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一縷の望みを懸けて(1)

「来た!」

 スマートフォンがメールを受信した。ばくばくと鳴る胸を押さえながら、送り主と件名を確認する。送り主はキクノコーポレーションの人事担当者、件名は選考結果について。手の震えを必死に抑えながら、メールの本文を開けた……のだが。

「…………そっか」

 けたたましい音を奏でていた心臓が、一気に大人しくなる。足の力が抜けていき、ぺたんと床に座り込んでしまった。見間違いかもしれないと淡い期待を抱きながら、もう一度本文を読んでいくけども……ご期待に沿えず申し訳ありません、とか、これからのご活躍をお祈りします、とか、そういう言葉が並んでいる。やっぱり見間違いではなかった。

(……失敗した自覚、正直あったもんな)

 書類選考を突破出来たので、お次はグループ面接だ。そう張り切って想定質問とその答えを考えたり、受け答えを練習したり、色々と準備して本番に臨んだのだけれども。私と同じグループだった人達は皆サークル活動やら部活動やらで華々しい実績を残していたり、成績が群を抜いて優秀だったり……加えて全員が堂々と話していたものだから、雰囲気に気圧されてしまったのだ。

 そして、面接官の方を含んで十人近くがあの会場にいた。採用選考の面接という只でさえ緊張する場なのに、見知らぬ他者が多数いた事で余計に緊張してしまい、まともに話せないまま終わってしまった。他者に囲まれるという事自体にトラウマがあったのも災いしたのかもしれないが、グループ面接なんだから致し方ないだろう。むしろ、囲まれる事は事前に分かっていたのだし、今回私に話しかけてくるのは面接官の方だけなのだから、前とは違って心の準備は出来た筈だ。

 だから、やっぱりこれは私の努力不足が招いた結果なのだ。そう、分かってはいても……悲しいものは悲しいし、落ち込むものは落ち込む。ああ、目の前が滲んできた。

『落ちてた……』

 家族に結果を伝えるのはもう少し心が落ち着いてからにしたかったので、一華ちゃんに一言だけメッセージを送ってみる。数分後、どんまいと書かれたスタンプが送られてきて、他の会社は受けているのかという質問も送られてきた。

『受けてないよ。キクノ一本』

『じゃあ、またエントリーからになるのね』

『そうなるけど……流石にまだ切り替えられない……』

『それはそうでしょ。一日二日は落ち込んでても良いんじゃない?』

『……そうだね』

 一言答えて、泣いているキャラクターのスタンプを送ってスマホの画面を消した。のろのろとした動きで立ち上がり、スマホを握ったままベッドの上にダイブする。絶対にキクノで働きたいと思ったから、リスクは承知の上でキクノに絞って選考に臨んできた。つまり、再びエントリーから就職活動やり直しである。

 一応念の為と思って、スマホのスイッチを入れパートやアルバイトの求人ページを検索してみた。一華ちゃんは正社員登用を目指してアルバイトを始め、見事その会社から正社員にならないかと打診を受け就職活動を終えている。私にもそういう道が残っていないかとチェックしていくが……製造工場の方も本社の事務仕事の方にも、通常のアルバイトの募集すら無かった。

「……今日は夕飯食べてお風呂入って早めに寝よう」

 落ち込んでる時に物事を考えるものではない。まして、自分の人生に直結する事ならば猶更だ。面接の準備と大学のレポートが重なって疲労も溜まっている……ここらで一旦、何も考えずに休んでおくのも一手だろう。

 そんな事を考えていたら、タイミング良く夕飯だと呼ばれた。視界はまだ滲んでいるけれど、食事は出来るだろう。今行くと返事をして、部屋を出てリビングへと向かった。


  ***


「……メール?」

 休日返上でエントリーシートと履歴書を書いていたら、スマホがメールを受信した。差出人を確認してみたが、どうやら登録している就活サイトからだ。エントリーしている会社の新着情報をお知らせします、とあるが一体何だろう。

「キクノコーポレーション、選考直結型インターンの開催決定……!?」

 一瞬心が浮き立ったけども、もしかしたら来年の分かもしれないと思い直して一旦深呼吸をする。しかし、詳細を確認しておくに越した事はないだろう。そわそわしながらサイトにログインして、インターンの実施要項を読んでいき……ぐっとスマホを握ったままリビングへと走って行った。

「母さん、母さん!」

「どうしたの?」

「キクノが夏に選考直結インターンするんだって! 私、もう一度頑張る!」

 キッチンで昼食の準備をしていた母さんへ、スマホの画面を差し出して宣言する。母さんは、スマホの画面をスクロールして確認した後で、何とも言えなさそうな表情を浮かべた。

