「と、ここまでが私の知っている全てだよ」
アカネさんは話を終えるとマグカップを掴んでコーヒーを飲み干す
「……姉さんは私の為に」
ソラちゃんは聞いている間から今までの間一度も顔をあげなかった
「そう、色々と人道に反することをしていた、勿論私が人のことを言えた試しではないが、そして恐らくだが……このパンデミックはヨルさんが起こしたことだと考えるのがまぁ、当然だろう」
そうだ、アカネさんの話を聞けばパンデミックを起こした張本人として真っ先に思い浮かぶのはヨルさんで、ヨハネでもアカネさんでもない
「あなたが嘘を吐いている、という可能性は……」
ソラちゃんは一縷の望みをかけて顔をあげるとアカネさんにそう問いかける
「まぁゼロではないだろうが自身の欠損した記憶を鑑みて、どちらを信じるのかは自分で考えるしかないのでは?」
アカネさんの言葉は至極当然であり、きっとソラちゃんもアカネさんの言葉を信じていないとか、そういうわけではないのだろう
ただ、受け入れられない、それだけだ
「……」
「そ、ソラちゃ――」
あーあ、全てアカネさんにばらされちゃった
「っ……」
ソラちゃんに声をかけようとすれば久しぶりに頭の中でヨルさんの声が響いた
ヨル、さん……
せっかくあんなにあなたに無理強いまでしたのに、でも時間は沢山稼げたわ
時間稼ぎ、ですか……?
久しぶりに現れた彼女ははっちゃけたように不穏な言葉ばかり漏らす
そう、ソラが私の起こしたこと自身の記憶と向き合えるようになるまでの時間稼ぎ、私に一番に依存していない今のソラならきっともう大丈夫
この後ちゃんとあなた達の幼少の記憶をソラに返すわ
待ってください、そのままの意味で取ってしまえばあなたが、本当にパンデミックを起こしたことに……
ヨルさんの言葉に私は慌てて問い詰める
これではアカネさんの言葉を信じる信じない以前の問題だ
だって本人がほとんど認めてしまっているようなものなのだから
ええ、だってその通りですもの
っ……!
だがヨルさんの言葉はそれをさらに、全肯定するものだった
私はヨルを助ける為に沢山の被験者を用意しなければいけなかった
ヨルさんはそこで一度言葉が途切れる
だからパンデミックを起こした、そのことに何も後悔はしていないわ
それから、あっけらかんとそう、言ってのけたのだ
パンデミックが起きたことで死んだ人、苦しんでいる人達がこんなにも沢山いるのに
これだけのことをしておいてなお、彼女はなんの悪びれもなく、一欠片も悪いと思ってすらいない
そんな、ことって……!
あら、あなたにそんな風に私を責める権利はないわ、だってあなたは私の共犯者じゃない
「……え」
あっていいのか、そう、言おうとしたのに
ヨルさんの言葉で私はつい、間の抜けた声を漏らした
「ウミ、さん……?」
私の様子がおかしい、と気付いたのであろうソラちゃんが気にかけて名前を呼んでくれるがそれに反応する余裕は私にもなかった
大丈夫、あなたの記憶も全てあなたに返すから
ちゃんとその事実を受け止めて、ソラに寄り添ってあげてね
「待っ……ヨルさん!!」
ふと、思い出したくない、そう、思ってしまった私は慌ててヨルさんの名前を呼んだがもう話をする気はないようで、そのまま意識は泥のように重い何かに飲まれて、消えた
「え、姉さんっ……痛っ……」
ただ隣で戸惑うソラちゃんの声が聞こえて、ゾンビだから痛いなんてことないはずなのにとどこか他人事のように考えてしまう自分がいた
「ヨルさん! 無事だったんですね、よかった……」
これはきっとダイチが隠していた記憶の続きで
ヨルさんがソラちゃんに見せたくない現実へと続くものだ
私はサンプルを渡したあの後にも一度ヨルさんと会っていた
「ええ、なんとか」
「……ヨルさん、調子が悪そうですけど、ソラちゃんに何かあったんですか?」
なんとか、とそう言うヨルさんは明らかに疲れていて、具合が悪いのは簡単に見て取れた
そしてそういう場合ヨルさんが気を病んでいる原因は毎回ソラちゃんにあった
「……ソラが一度倒れて、心臓が止まったことはしってるわよね?」
「はい……それからあまり身体の自由が利かなくなっちゃったって」
そう、ソラちゃんが孤児院に顔を出さなくなったのはソラちゃんの病状が悪化したからだった
「……私はずっと、ソラの為に生きてきた、ソラの為ならなんでもした、それなのに……なんでソラは死ななきゃいけないのっ……」
「ヨル、さん……」
ヨルさんは言いながらぐしゃりと両手に顔を埋める
それから少しだけして、ヨルさんは顔を上げた
目には、涙が溢れていた
「ねぇウミちゃん、私はこれから人道に反することをするわ、きっとそのせいで沢山の人が不幸になる、沢山の人が死んで……不幸になる、それでもそれは成功しないかもしれない」
そして笑顔で、そう、言った
「……それは、ソラちゃんのためですか?」
「ええ、全てソラのため……いや、違うわ、全て私の為なのよ、私はソラを失うことが耐えられない、だからソラに生きていて欲しい、そんなただのエゴよ、今こうしてあなたに話しているのだって、あなたなら私を止めようとしないだろうって宛をつけて、自分一人で抱えるには重すぎるからこうして押し付けてるだけなの」
私の問いかけに少しだけ悩んだ後にヨルさんは頭を振りながら自嘲的に笑って見せる
「本当に……なんでこんなことになってしまったのかしら」
そう言って、自身の腕の火傷跡を撫でるヨルさんがどうしようもなく可哀想で
きっと本人だって別の方法を沢山、何度も模索したのだと簡単に理解出来た
「ヨルさん……」
記憶の中の私はそっと彼女の名前を呼ぶ
私にはその贖罪の言葉こそが、ヨルさんと研究を共にしたアカネさんにもヨハネにも、ソラちゃん本人にも言えなかった心の底からの本音に見えて仕方なかった
「ごめんなさいね、忘れてちょうだい……大丈夫、あなたには、出来る限り迷惑をかけないようにする……本当に、ごめんなさい」
「……私も背負います」
だから私は
「え……」
「私も、ソラちゃんが死ぬなんて嫌だから、私もヨルさんの罪を一緒に背負います、一人では重くても、二人だったら背負っていけるかもしれないじゃないですか」
しっかりと彼女のほうを見て、背中を押してしまったんだ
「ウミ……ちゃん……ありがとう」
驚いたように私を見たヨルさんは最後に笑顔でお礼を言った
そこでプツリと、記憶の再生は止まった