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一縷の望みを懸けて(6)

「以上で発表を終わります」

 そう言って一礼し、前を向く。正面にいる真中さんは、一回頷いてくれた後で手元の資料へと視線を移した。彼女の正面辺りに私も座り、メモを取るためにボールペンを持つ。

「発表態度は大分堂々としてきたわね。プレゼンは、内容がしっかりしている事は当たり前だけど伝え方も大事だからその調子で」

「はい!」

「内容に関しては、そうね……やっぱり、一回の使用量目安の実物大画像をパッケージに載せる提案も入れましょう。この商品だけに言えた話ではないけれど、特に基礎化粧品は適正量を使ってもらわないと効果を発揮しづらい。ビジュアルで説明した方が分かり易くて良いでしょう」

「それなら、パッケージ案も何点か載せた方が良いですかね?」

「そうね。でも、今回は画像掲載を提案するだけだし、見本画像を一から作ると時間が掛かるから別の商品画像を流用して良いわ。それをスライドに追加した後、原稿を修正で」

「はい」

「画像は社内フォルダに入っているものを使って。原稿の方も、大きな修正は必要無いから午前中の間に終わるでしょう。午後からは手分けして男性ファッション誌のコスメ記事とスキンケア記事をチェックしていく予定だから、そのつもりで」

「分かりました。もしかして……その雑誌って昨日真中さんがコンビニと本屋二軒をハシゴして買ってきたとおっしゃっていた分ですか?」

「そうよ。男性向けブランドは現状無いから定期購読の許可は下りてないけど、経費にするのは大丈夫って言われたから買って来たの。肌悩みは男女共通の事も多いし、アプローチ法や将来の顧客を考える上で一回はチェックしておきたかったのよね」

「……三十冊くらいありませんでしたっけ」

「あるわね。でも、今日はそういう記事や文章があるかどうか確認して掲載個所に付箋貼っていくだけで大丈夫。今日中には終わると思うわ」

「頑張ります!」

 真中さんはさらっと言っているが、昼ご飯の後の時間にひたすら雑誌を読むのは中々大変なものがある。しかし、そういう地道なリサーチが企画を考える際に欠かせないのは間違いない。思わぬ場所に情報の原石が転がっている事も多々あるだろうから、頑張らないと。

「やってるかい?」

 もはやすっかり聞き慣れてしまった課長の声が降ってきたので、ペンを置いて彼の方を向いた。課長と口を開いた真中さんの声が、ほんの少しだけ高くなっている。

「発表の練習を終えて、修正点を確認している所でした」

「成程。順調に行っているようで何よりだ」

「一回目は不慣れだった事もあって少々頼りない発表だったきらいがありますけれども、今回は期待して頂いて宜しいと思います」

「ほう、担当様は凄い自信だな。どうなんだい、実際の発表者である有谷君?」

「少なくとも、前回よりは良いと思います。真中さんに発表時の姿勢とか態度とか、視線の向け方等も教えて頂いたので、アドバイス通り出来るよう頑張ります!」

「ふうん、そうか。それは期待しておこう」

 課長の眼がすっと細くなって、口端がにっと吊り上がった。その表情を目の当たりにして一瞬だけ怯みかけたが、怖気づいてはいけないと臍の下辺りに力を込めて気合を入れる。

「課長、経費の件なのですが」

「前に言っていた男性誌の分かい?」

「はい。申請書を作成してシステム内に保存してありますので、早い内に承認を頂ければと思いまして」

「分かった。今日中にチェックして承認しておくから、ちょっと待っていてくれ」

「かしこまりました」

 そんな会話をする二人を、交互に眺めていく。やっぱり、真中さんが課長に気があるという方がしっくりきそうだ。少しだけだけど、やっぱり声のトーンが違う。

 では課長の方はどうなのか、もう少し見ていたら分かるだろうか……と思いそのまま二人を眺めていると。私の視線を感じたらしい二人が揃ってこちらを振り向いた。不快な思いをさせてしまっただろうかと思って焦ったが、二人とも不思議そうにしているだけなので、少なくとも怒ってはいないらしい。

「どうかした?」

「ええと……そう言えば、お二人って何歳位なんだろうなと思いまして」

「私は今年で二十七よ」

 流石に本当の理由は言えなかったので、別途気になっている事を聞いてみたら真中さんは即答してくれた。一方の課長は、にやにやと笑っている。

「ふむ、俺は何歳に見えるかい?」

「え、ええ……二十代後半とかですか?」

「おお、正解だ。具体的には?」

「……真中さんが二十七なら、課長は二十八か二十九だと思います」

 課長なのだから、主任である真中さんよりは年上だろうと予測してそう答えてみる。一瞬だけ目を丸くした課長は、拍手しながら二十九なのだと教えてくれた。

「三十になる前に課長になったって凄いですね」

「あら、だって課長はそれだけの実績と能力を持ってらっしゃるもの。今度課長が関わった商品の事教えてあげるわ、学べる点が多いし」

「ありがとうございます」

 確か、スキンケアブランドの中でも売り上げの中心になっている主流ブランドを立ち上げた中心人物と聞いている。真中さんも、当時の開発メンバーの一人だった筈だ。

「……もう一つ聞いて良いですか?」

 あまり思い出したくはなかったが、気にはなっていたので。この際だから聞いてしまおうと思い尋ねてみると、二人とも快く頷いてくれた。

「この前セルフカフェを使わせて頂いた時に、真中さんと同い年の部長がいるって噂を聞いたんです。本当ですか?」

 課長職ですら、一般的には四十代くらいで早くても三十代で昇進する事が多いと聞いている。それならば、その更に上の役職に就くのは更に年上になってからが大半だと思うのだが、真中さんと同じならば……二十七で、場合によってはもっと早く就いた事になる。そんな事、本当にあるのだろうか。

「……本当よ」

 答えてくれたのは真中さんだった。どうして苦虫を噛み潰したような表情をしているのかは分からないが、嘘をつくような人では無いので真実なのだろう。

「私の同期の一人なの。部署は違うけど」

「どこなんですか?」

「財務部だよ。だから、基本的には我々と関わる事は少ないかな」

「ざいむぶ……」

 名称的に金銭周りの事を担当する部署なのだろうと思うが、あまり聞かない名前なので想像がつかない。お金関係と言えば真っ先に思いつくのは経理部だが、そちらとはどう違うのか。

 とは言え、仮に私が内定を貰えて入社したとしても、多分そうそう関わる事のない人だろう。それならば、気にしないでも良いだろうか。

「名残惜しいですけれども、時間も然程ありませんので一旦失礼させて頂きますね」

 会話が途切れたタイミングで、真中さんが切り出した。腕時計を確認すると、確かに昼休みが近づいてきている。スライド修正と原稿修正を終わらせるなら、もうそろそろ席に戻って取り掛からないとまずいだろう。

「ああ。それじゃ、発表を楽しみにしているよ」

 ひらひらと手を振りながら、そう言った課長へ一礼し。真中さんと二人、いつものデスクに戻った。


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