「頑張るのは良いけれど……流石に、他の会社も受けていた方が良いんじゃない? もう四年の六月よ?」

「そうだけど……せっかくもう一度チャンスが巡ってきたんだもん。まずはこっちに全力投球するよ。もし、それでもダメだったらまた考える」

「でも、このインターンって七月と八月の二か月あるんでしょ? 万一ダメだったなら、就活再開は九月からって事じゃない……それじゃあ卒業までに間に合わないんじゃ」

「だけど、二兎追うものは一兎も得ずって言うし。一個一個目の前の事を頑張る方が、私の性には合ってるし。半端な気持ちで受けるなんて、他の会社の方にも失礼じゃない」

 心配してくれる母さんの気持ちも分かる。分かるけれども、辛うじて首の皮一枚繋がってくれたのだ。一縷の望みがあるのならば、まだチャンスがあると言うのならば、懸けてみたい。ここで引いたら、きっと一生後悔する。

「別に、就活で失敗しても死ぬ訳じゃないんだからさ。だったら、姉ちゃんの好きにさせたら良いじゃん」

「誠」

 母さんと一緒に昼ご飯を作っていた誠が、ぼそっと呟いた。母さんと私の視線を受けた誠は、淡々と言葉を続けていく。

「どうせ、姉ちゃんの事だから言ったって引かないよ。それなら、応援する方に舵切った方が良いと思うけど」

「でも……もし卒業までに内定貰えなくて就活浪人なんてなったら……色々言われるのは真衣なのよ。娘が辛い思いをするかもしれないのに、そんな悠長な事」

「何が辛くて何なら耐えられるか、決めるのは姉ちゃんだろ」

 誠の言葉に、母さんが押し黙る。誠へ向かって心の中で拍手しながら、もう一度母さんへ向かって口を開いた。

「私は、あの時からずっと……今度は私の番だ、私もキクノに入って一生懸命働いて、あの時の私みたいに辛い思いをしている人の力になりたいって、そう思ってこの一年半頑張ってきた。今回のインターンは、その夢を最速で叶える最後のチャンスなのよ」

「真衣……」

「だからお願い。あと二か月だけ頑張らせて。万が一億に一、それでもダメだった場合はまた就活やり直して卒業に間に合わせるから」

 母さんの心配は最もだし、奨学金返済のためにも卒業後は働かないといけないと承知している。だけど、同じ働くなら希望する会社が良い。一度潰えたと思った夢が、もう一度叶う可能性が与えられたのだ。今頑張らなくていつ頑張ると言うのだ。

「本人にやる気があるならば、最後までやらせるのが道理だろう」

 更に別の声も聞こえてきたので、三人揃ってリビングの入口の方を振り向いた。ドアのところにいたのは父さんだ。

「話は聞いていた、頑張る覚悟は出来ているんだろう?」

「勿論よ」

 レンズ越しの父さんの目が光って、鋭くこちらに向けられる。一瞬だけ怯みそうになったが、腹を括って負けじと見つめ返した。

「それなら俺も賛成だな。こちらが言って聞き分ける程度の覚悟ならば何も為せないだろうが……それでも譲れないと言って反発してくるのならば、やってみる価値はあるだろう」

「……あなた」

「君の心配は分からなくもないが、人生においては後悔しない選択を優先した方が良い。そして、それを決めるのも自分じゃないといけない。自分の人生なのだから、自分で責任を持たないといけないだろう」

 淡々と語りつつ、父さんが母さんに近づいていく。父さんの右手が母さんの肩に乗せられた辺りで、誠と顔を見合わせた。

「相変わらず心配性だな。真衣はもう二十歳を超えた大学生なのだから、君がそこまで背負いこまなくても大丈夫だろう」

「それはそうでしょうけれど……私は母親だもの。いくつになったって、いくつでも、娘と息子が心配に決まっているわ」

「俺の事は心配してくれないのか?」

「してる! してるに決まってるじゃない! 貴方は夫なのよ!」

「……あの、二人とも」

 雲行きが怪しくなってきたので、一旦ストップをかけた。誠に目配せして、先に昼ご飯の準備を始めてもらう。

「とりあえず……私はインターンを頑張って良いって事で良いのよね?」

「ああ。やるからには、今度こそ勝ち取れ」

「分かったわ! ありがとう父さん、母さん」

 それだけ伝えて、私も誠の手伝いに向かった。程なくして昼食の用意はすっかり終わったのだが、両親二人は相変わらずキッチンの中で二人の世界を繰り広げている。

 待っていても仕方ないので、先に食べている事にした。

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