「それじゃあ、真中さんもお姉さんなんですね」
「も……って事は、有谷さんもなの?」
「はい。弟が一人いまして」
会話を続けながら、社食のパスタに舌鼓を打つ。流石美容に関わる企業だけあって、社食のメニューはどれもヘルシーかつ美味しい料理ばかりだ。加えてお財布に優しいお値段なので、助かる事この上ない。
「そうなのね。私は妹だわ」
「いくつ離れているんですか?」
「双子なのよ。だから同い年」
「へぇ……」
私の周りに双子はいなかったので、何だか新鮮だ。うちは三歳違いだから入学や受験が重なって大変だったと母さんは言っていたが、双子となると全てが同時に二人分だから更に大変そうだ。
「双子って事は、真中さんと妹さんって似てらっしゃるんですか?」
「見た目はある程度似てるけど、性格は結構違うわね」
「そうなんですね。うちの弟も、ほんとに私と血が繋がってるのかって思うレベルに冷静な性格なので、同じように育った兄弟姉妹でも案外似ないものですよね。仲は良い方だと思うんですけど」
「目の前の事に全力投球の熱血姉を見てきたから、弟さんは冷静なタイプになったのかもね。似ている姉妹だから仲が良いとは限らないし……それならば、仲が良いからこそ違うとも言えるんじゃない?」
「……ありがとうございます?」
褒められているのかは謎だが、悪口ではないのでお礼を言っておく事にした。デザートまで綺麗に食べ終え、ごちそうさまでしたと挨拶して食器を片付ける。
「私は近くのコンビニに行ってくるわね。有谷さんはどうする?」
「先に戻ってます」
「分かったわ。十三時まで昼休憩だから、それまで業務はしない事。良いわね?」
「……はい」
「良いわね?」
「はい!」
本当はプレゼン会二回目のスライドチェックをしようかと思っていたが、釘をさされてしまったので止めておこう。真中さんの主張は最もだし、こんな事でトラブルになっても不毛なだけだ。席に戻ったら作業をしてしまいそうだから、三階のセルフカフェに行ってコーヒーでも飲むか。
キクノコーポレーションの本社であるこのビルには、福利厚生の一環で作られたセルフカフェなる施設が存在する。休憩室代わりに作られたそうだが、社員ならば一日一杯無料でコーヒーか紅茶を飲めるのだ。期間中はインターン生も使用可能なので、コーヒーも紅茶も好きな私としてはありがたい限りである。
そんな訳で、社食のある二階から階段で三階へ向かい、セルフカフェへと向かった。
(……グループが数組と、一人でいる人が数人か)
ドアが無いので壁で身を隠しながら、そっと中の様子を伺ってみる。私語厳禁の場所ではないので、カフェ内は程よいざわめきで満ちていた。
中々盛況しているようなので、カフェ内で飲むのは難しそうだ。蓋をすれば自分のデスクに持っていっても大丈夫と聞いているので、淹れるだけ淹れて席に持って帰ろう。
「ねーほんとよね」
「まぁ、良い刺激にはなったんじゃない?」
「そーだよね。結局さ、毎日同じ事の繰り返しなんだもん。面倒見てる人達は大変なんだろうけど、いつもはいない人がいるのってやっぱり新鮮だわ」
「だよねー。担当するのは勘弁だけど、来る分には全然オッケー」
「やだー、勝手!」
「でも真理!」
コーヒーメーカーの準備をしてスイッチを入れ、出てくるのを眺めていると一際大きな話し声が聞こえてきた。ちらりとそちらを確認してみるが、どうやら窓際の辺りを陣取っている女性グループらしい。流石に声が大き過ぎやしないかと思って眉を潜めかけたが、単なるインターン生に何か言える筈もない。早く席に帰ろうと思って、出来上がったコーヒーを持った……その時だった。
「そう言えばさ、他の部署にも居るんだよね、インターン生って」
「いるいる、営業とー販売とー」
「開発と企画もじゃなかった?」
「だったね! この前企画課の人が来た時にそんなような事言ってた!」
「企画課の人が来たの? 何で?」
「インターン生を来月の店回りに同行させるから、ラウンド用の名札がいるって言って申請があったの。それを取りに来たって感じ」
「えー、誰?」
「あの人あの人、うちの部長と同期の」
「真中瞳だっけ」
「うっわ、かわいそー。あんな不愛想な人と毎日一緒とか」
「仕事は出来るし美人だとは思うけどさぁ。女は愛嬌がなきゃねー」
「ほんそれ!」
「だからね、見てみて! この前ネイル変えたんだ!」
それ以上は聞くに堪えなくて、カップを潰さない様注意しながら席に戻った。深呼吸して何とか落ち着こうと思うのだけれども、お腹の中でぐるぐると熱が渦巻いている。あの人達と真中さんの関係は知らないが、あんな公共の場であんな堂々と悪口を言うってどういう神経をしているんだ。
「あら、戻ってたのね。どこに行っていたの?」
落ち着くために脳内で冷たい物を思い浮かべていると、真中さんに声を掛けられた。一瞬言うか迷ったが、別に私が悪い事をした訳では無いのでセルフカフェだと素直に答える。
「コーヒーが飲みたいなと思いまして」
「ああ、私も偶に飲むわ。美味しいわよね」
「そうなんですね。私、コーヒーは今回が初めてで」
「確か、有名な豆を仕入れて使っていると聞いた事があるわ。今は夏場だから氷を入れてアイスコーヒーにするのもお勧めよ。氷、ちょっと分かりにくい場所にあるけど探してみて」
「ありがとうございます。今度やってみます」
「どういたしまして」
返事をしてくれた真中さんは、視線をスマホに戻した。私の方も、スマホの画面を付けて通知をチェックしつつコーヒーを一口飲む。うん、良い香りが口の中に広がって、品の良い苦みが抜ける感じ。美味しい。二口、三口と味わいながら飲んでいる内に、煮えていた心が落ち着いてくる。
「十三時になったわね。業務を始めましょう」
「はい!」
いつもよりも大きな声で返事をしてしまったからか、真中さんが目を白黒させた。どうかしたのかと尋ねられたが、気合を入れただけですと言って拳を握る。
「ま、まぁ……やる気があるなら構わないわ。それじゃ、今日は先日原案を出したパッケージデザインの細かいところを詰めるとこから始めましょう。この前渡した資料を出して」
言われた通り資料を出して、二人でああだこうだと思いついた事を洗い出していく。今の私に出来る事は限られているけれど、私が頑張れば担当してくれている真中さんの評価も変わってくるかもしれない。頑張る理由が増えたので、これからは今まで以上に頑張っていこうと心の中で誓った。