目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報
充実インターン!(1)

「きーんーようびが花の日なんてー一体が言い出したのー」

 シャンバンシャンバン!

「明日になればー君に逢えなーい」

 ジャカバンジャカバン!

「いちーにちーがーはじーまーるーのーにー!!」

 マイクを握る手に力を込め熱唱する。一華ちゃんのタンバリンの音がタイミング良く入り、ますます声に力が入った。

「また一段と上手くなったんじゃない?」

「そうなのかな? でも、歌うのはやっぱり楽しいね!」

「そうね、合いの手入れるのも楽しいわ」

「一華ちゃんも楽しいなら良かった。もう二、三曲良い?」

「勿論」

 了解を得て、更にもう三曲ほど追加で送信する。イントロが流れ始めたので、再び私はマイク、一華ちゃんはタンバリンを構えた。気分良く一番を歌い、二番を歌い、ノリノリでサビを歌って二人だけの場は盛り上がる。そして、フリータイムが終わるまで私はずっと歌っていた。三十曲近く歌った辺りで終了時刻を告げる電話が来たので、片付けて部屋を出る。

「楽しい時間はあっという間だねぇ」

「本当ね。私は、明日からまた大学通いだわ」

「何だっけ、講座?」

「ううん。卒論の関係で」

「卒論……」

「真衣はちゃんとやってる?」

「一応大まかには……本格的にやるのはインターン終えてからになるけど」

「大丈夫? 間に合うの?」

「うちのゼミは例年秋から冬休みに掛けて集中してやるって感じだから大丈夫。テーマは決めてるし」

 せっかく文学部にいるし、歌が好きだから、歌詞を研究して考察するのが面白そうだなと思いテーマを決めた。後は、後期一発目のゼミでテーマが承認されるかだが……似たようなテーマが過去にあったから、多分大丈夫だろう。

 そんな風に話しながら、精算機へと向かう。それぞれ支払いを済ませ、建物を出た。

(……?)

 外に出た瞬間、何やら視線を感じたので周りを確認する。しかし、特に立ち止まっている人もこっちを見ている人も居なかった。何となく不安になってきて、一華ちゃんにも尋ねてみる。

「視線? いや、特に気づかなかったけど」

「そう……だよね。それなら良いんだ、けど……あの」

「心配しなくても、今日も真衣の家まで一緒に行くわ。近くに用もあるし」

「ほんと? ありがとう」

「良いわよ。もう二年と思うけど、まだ二年でもあるし」

「……そうだね」

 大騒ぎだったのは冬休みに入る前までで年明けにはある程度落ち着いていたし、三年に上がった頃には騒ぎはどこ吹く風といった感じだった。だから、元通りの日常が戻ってきたのだと安心して過ごしていたけれど……気にしておくに越した事はないだろう。

「そうだ、遅くなっちゃったんだけど誕プレ用意したから今度渡すわね」

「ありがとう! 一華ちゃん今年は大変そうにしてたから、メッセージだけでも十分嬉しかったけど貰えるんなら嬉しい!」

「真衣だって毎年くれるじゃない。今年も期待しているわ」

「任せて!」

 返事をしてガッツポーズを決める。恐怖に駆られそうだった心は、一華ちゃんのお陰で晴れていった。


  ***


「名札持った?」

「持ちました!」

「メモ帳と資料は?」

「あります!」

「貴重品も持ったわね? それじゃあ行くわよ」

「はい!」

 返事をして、真中さんを追い掛ける。使用申請をした社用車へ一緒に乗り込んで、渡された販促物を落とさない様しっかりと抱き締めた。

「今回は、店舗に依頼された販促物を渡しに行くんでしたっけ」

「そう。本来こういう事は営業の店舗担当がするんだけど、彼女今妊娠中だから私が代わりにね」

「なるほど……でも、そういう時って営業課内で融通利かせるイメージでしたけど、違うんですね」

「基本はそうよ。だから、今までも営業課の他の人が行ってたし、彼女は店回りが好きだから安定期に入ってからは割と自分で行っていたけれど……店舗スタッフの方と直接話す機会にもなるから良いと思って。今回は有谷さんもいるし」

