戦闘体制を取ったヤマトさんは今にも攻撃を仕掛けてきそうで、しかしまたそれを止めたのはソラちゃんだった
「ちょっと待ってください」
「っ……だーかーらー! いちいち腰を折るなよ!」
ヤマトさんは振りかぶった拳を大きく空に振り抜いて怒りながら怒鳴る
「あなたが勝手に急いているだけでしょう」
そんなヤマトさんにソラちゃんは淡々とそう告げる
今のはソラちゃんも悪い気がしないでもないが全軍を差し向けられたアカネさん達のことが心配ではっきり言ってそれどころではない
勿論アカネさん達のことを負けるとか、信頼していないとかそういうことではない
「っ……」
だがそっと背中に添えられたソラちゃんの手の冷たさで自分達もまた目の前に強敵が待ち受けていて、その後やらなければいけないことだってあることを再度自覚する
自分達のことを棚に置いてアカネさん達のことをずっと考えるなんてそれは私達のように覚悟を決めたアカネさん達への侮辱にあたる
「ったく……昔からそういうところあるよなお前、あたし達会話なんて出来る間柄じゃないんだぞ今、敵同士、わかる?」
ヤマトさんは怒っている様子ではあるものの憤慨するとかそういうことはなく自分とソラちゃんを指差し確認しながら問いかける
「分かってますよそんなことぐらい」
逆にソラちゃんはまたいつもの調子でそう返す
この短期間だけしか二人のやり取りを見てはいないがなんというか、この二人は合わない気がする
根本的に
存外常識人のようだが短絡的で空回りするヤマトさんと例え話とかが通じない真面目気質のソラちゃん
仲が悪いとかそういうことではなくて、というか別に仲は悪くなさそうだけどこう、噛み合っていない
「分かってて無視してる、と、あたしあれかな、舐められてるのかね……で、何なんだよ一体」
軽く嘆くヤマトさんはそのまま攻撃をすることなく警戒を解いて聞き返す
「あなたは自信満々に守備陣営はあなた一人だと言いましたがどういうつもりですか? 中にも警備はいないんですか?」
「どういうつもりも何もないだろう、それが一番と判断したんだ、勿論研究所内にはゾンビどころか研究者様達もいないぞ、危ないから避難してもらった、ヨハネ博士は残ってるけど」
「……成る程、確かにあなたは強いですが、一人で守備の要なんて、絶対に守らなければいけない研究所なのにそれは策として破綻していませんか? あなたが倒れればそれで終わりなんてあまりにも荒唐無稽です」
私はヤマトさんがどれだけ強いのかを知らない
ゾンビイーターのなかでも強力な力を持つハイスコアラーの一人でありその中でも筆頭
ゾンビイーターの一人であるユウヒと戦った時に五人対一であれ程までに押されたのだハイスコアラーがどれだけ強いかはよく分かる
そもそもソラちゃんもハイスコアラーの一人だ
だがユウヒとソラちゃんの戦闘の場合、ソラちゃんが終始押されていたあれは異能の相性と強化手術を受けていたことも起因しているということはしっかり理解している
そして知り合いであるソラちゃんがそう言うということは現状の対面はそれほど悪手ではないとソラちゃんは思っているのだろう
「なんだそんなことか、理由は簡単、あたしが一人でいることこそが一番の守備だからだ……それに、強化したこの身体で全力で戦うとなれば逆に周りの者を巻き込みかねないからな」
ヤマトさんは言いながら手を握ったり開いたりする
「……ヤマト、まさかあなたも強化手術を」
「それに関しては想像におまかせするさ、それに……ここでお前達を倒してはいおしまい、っていうほうが単純明快でいいだろ?」
ソラちゃんの質問に答えることなくヤマトさんは笑ってそう言いながら拳を突き出した
この人は、今まで会ったゾンビやゾンビイーターの中で一番人間臭い、そう思った
私の知る二人のハイスコアラーはどちらもどちらかと言えば冷静で物静かなほうだったが彼女はどうやら違うらしい
「はぁ、あなたはいつだってそうでしたね、単純というかポンコツというか……それでいて優秀だから何も言えないのですがね」
「それは褒めて……いや、やっぱり馬鹿にされてるなこれ、うん」
これからハイスコアラー同士がぶつかるというのに二人の会話は漫才のそれで
逆に私は会話に入っていくことも出来ずどうすればいいのか迷うくらいだ
「まぁただ、フーカを説得することだけは大変だったけどなぁ、こっちに残るんだって聞かなくて、ヨハネ博士も総指揮なんて面倒なことを押し付けてくれたものだ」
ヤマトさんは言いながらやれやれと頭を振って何か思い出すように明後日の方向へ視線を向けた