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充実インターン!(6)

 インターンも残すところあと二週間を切った。三日後の金曜日には最後のプレゼン大会があるので、その準備をしつつ業務を行うという中々のハードスケジュールである。

「大分形になったわね。明日の午前中は今日のフィードバック分をスライドや発表原稿に反映させて、もう一度プレゼンの練習をしましょう」

「はい」

「今日の午後は来週の訪店の準備をするわよ。今度は有谷さんから店舗担当の方に挨拶して訪店目的の説明をしてもらうから、そのつもりで」

「分かりました」

 出される指示をメモしていると、真中さんは腕時計を眺め始めた。シルバーで細身の時計は、真中さんの細い腕に良く似合っている。

「ちょっと早いけどお昼にしましょうか」

「良いですね。真中さん、今日は何食べるんですか?」

「日替わりの内容を見てから決めるわ。有谷さんは?」

「私は豆乳カルボナーラにする予定です」

「先週から提供されるようになったメニューだっけ? 良いわね」

 そんな事を話しながら、二人並んで社食へと向かう。それぞれ好きなメニューを注文し、受け取った後で空いている席に向かい合わせで座った。

「何だかんだ、二か月あっという間だったわね」

「そうですね。もうあと二週間もないだなんて驚きです」

「どうだったかしら、インターンは」

「楽しかったです!」

 迷う事無く答えると、真中さんは動きを止めてぱちぱちと目を瞬かせた。そうやって驚いているらしい表情は、確かに綺麗より可愛いという印象である。課長が構いたくなる気持ちも分からないでもない……が、やっぱりあの人はもうちょっと遠慮すべきだろう。うん。

「楽しかった?」

「はい。グループワークは毎回白熱して盛り上がりましたし、正式な業務も沢山経験させて頂けましたし! この二か月間、充実してました!」

 細かい所に目を向ければ、困った事とか焦った事とかそういう事も色々あったけれど。それでも、総括すれば結論は楽しかったの一言に尽きる……だから猶更、この会社で働きたいと思うけれど、こればかりは私に決められる事ではない。

「……そう。そう言ってもらえるならば、担当した甲斐があったというものだわ」

「真中さんが私の担当で良かったって、心から思ってます。他のインターンの子達には、マンツーマンで大変じゃないかって心配されたんですけど……でも、マンツーマンだからこそ、よりしっかり指導してもらえたと思うし、他の子達よりも色々携われた業務もあったと思うので……真中さん?」

 途中の方までは相槌を打ちながら聞いてくれていたのに、それが途切れたので気になって様子を確認する。目の前の真中さんは、顔を真っ赤にして目を泳がせていた。

「嫌じゃなかったなら良かったわ。それじゃ、私は食べ終わったから先に行くわね」

 やけに早口で告げられ、止める間もなく真中さんはお盆を持って去ってしまう。私のパスタはまだ残っているので、後を追う訳にもいかない。

仕方ないので、大人しく残りを食べる事にした。


  ***


(大丈夫、大丈夫)

 何度も真中さんにスライドと原稿をチェックしてもらって、発表の練習もした。一華ちゃんにも付き合ってもらって、更に練習した。後は、私が練習通りに落ち着いてプレゼンするだけ。

 そう自分に言い聞かせるも、やはり心臓は緊張で逸ってくる。もう一度深く息を吸い、時間を掛けて吐き出した。丁度吐き切った辺りで、真中さんが近づいてくる。

「コピー機まだ空かなさそうだから、資料室の分を使った方が良いかも」

「分かりました。終わったら直接会議室へ向かいますね」

 ラストとなる今回は人事部の方々も聞きに来るので、初回や二回目よりも配布用スライドの必要部数が多い。それで一人当たりの時間が余計にかかっているのだろう。

 スライドデータを入れたUSBメモリを持って資料室へと向かう。幸い誰も使っていなかったので、早速コピー機にメモリを刺して印刷を開始した。コピー機は軽快な音を立てながら、テンポよく資料を出力していく。

「……え?」

 あともう少し、という所でいきなりコピー機が止まってしまった。慌ててタッチパネルの表示を確認すると、印刷用紙が無くなりましたというエラー表示が出ている。故障じゃなくて良かったとほっとしつつ、周囲にあるだろうと思って予備のコピー用紙を探すのだけれども……それらしい物が見つからない。企画課の部屋まで取りに戻ろうかと思ったが、あと十五分しかないので間に合うかが怪しい。

 どうしよう、どうしよう、縋る思いでもう一度探してみるが、予備のコピー用紙は見当たらない。やっぱり企画課の部屋に取りに行った方が良いかもしれない、急げば間に合うだろうと思い直し、一旦USBメモリを取り外そうとした、その時。

「何か探しているみたいだけど、どうしたの?」

 もうすっかり聞き慣れた、優しく低い声が聞こえてきた。そうだ、もしかしたら、彼なら知っているかもしれない。

「菊野さん! あの!」

「ん?」

「この部屋に予備のコピー用紙ってありますか!?」

「ああ、あるよ。ちょっと奥にあって分かりづらいから取ってくるね」

「あ……ありがとうございます!」

 彼の背中に向かってお礼を告げる。良かった、これで印刷は間に合うだろう。

「一袋しかなかったけど大丈夫?」

「大丈夫です! あと十枚なので!」

「そっか、それなら良かった」

 給紙トレイに紙がセットされ、印刷が再開される。数分も経たずに、タッチパネル上へ印刷が完了しましたという文字が表示された。

「ありがとうございました。間に合わないかと」

「そういや、今日が最終プレゼン会だっけ」

「はい。あの……菊野さんはいらっしゃいますか?」

 今回のプレゼン会は都合がついた別部署の方も見学可能との事で、広報課や営業課の方々の一部も集まっていた。だから、もしかしたらと思ったのだけれども。

「行きたかったんだけど、これから外せない打ち合わせがあってね。確か、来年以降のリクルート活動に使いたいから動画撮るって言ってたし、それを見せてもらうよ」

「……そうですか」

 ちょっと残念だな……と思った自分を叱咤する。彼は部長なのだから、忙しさは私の比ではないだろう。それに、いくら気に掛けてもらえているからと言って、一インターン生である私如きが調子に乗っていてはいけない。まずは、自分の職務を……目の前の事をやりきらねば。

「本当にありがとうございました。頑張ってきます!」

「うん。頑張って」

 そう言ってくれた彼の手がこちらに伸びかけたが、一旦静止したのち引っ込んだ。別に、そのまま撫でてもらっても良かったのにな……と思った自分に驚いて、変な声を上げそうになる。浮かんだ考えを散らすように、首を横に振った。

 その後で、もう一度だけ深々と彼へお辞儀する。顔を上げて資料を抱え、会場である会議室へと急いだ。

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