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第94話 喜劇に幕を降ろそう

 その部屋の照明は基本暗く設定されている

 表面上は光に照らされることで余計な体力を消費してゾンビとしての活動限界を迎えることを遅らせるため、ということになっているが実際は私がだんだんと朽ち果てていくヒカリを見続けることが辛いためだ

 基本的にゾンビというのは動いているだけでその体力を消費していき活動を維持するためにはそれだけ多くの人などの血肉が必要となる

 適合を果たしたゾンビイーターはその例外となるがオメガウイルスに適合していない個体は例外なく捕食行動を必要とし、長年補食しないでいれば少しずつ朽ちていきやがて活動限界を迎えるだろう

 だがこの子は一度も人間の血肉を口にはしていない

 表向きはゾンビとしての補食無しでの活動期限を図るため、ということになっているが実際は私が人間を貪る人間を止めた娘を見たくないからだ

 少しずつ身体が朽ちてきている娘が動き回る強化ガラスで作られた部屋に私はもたれかかる

 相変わらずウミは捕まらず、相変わらず研究は上手くいっていない

「私は、弱い……」

 娘の意思を尊重して研究から手を引いたアカネよりも

「私は馬鹿だ……」

 自身の妹を助けるためならば世界すらも実験場にしてしまったヨルさんよりも

 ヒカリの意思を無視して何年間も意思のない屍として生きさせて、娘のために世界中を敵に回すなんてことを考えつきもしなかった

「でも、それも全て報われるわ」

 オメガウイルスの研究の第一人者として長くゾンビイーター達を指揮してきた

 指揮をして世界の治安を守る、ということを第一にしているように見せながらその裏ではずっと新しい、より強いオメガウイルスの研究を続けてきた

 その結果として活動限界という名の寿命にこそ縛られるが一時的にゾンビイーター達の身体を限界以上に強化し、人外の異能をも使うことが出来るほどまでに強化された真オメガウイルスを完成させることが出来た

 だがこれは失敗作で、使う予定は元々はなかった

 私が求めているのは強化された力、身を破滅させるような異能を発揮させるような薬ではない

 ただ、一度死んだ身体をまた動かし、生前のようにまた、笑えるようになる薬だ

 昔の言葉を借りればそう、死すらも凌駕する万能薬

「どこで、間違えたのか……」

 私はヒカリの収容されたガラスの壁を優しく撫でる

 昔は人道的じゃないアカネの行動を窘める側だった筈なのに、気付けば私はゾンビイーター達を駒としてしか見なくなっていた

 打てば必ずたったの数ヶ月で死んでしまうような薬を立候補者とはいえ簡単に打てるようになってしまった

 ホシノの一般人を巻き込んだソラの討伐やウミの捕獲作戦を簡単に受理するようになってしまった

 私はただ、もう一度ヒカリにお母さんと呼んで欲しかった

 だからこそ、もう戻れないのだ

 全て分かった上で自分で作った硝子の道を裸足で歩むしかないのだ

 全ては私が引き起こしたことだ

 止める機会なんて何度だってあった

 アカネに止めようと言われた時

 ヒカリの体調が悪化した時

 それ以外にも何度も何度も

 それでも私は、自分の意思を尊重した

 何よりも、もう一度笑っているヒカリを見たかったから

「ウミさん……よく覚えているわ、セントジャンヌ孤児院で出会った時のことを、あなたさえ手に入れば必ず……」

 セントジャンヌ孤児院で育った彼女のオメガウイルスに対抗する抗体、それを使って作った薬、それさえあればヒカリの中のオメガウイルスを弱めて、きっと完全な状態でヒカリを生き返らせることが出来る

 ヒカリが自我を取り戻したらまずはなんと声をかけようか

 きっと何を言ったとしても怒られてしまうな

 あの子は私と違って真面目な子だったし、ヒカリの求めていないことをしたのだから

 ヒカリが生き返ればアカネもきっと、私のことを赦してくれる

 そうしたら今度こそその完成した薬を使って国のためにゾンビ達の治療や生存者のアシストをゾンビイーター達を使って進めることも出来る

 ヒカリが生き返りさえすれば狂ってしまった歯車が全てしっかりと、噛み合わせて回りだす筈なのだ

 現在ヤマトの統率するゾンビイーター達が目的地に向かって進行を開始している

 どちらにしろこの長すぎた逃走劇と喜劇にも近いうちに幕が降りる

「待っててね、ヒカリ……お母さんが必ず、絶対に、あなたを生き返らせて見せるから……!」

 私は言いながらゾンビとなった娘のいるガラスの壁に頭を押し付けた

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