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一縷の望みを懸けて(4)

「真衣の方は最近どう?」

 自分の近況を語ってくれた一華ちゃんは、そう言って持っていたカフェオレを飲み干した。二杯目を頼むというので、近くにあったメニュー表を手渡す。どれにしようかと楽し気な様子を眺めながら、私も自分のアイスティーを一口飲んだ。

「キクノでインターンしてるんでしょ? 充実してる?」

「そうだね。午前中のグループワークはディスカッションする事が多いけど毎回白熱した議論になるし、午後の業務手伝いでは色々させてもらえてるし」

「どんな事してるの?」

「ええとね……開発課から貰ったデータの入力とかデザイン課から送られてきたパッケージデザイン候補を見て最終的なデザインを考えるのを一緒にやったりとか次の新作のパッケージの原案考えたりとか既存の商品をどう改良するかアイディア出してみたりとか真中さんが経費で買ってきたファッション誌や美容誌十数冊を全部読んでコスメ記事の内容を纏めたりとか」

「うん」

「あと、来月ラウンダーさんの店回りに同行するからそのための準備もしてるし、社内商品を使ってのプレゼン会があるからその準備も……期間中に合わせて三回するらしくてね、一回目は先週やったんだけど、やっぱり緊張したよ」

 ぱっと思いついた事を思い出した順に伝えていく。最初の方は興味あり気に聞いてくれていた一華ちゃんだが、後半の方からは何とも微妙な顔をし始めていた。

「……まだインターン始まって三週間よね? そのくらいのインターン生にさせる仕事量じゃないと思うんだけど」

「そうかな……別に、一日で全部やれって言われた訳じゃないし……私の面倒見てくれてる真中さんは、打ち合わせで別部署に行く事も多いから私以上に忙しいよ」

「インターン生と正社員を一緒に考えるんじゃないわよ。疑いたくはないけど、その人ほんとに打ち合わせしてるの? 実はサボって休んでるとかじゃ」

「ちゃんとしてるよ! 打ち合わせのメモをスキャンして指定ファイルに格納したり、文章部分を抽出してテキストデータ化したりする作業もしてるし……仮に少しは休憩してたとしても、私だって飲み物買いに行くとかお手洗いとか好きに行かせてもらってるし昼休みはきちんと休みなさいって言われて一ミリも作業させてもらえないもん!」

「そら昼休みは休むものだから当たり前でしょ……いや、まぁ、真衣が大丈夫だって言うなら別にそれでも良いんだけど」

 一華ちゃんと同じゼミの子の中には、インターンで行った筈なのに雑用係みたいな扱いをされて碌に何も教えてもらえなかったという子もいたらしいし、社員レベルの仕事のクオリティを求められて時間外でも業務をせざるを得なかった子もいたらしい。だから、私の事も心配してくれているのだろう。相変わらず面倒見が良い性格だ。

「業務は確かに多い方なんだろうけど丁寧にフォローしてもらってるし、出来た事はきちんと褒めてくれるし、その辺に関しては何も不満ないよ。一つ気になってる事があるとすれば……最近妙に空気が重苦しい時がある事かな」

「何で? 怒らせるような事でもしたの?」

「どうなんだろう……前にも、重要なファイルを丸ごと消しちゃったとかデータの編集をしてたらデータがおかしくなっちゃったとか、怒らせるような事自体は何度かした事あるんだよね。でも、その時はそんな空気になる事なかったからさ」

「むしろそれを許せるって凄くない? ファイルを消すって、あんた相当やばい事してるじゃないの」

「有谷さんはパソコン作業に慣れてないって言っていたし、バックアップは取ってあるから心配しなくていいって言ってくれたよ。これでバックアップや保存の重要性が分かっただろうから、普段から気をつけておくように……って、それだけ」

「へぇ……上司としてはありがたい存在じゃないの」

「うん。だからこそ、醸し出す空気が重いというか、機嫌悪いらしいのを雰囲気に出してるのが違和感というか」

「でも、いつもそうって訳ではないのよね?」

「無いよ。そうだね、強いて言えば、課長と話した後が多いかな」

「ふーん。じゃあ、その課長が彼女に何か失礼な事でも言ったのかしら」

「多分……私から見ても一言余計だって思う事多いし。あ、でも、始めは違ったな」

「違った? 何が?」

「最初は、私が課長と話してたって真中さんに伝えた時に、眉を潜めて怒ってたの。その後で、課長に対して失礼な事を言わなかったか、とも聞かれて……あれ、もしかして、真中さんって課長じゃなくて私に対して怒ってる?」

 不安になってきて問い掛けるように聞いてしまったが、一華ちゃんは気にしないでいてくれた。思案するように俯いて、もう一度顔を上げてから口を開く。

「可能性はあるかもしれないけど……普段真衣が課長と話す時って、どっちから話しかけてるの?」

「向こうからだよ。そんな、しがないインターン生が課のトップに、用もないのに自分から話し掛けにいける訳ないじゃん」

「それは真衣がそういう性格だからでしょ。まぁ、でも、大抵はそうか」

「そうだよ」

「でも、それなら真衣にはどうしようもなくない? 課長に話しかけるなって言う訳にもいかないでしょうし」

「そうなんだよね……やっぱ慣れるしかないのかな」

「むしろ、何でそんな課長は真衣に構うの? インターン生だから?」

「他のインターン生に話しかけてるのも見るから、それもあるとは思うけど……それにしては頻度が多い気はする」

「真衣に気でもあるのかしら」

「それは無いでしょ」

 こんな、一般家庭出身で普通の容姿で、取り柄と言えば犯罪歴が無い事と……歌う事くらいの自分に、有能と謳われ容姿も良くて女性社員人気も高いらしい課長から好かれる要素がどこにあるというのだ。最近は真中さん以外からの視線を感じる事もあるので、これ以上変に注目されたくないから程々にしてほしいというのが本音である。

「じゃあ、真衣の担当……真中さんの方に気があるとか?」

「……つまり、私が丁度良いクッションにされてるって事? でも……それなら、何であんな神経逆撫でするような事ばっかり……逆の方がまだ分かるっていうか……」

「何でよ」

「真中さん、課長と話してる時にじっと課長見てるから」

「話してる相手を見るのは普通じゃない?」

「そうだけど、私を相手にしてる時と課長の時じゃ目の感じが何となく違うもん。少しだけど声の高さも違うし……それに、そう考えると真中さんの態度に矛盾がなくなるでしょ?」

「あー、なるほどね。課長に構われてる真衣に嫉妬して不機嫌になっていると」

「そうそう。まぁ、もしかしたら課長自身に怒ってるのもあるかもしれないけどさ。好きだからと言って何でも許せる訳ではないじゃん?」

「そうね。ほんと、たまには自分から連絡をよこしたって良いじゃないって話よね」

「ああ……でも彼の性格考えたら返事来るだけマシじゃない?」

「そうなんだけど、何か私ばっかりって感じで悔しいじゃない」

「確かにね」

 相槌を打ちながら、アイスティーを手に取る。高校時代から付き合い始めて、大学進学と同時に遠距離になった今でも続いているんだから凄い事だ。

(……好きな相手、かぁ)

 この人カッコいいなとか素敵な人だなと思った事はあるが、恋かと言われると正直良く分からない。今はまだ考えられないけれど、いつかは私も誰かを好きになったり付き合ったり、結婚したりする日が来るのだろうか。

 そんな事をぼんやり考えながら、残っていたアイスティーを飲み干した。

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