「私もいるから、ですか?」

「こういう事も業務の一環だと、知っておいた方が良いでしょう。それに、たまには社外で仕事した方が気分転換になるし」

 色々考えた上で、色々メリットがあると判断したから申し出たらしい。そして、その理由の一つに私の存在があったという事か。つくづく有難い話である。

「今回行くのはどの店舗ですか?」

「ドラッグストアよ。キクノの商品は、ドラッグストアとバラエティショップを中心に展開しているから」

「百貨店には置いてなかったですよね?」

「置いてないわね。コンセプトとか価格とか狙ってる顧客層とか、そういうのがちょっと違うのよ」

 言われてみれば、キクノの商品は私みたいな学生でも頑張ればライン使い出来るくらいの価格だ。一本で数千円のデパコスだと、中々そうはいかない。

「もうそろそろ着くわ。降りる準備してね」

「はい」

 そう言われて数分後、車はドラッグストアの駐車場に入った。店舗の入口から一番遠い場所に駐車し、降りて店舗へと向かう。

「止める場所にも何か意味があるんですか?」

「入口に近い場所は買い物しに来たお客さんのための場所よ。私達メーカーがお客さんの邪魔をしてはいけない」

「ふむ」

「もしかしたら、その場所に車を止めようとしたお客さんは、キクノの商品を買おうとして店舗に来てくれたのかもしれないじゃない……それなのに私達が出張ってそのお客さんが買うのを止めてしまったら、せっかくの好機を逃したという事。それは勿体ないし、店舗にも失礼だから」

「なるほど」

 見えない配慮とか細かい気遣いも大事という事か。こういう事の積み重ねって、案外馬鹿にならないと思うので見習わなければ。

「お世話になっております。キクノコーポレーションの真中と申しますが、本日化粧品担当の方はご出勤でしょうか?」

「はい、出勤しております。ご案内致しますね」

 店内に入ってすぐの所にいたエプロン姿の店員さんに、真中さんが話しかける。すると、彼女は笑顔で案内してくれた。後を付いて行きつつ、失礼にならない程度に周りを見渡してみたが……少し奥の一角に、スキンケア用品やメイク用品がずらりと並んでいる。中々の迫力だ。

「こんにちは。こちらこそお世話になってます……あら、いつもの方じゃないんですね」

「今回は販促物のお渡しとメンテナンスの予定でしたので、代わりに私が参りました。インターン生も一緒なのですが、宜しいですか?」

「大丈夫ですよ。ああ、そちらの方ですか?」

「キクノコーポレーションでインターン中の有谷真衣と申します! 宜しくお願い致します!」

 最初が肝心、という事でいつもよりも声に力を込めて挨拶をする。化粧品担当だというその女性は、私の挨拶を聞いてにっこりと笑ってくれた。

「私はここの化粧品担当をしている神木と申します。こちらこそ宜しくお願いしますね」

「はい!」

 返事をして、もう一度お辞儀をした。私が体を起こしたところで、真中さんが口を開く。

「では、販促物を倉庫までお持ち致しますね。その後、売り場のメンテナンスをさせて頂いても宜しいですか?」

「お願いします。では、倉庫までご案内致しますね」

 神木さんは人好きのする笑みを浮かべながら、こっちですと言って歩き出した。段ボール箱を持った真中さんが続き、大きいビニール袋に入った販促物を持つ私も続く。

(……企画課といえども訪店は必須事項かぁ)

 少しだけ不安を感じたが、こればかりは避けられない。どんな仕事をしていたって初めましての出会いは何度もあるだろうし、企画課ならば関係各社への連絡とかそういう事もあるだろう。新しい人との出会いは、仕事上必須だ。

 それならば、やっぱり自分が頑張りたいと思う場所で頑張るのが一番だろう。真中さんと神木さんのやりとりを聞きながら、そんな事を考えていた。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?