外の冷えきった空気が肌を掠めてただ寒い
アカネさんの新しいシェルターの場所はホッカイドウの中でも雪がよく積もる寒い場所、トウド地区に作られていた
以前アカネさんが襲撃された時のリスクの話をしていたがこれだけ寒ければ人間だって動きが鈍くなるだろう
「寒そう、ですね」
「ソラちゃんこそ」
「私は……動きが鈍くはなりますが寒いとかそういうのは感じませんので」
「そうだったね」
そんななんてことのない会話をしながら周りの明かりなんてほとんどない月明かりに照らされた雪道をさくさくと雪を踏みしめながら歩く
思えば二人きりでの旅路は少し久しぶりのことだ
底無しちゃんが仲間になり、その後はアカネさんもトトちゃんも一緒に行動していた
私の旅の始まりは独りだった
独りシェルターから放り出されて始まった旅路は随分と紆余曲折があったように思うし随分と賑やかになったものだと思う
「何か、考え事ですか?」
不思議そうにソラちゃんが私の顔を覗き込む
「うーん、考え事といえばそうかもしれないし、違うかもしれない」
「何ですかそれは」
ソラちゃんはおかしそうにそう言うとまた前を向く
二人の旅のなか無言が気まずかった時期はいつの間にか終わっており、今ではどちらも喋らなくても嫌な空気が流れることはない
「……ソラちゃんと出会ったのは、月が沈んで太陽が昇っている時間帯で、あの日は暑いくらいだったのに、今日は何もかも逆だね」
あの日は雲で太陽こそ隠れていたものの汗をかくほどに暑かったと記憶している
「そうですね、最近は異常気象続きで季節も何もありませんが、思えばそれなりに長い付き合いです、幼少の頃を思い出した今でも……まるで初対面はあの日のほうが先に思えるんです」
「なにそれ」
そう語るソラちゃんに笑いながらそう返すけど、実際のところ私もソラちゃんと同意見だった
「……気付いてました? 私のあなたの第一印象、けっこうよかったんですよ、一回目も……二回目も」
「……そうなんだ」
それは意外だった
一回目はなんの気なしに話しかけまくった上に二回目は一人錯綜していたのでてっきりマイナススタートだと思っていたぐらいだ
「思えば、あの時も私を助ける為に来たんでしたもんね」
「まぁ……そうだね、結果逆に助けられるかたちになったけど……」
そう、銃声を聞いて助けに行ったのに結果ホシノから助けて貰うかたちで終わった
「それでも、わりと嬉しかったんだと思います、今……よく考えれば」
「最初はけっこう冷たかった記憶あるけどなぁ」
私はからかうようにそう口にする
実際話しかければ必ず返事は返してくれるもののここまで会話が続くことっていうのはなかったように思う
「あの頃の私は誰も信じられる状況ではありませんでしたし何より感情の隆起がほとんどない状態でさしたから……」
「冗談、冷たかったかもしれないけど……最初っから優しかったよソラちゃんは」
そのまま落ち込みそうなソラちゃんに私は本音を語る
「え……」
「孤児院では唯一私と話をしっかりしてくれたし、二度目に出会ってからはずっと私のわがまま聞いて助けてくれた」
子供の頃も、今だって、いつだって私を優先してくれることに代わりはない
「……それは、私も一緒ですよ、孤児院の子供達のなかで唯一話しかけてくれたことが嬉しかったですし、挫けそうなときはいつも手を取ってくれた、あなたは優しい人です」
「……あー、だめ、恥ずかしい、やめよやめよ!」
そんな風にそれぞれ褒めあっていたら流石に恥ずかしくなるというもので、私はバチバチとほっぺを叩いて話を区切る
「自分から始めたんですけどね」
やれやれ、といった様子でソラちゃんがそう呟いてからしばらくは何も話さずに瓦礫と雪に気を付けながら歩いていた
「……あ、知ってるソラちゃん」
「何ですか?」
「ここ、昔大きな塔が建ってたんだよ」
私は確か塔が建っていた辺りを指差す
「あー、ありましたね確かに、今では倒れて、風化で崩れて……雪の下ですけどね」
「向こうには大きなショッピングモールがあったよねー、今じゃあ朽ちちゃったけど……」
言いながら私は周りを見渡す
トウキョウからホッカイドウまで歩いて来たがやはりどこへいってもあるのは人の住んでいた痕跡を所々に残したままに朽ち果てて自然に還ろうとしている風景だけで、それは今でも変わらない
「……ゾンビの徘徊、異常気象なんかもあって復旧は全然進みませんから、ですがいつかはまた……昔のように戻るときがくるかもしれませんよ」
「そうだと、いいなぁ」
ソラちゃんの言葉に私は頷く
果たしてパンデミックが起こる前ほどの文明を取り戻すには何十年、いや、何百年かかることだろうか
私達がそれをこの目で見るのは多分、おそらく、いや、絶対に叶わないだろう
「でも、不思議ですね」
ソラちゃんがふと、溢す
「何が?」
「私達は幼少の頃こそ人生が交わったことがありましたがそれから先はどちらも相手のことを忘れて生きてきたのにまたこうして出会い、共に旅をして、お互い背中を預けるようになって、この物語に終止符を打ちに行こうとしていることがです、この広大な土地のなかでまた人生が交わるなんて、流石に運命という言葉を使いたくなります」
ソラちゃんは言いながら天をあおぐ
「……確かに、そうだね」
ソラちゃんの真似をして天をあおげば突風にさらされて、私は顔にかかった髪の毛を耳にかける
「……」
「ソラちゃん?」
そんな私をなんとも言えない顔で見るソラちゃんに聞き返す
「……いえ、少し思い出しまして」
ソラちゃんは慌てて視線を反らす
ソラちゃんは血が流れていないから顔色は変わらないし汗もかかないけど、それはどこか気恥ずかしげで
「何を?」
つい話を詰める
「……あなたが、薬を飲ませる為に私に口づけしたことです」
ソラちゃんは言いながら自身の口許を覆う
「あ゛それは……ごめん」
両手がふさがる可能性から口のなかにも仕込んでいたが流石に嫌だったろうか
つられて私も口を覆う
「いえ、別に……嫌だったわけではないのですが」
「……ほんと?」
ソラちゃんの予想していない言葉に口許を覆っていた手がぶらんと重力にしたがって落ちる
「まぁ、はい……」
ソラちゃんの満更でもないその表情に
私は
「じゃあさ、全て無事に片付いて、二人でユートピアの地を踏めたらまた……してもいい?」
今言っておかないと後悔する
そう、思って気付いたらそんな言葉が口をついて出ていた
「な、んで……ですか?」
「ソラちゃんが好きだから、今度はちゃんとやり直したい」
薬を飲ませるためとか、そういうのをなしに、ただ愛を確かめる行動として、私はソラちゃんとキスがしたいのだ
「……別に、構いません」
「……いいの?」
ソラちゃんから許可を貰いながらもそれが本音なのか分からなくて、真剣にもう一度聞き返す
「まぁ、嫌だったわけではないと言った……じゃないです、か……その顔すぐに止めないとぶん殴りますよ」
「ご、ごめんって!」
おそらく自分でも気付かないうちににやけていたようで、ソラちゃんがムッとして拳を作るから私は慌てて謝る
「まさか死んでから恋路とかなんとかを経験することになるとは……」
ソラちゃんは一度大きなため息を吐くとこれ以上は話さないという明確な意思でまた進路のほうを向いた
「あはは……」
そんなソラちゃんがまた可愛いとか思ってしまったけど、それを言ったら今度こそ殴られかねないので笑いでごまかしながら私もまた前を向くのだった