「慰労会、ですか」
第二回プレゼン会の準備も大詰めという所で、真中さんからそんな話があった。個人的には慰労と称する程の苦労をしているとは思っていないが、息抜きには丁度良いだろう。
「ええ。インターンが始まって一か月経つから、インターン生とその担当の頑張りを労わるために行うんですって」
「それって部署毎ですか?」
「ううん。社食を貸し切って全体でやるみたいよ。交流会も兼ねるとかで」
「そうですか……」
正直言えば、見知らぬ人が多い場所に赴くのは得意ではない。けれど、担当の頑張りもという事は真中さんも一緒の筈なので、真中さんにくっついていたら大丈夫だろう。
そう、思ったのだが。
「申し訳ないけど、私は参加出来ないの。だから、有谷さんは一人で参加してね」
「……何故ですか?」
「どうしても外せない私用があって、その日は元々半休取っててね。だから、慰労会の希望日程アンケートでは別日希望で答えていたんだけど……多数決でその日に決まってしまったみたい」
「……そうですか」
雲行きが怪しくなってきた。しかし、社内全体という事は当然他の部署の人達もいるという事だ。つまり、以前セルフカフェで真中さんの事を悪く言っていた人達も参加するかもしれないという事で……その人達と真中さんが鉢合わせしないで済むなら、それに越した事はないだろう。
「簡単な余興という事でビンゴ大会はするみたいだけど、会自体は三時間くらいで終わるみたいだし気楽に構えてて良いんじゃない? 軽食は出るらしいけれど、立式かつビュッフェ形式だから必要無ければ食べなくても大丈夫よ」
「分かりました」
「課長や他のインターン担当は出席すると聞いているから、何かあったら頼ると良いわ」
「はい」
全くの一人ではなさそうで、少しだけ安心した。実際に、特に課長をその場で頼れるのかはさておき……勿論いないよりはいてくれた方が良いに決まっている。加えて立式形式だと言うならば、頃合いを見て壁の花になっておけばつつがなく会を終えられるだろう。
そんな前向きだか後ろ向きだか分からない決意をしたタイミングで、真中さんを呼ぶ課長の声が聞こえてきた。ほんの少しだけ上ずった真中さんの声を聞きつつ、念のため私の方も課長の方へ視線を向ける。
「真中君、慰労会の話は聞いているね?」
「はい」
「そんな訳で、準備担当の一人となっている俺は今から買い出しに行かないといけないから、荷物持ちとして付いてきてくれ」
「えっ!?」
真中さんの目が見開いて、短い悲鳴が口から飛び出してきた。クール系キャリアウーマンを地で行く彼女にしては、かなり珍しく狼狽えている様である。
「わ……分かりました。業務は一段落しているので問題ありません、し……有谷さん、キリの良い所で切り上げて出掛ける支度を」
「え?」
「うん?」
私の声と課長の声が諸に被った。課長は、私も一緒にとは一言も言っていないが。
「私も行くんですか?」
「当たり前でしょう。この買い出しは業務の一環なんだから、貴女は私が担当しているインターン生なのだし、一人にする訳には」
「買う物の目星はつけているし二時間程度で帰って来られるだろうから、真中君だけで大丈夫だぞ? これがインターン初日ならまだしも、もう一か月経つんだから有谷君にはプレゼン会の練習なり作業なり振っておけば良い」
「で、でも、せっかくですし、こういう経験を彼女に積ませてあげるのも大事な事と思いますけども」
赤い顔の真中さんが、チラチラと私を見ながら答えている。彼女は課長が好きなんだろうと思っていたから、こんな絶好のチャンスを棒に振るような真似するなんてと思うが、思い違いだったという事なのだろうか。まぁ、真実が何であれ……どうも本当に困っているらしいので力になりたいが、どうしたものか。
