「ん……」
私が目を開くと焦った様子のアカネさんが真っ先に写った
「二人とも! 急にどうしたんだ! 大丈夫か?」
「……大丈夫ではありますが、とても久しぶりに、痛みというものを感じたように思います……」
二人とも、という言葉にとなりに視線を向ければソラちゃんもつらそうに頭を押さえていた
「わた、しも大丈夫……」
つらそうなソラちゃんを見て、先ほど見たすべての記憶がフラッシュバックする
自分のしたことの大きさにえずきそうになりながらなんとか前を向く
「……ヨルさんの接触が?」
アカネさんの言葉にうなずく
「ええ、幼少の頃の……セントジャンヌ孤児院に通っていた頃のことを思い出しました……勿論ウミさんのことも、あの施設で唯一生き生きとしていて、私の身体が元気な頃はよく気にかけてくれていた少女……」
それはソラちゃんも同様だったようで肯定しながら噛み締めるように昔のことをポツリポツリと溢す
「私も、ダイチが隠していたより先の記憶を返してもらってきました」
それに続いて自身も思い出した部分を伝える
「……そうか」
アカネさんは乗り出していた身を引いてガタリと自身の椅子に腰掛け直すと中指でメガネを押し上げる
「アカネ……アカネさんの言っていたことは、事実だったのですね」
私のように会話までしたのかは分からない
だが自身の記憶を見れば疑う余地はもうないのだろう、ソラちゃんのアカネさんの呼び方に敬称がついたことがそれを暗に示していた
「……そうだね」
そしてアカネさんもまたそれを肯定する
「私の、せいで……沢山の人間が死んだんですね」
「……」
誰も、何も言えなかった
「私がいたから、世界は退廃した、私がいたから……姉さんがおかしくなった……私さえいなければ――」
「やめよう」
でも、そこで私はソラちゃんの言葉を遮って、立ち上がった
あまりにも耳が痛くて聞いていられなくなったからだ
「……ウミ、さん?」
そんな私の様子に戸惑ったようにソラちゃんが名前を呼ぶ
「自分を卑下するのはやめよう、少なくとも、ソラちゃんは悪くない、ソラちゃんが自分を責める必要はない」
そう、ソラちゃんは悪くない
「でもっ……」
「ソラちゃんは一度でもお姉さんに頼んだ? そうしてくれって」
「……それは」
元々を正せばソラちゃんはそんなこと頼んでいない
ソラちゃんから頼まれたのであればあの時ヨルさんはあんな表情を浮かべなかったろうし私に自身の気持ちを吐露することだってしなかっただろう
それほどまでに迷うこともせず実行したはずだ
そして
「……私も頼まれてない」
勿論私だってソラちゃんに頼まれてなんていない
そもそも幼少期に病気が悪化してからゾンビから助けられるその時まで私達は会っていないのだから頼まれようがない
「えっ……?」
その言葉だけでは私が何を示しているのかわからなかったようでソラちゃんは少し戸惑った表情を浮かべた
だから私は
「……よく聞いて、私は……パンデミックが起きる数日前にセントジャンヌ孤児院を訪れたヨルさんの背中を押したの」
もっと
「どういう、こと……ですか?」
戸惑うソラちゃんを無視して
「あの日ヨルさんの言葉を聞いて、私、みすみすソラちゃんを死なせたくなくて……一人で抱えるのが重いなら一緒に抱えるって言った、世界よりソラちゃんを取った、ヨルさんと一緒で……それなのに身体のなかのヨルさんに死んだ人が沢山いるのに、とか、苦しんでる人達が、なんて言おうとしたけど……私にはその資格なんてなかった」
わかりやすく、事実を伝えた
「ウミ……さん」
たとえそれでソラちゃんに嫌われることになっても
それが自分のした罪ならば、ダイチにも、勿論ヨルさんにも押し付けないで自分で背負っていかないといけないものなのだから
「だから、ソラちゃんは何も背負わなくていいの、私達の罪だもの……全てを思い出した今でも……同じことが起きればきっと同じ選択をしてる、ソラちゃんが望んでなくても助ける道を選んでる、そうじゃない未来を選べたアカネさんほど私達は強くないから……ヨハネと、ヨルさんと同じことをする……ソラちゃんが大好きだから、ソラちゃんを失いたくないから……自分の為に、自分のエゴで」
「……」
人間、というものが弱いのか
ヨルさんや私が弱かっただけなのか
そんなことは分からない
でも私達は同じことをするだろう
それが本人に嫌われる結果になっても
それだけは、よく分かった
「……それなら、私にも分けてくれませんか?」
「え……」
どんな罵詈雑言を浴びせられるか、覚悟していた私の耳に入ったのは思ってもいない言葉だった
「姉さんとあなたの二人で分けている罪を……私にも分けて欲しいんです、三等分すればきっと今より楽になる、してしまったことはなくならないし、死んだ人達は生き返ることはない、それを自分達だけの罪だとあなたは言うけれど、原因の種を蒔いた私にも罪はある、だから、三人で分けましょう、分けて……一生背負って生きていきましょう」
「ソラ、ちゃん……」
ソラちゃんは言いながら、迷うことなく私の手を強く両手で握りしめる
「それなら、私にも背負わせて貰おうかな」
「アカネさん……!?」
私が何も言い返せないでいると今度口を開いたのはアカネさんだった
「元々ね、ヨハネとこの研究を始めたのは私だ、立案者の一人であり、同僚を止めることも、万能薬を完成させることも何も出来なかった、約束を守れなかった、そんな私にも罪はある、だから、三等分じゃなくて四等分するんだ、全員で背負うんだ、ただ間違えてはいけないよ、背負う人数が多くなるからといって決して罪は軽くはならない、わかっているね、同じ重さで背負って、ずっと償い続けなければいけない」
死ぬまで罪から逃げてはいけない
そう言ってアカネさんは話を終えた
「……はい」
「わかりました」
私はソラちゃんの手を握り返しながらしっかりと前を向く
「さて、これで遺恨はないかな……それじゃあ二人も呼ぼう、これからの話がしたい……入ってきなさい、そこにいるんでしょう?」
アカネさんはこの話は終わりだというようにパンッと手を叩くと扉のほうへ向かって声をかけた