 午後十八時、終業を告げる音楽が鳴った。これで、長いようで短かった私のインターン生活も終わりである。

「二か月間お疲れ様」

 私から書類を受け取った真中さんは、そう言って労ってくれた。ありがとうございますとお礼を言いつつ、机の上の物を片付ける。

「個人面接をするか否かは、まだ分からないんだっけ?」

「そうなんです。面接に進める場合は、約一週間後を目途に詳細を載せたメールを送るから確認してくれと言われました」

「なるほど。受けられると良いわね」

「はい」

 個人面接に行けるか否かは、担当社員とインターンを実施した課の課長の報告を元に人事が決定すると聞いている。真中さんと課長は、二か月間真面目に取り組んでいたし業務を遂行出来ていたし、向上心もあるから推薦すると言って下さったが、最終的に決めるのは人事部の人だ。暫くは落ち着かない日々が続くだろう。

「さて。名残惜しいけれど、私この後用事があるのよ。だから、先にお暇させて頂くわね」

 そう言って、帰り支度を終えた真中さんが立ち上がった。真中さんは必要以上に居残るタイプではないので想定内の反応ではあるが、これだけはきちんと直接伝えておかなければ。

「真中さん、二か月間ありがとうございました」

 椅子から立ち上がってそう告げ、深々と頭を下げる。もう一度頭を上げた先では、真中さんがはにかむように笑っていた。

「こっちこそ、二か月間ありがとうね。毎日楽しかったわ」

「そう言って頂けると嬉しいです」

「貴女と一緒に働ける未来がある事を、期待しているわね」

「はい!」

 最上の誉め言葉だ。体中が喜びで満たされて、うずうずして思わず歌いだしたくなってしまうくらいに嬉しい。振り返らずに帰っていく背中を見届けた後で、帰り支度を再開した。

「ああ、良かった。間に合った」

 企画課の他のメンバーにもお礼を伝え、いざ帰ろうと思いエレベーターで一階に降りると、少しだけ息を切らしている菊野さんに出迎えられた。どうしてここにいるのだろうという思いよりも、最後にもう一度会えて良かったという気持ちの方が勝り頬が熱くなってくる。

「企画課を覗いたら、もう鍵を閉めるところでね。有谷さんはさっきエレベーターで降りていった、まだ間に合うかもしれないって言われたものだから」

「それで、わざわざ階段を使って来て下さったんですか?」

「うん」

「……あ、ありがとうございます!」

 私のために、わざわざ階段を駆け下りてまで。どうしてそこまでと疑問に思う気持ちが無い訳では無いが、あまり気にならないくらいには嬉しいと思っている自分がいる。

「あ、改めて……プレゼン会の日はありがとうございました」

「発表には間に合った?」

「大丈夫でした。発表も無事終える事が出来て」

「ああ、人事に言って動画見せてもらったよ。堂々と発表していて頼もしかった」

 その言葉を聞いて、じわじわと喜びがこみ上げてくる。口元が緩んで締まりのない顔になりそうだったので、意識して口を引き結んだ。

「そう言って頂けて良かったです。真中さんや一華ちゃんと一緒に練習した甲斐がありました」

「……そうか、それは良かった」

 一瞬だけ、菊野さんの眉間に皺が寄って難しそうな表情になった。しかし、すぐに元通りの穏やかな表情に戻って、そう言ってくれる。せっかく褒めて下さったんだからお礼だけ伝えておけば良かっただろうか。しかし、二人の協力無くしては成し得なかった事なので、言わないのも気が引けた。

「個人面接に進めるよう祈っているよ」

「ありがとうございます。選ばれた際は、全力で頑張ります!」

 そう言って、ぐっと拳を握ってみせる。それを見た菊野さんは、微笑んで頷いてくれた。

「それじゃあ気を付けて。また会えるのを楽しみにしているよ」

「お疲れ様でした。ありがとうございました!」

 心からのお礼を伝えて、お辞儀する。私が建物から出るまで、彼はずっと私を見守ってくれていた。

(……そうか、もう会えない可能性も、あるのか)

 私はただのインターン生で、彼は会社の部長で。私が個人面接に進めなければ勿論、仮に進めて内定を貰えたのだとしても、同じように彼と話せるかは分からないのだ。もしかしたら、これがこうやって話す最後の機会だったのかもしれない。

 そう思っただけで、ぎゅっと胸が締め付けられるような……寂しいような悲しいような、そんな心地がした。

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