「ご一緒出来ると嬉しいですけれども……どうやって買い出しに行くんですか?」
「社用車を使うよ」
「その社用車って何人乗りですか?」
「一応四人乗れるんだけど、買おうとしている物が多いし大きいから、後部座席は全部倒す予定なんだ。だから、同乗出来るのは一人だけさ」
「……そうですか。そんなに大きな物を買うならば、二人だけで運ぶのは大変じゃないですか?」
「嵩張るだけで重くないから大丈夫さ。心配要らない」
取り付く島もないとはこの事か。でも、私と課長が話している内に真中さんは落ち着いてきたらしい。頬は赤いままだったが、幾分か落ち着いた声で有谷さんと呼ばれた。
「私がいない間に、この前のリサーチ結果を纏めておいてくれる?」
「この前の……あ、男性誌のやつですか?」
「そう、それ。付箋貼ってる場所に載っている記事を読んで、テーマとキーワードを書き出しておいて」
出された指示をメモして、分かりましたと返事をする。私達を眺めていた課長は、満足げに頷いた後でもう一度口を開いた。
「話が付いたなら出発しよう。入口の前に車止めておくからね」
課長は上機嫌な様子でそう言い残し、部屋を後にした。真中さんは、一回だけ深呼吸すると、荷物を纏めて課長を追い掛けていく。二人の姿が見えなくなった途端、私は部署の方々に囲まれた。
「お疲れさま」
「有谷ちゃんも大変だねぇ」
「相変わらず気に入られてるなぁ、真中さん」
「……どういう事ですか?」
状況が上手く呑み込めなかったので、一番近くにいた社員の方に尋ねてみる。私とは別のインターン生を担当している彼は、腕組みしながら教えてくれた。
「課長が今のメインブランドを立ち上げた時に、真中ちゃんもチームの一人だったって言うのは知ってる?」
「知ってます。今度そのブランドに関して、色々教えて下さるとおっしゃっていましたので楽しみにしていました」
「そうか。そんでね、その時の真中ちゃんってまだ二年目か三年目だったんだけど、チームにかなり貢献してたんだよね。課長の無茶ぶりにも応えて、一心不乱に頑張ってて」
「そうだったんですか」
何となく目に浮かぶ。仮に相手が課長ではなかったのだとしても、真中さんは生真面目に頑張ったんだろう。この約一か月、ずっと隣で見てきたから彼女の仕事ぶりや仕事への姿勢なんかは多少分かっているつもりだ。
「うん。それで気に入られたみたいね。課長は有能な人間が好きだから」
「……そう言えば、実力主義だという噂は聞きました」
「そうそう。努力を無視するような人ではないけど結果に比重置いてるのは確かだし、仕事を真面目にやらないで結果も見合ってない人間に対してはかなり冷酷。一時期、課長に惚れてアピールに一生懸命だった女の子がいたんだけど……結果も出ないわチームの足を引っ張るわで激怒した課長が別の部署に飛ばしてたもん」
「……」
それに関しては、正直課長側に同情する。一生懸命やっているところに余計な茶々を入れられたら、誰だって頭に来るだろう。
「だから猶更、目の前の仕事を一生懸命に頑張ってた真中ちゃんに好感を持ったんだろうね。以来、何かと理由つけてはちょっかい出してるのを見るよ……流石に、有谷ちゃんが来てからは大人しくしてるなって思ってたんだけど」
あれで大人しい方だったのか。傍目に見ても、色々とデリカシーのない事を言っていたような気がするが。でも、それなら、課長の方も真中さんに気があるのではという一華ちゃんの見立ては正しかったという事か。人間関係というのはややこしい。
「まぁ、そんな訳だから。あと一か月、二人に挟まれて大変だと思うけど頑張ってね」
労わるような目で見つめられた後に、ぽんと肩を叩かれた。他の人から向けられる視線も、どこか生暖かい気がする。
「……はい」
それ以上何を言える訳でもなく。淡々と、返事をするに留めた。