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第81話 世界で一番大嫌い

「えっ……」

 ホシノの口から驚いたような声が漏れる

 瞬間、一瞬自分でも何が起きたか分からなかった

 私の口からソラちゃんの口へと移されたカプセルをソラちゃんがごくり、と飲み下した、次の瞬間にはソラちゃんの刀がホシノの胴体を真っ二つに裂いていたのだ

 どしゃっ、と音がしてホシノの上半身が床に落ちる

「は、え? ど、どういうこと……まさか、愛の力ー、とかバカなことは言わないよね」

 ホシノは地面に転がりながら動揺した様子で、それでもまだバカにしたようにそう言ってのける

「そんなこと、言うわけないじゃないですか、ウミさん、立てますか?」

「う、うん、大丈夫」

 私はソラちゃんに手を借りて立ち上がって身体を確認する

 よかった、地面に強く倒れはしたがどこも痛めてはいないようだ

「はぁー? マジで意味分からないんだけど……流石に説明してくれないかな……!! もう私の勝ちが決まってたでしょ!?」

 胴体で真っ二つにされたホシノはもう立ち上がることすら出来ずに発狂したように怒鳴り散らしながら片腕をじたばたと癇癪を起こした子供のように振り回す

「……」

 私はソラちゃんのほうを見て頷く

 この状態なら仕掛けぐらいは明かしても問題ないだろう

「……アカネがウミさんの細胞から作った抗オメガウイルス剤をウミさんの口内にカプセルにして仕込んでありました、私はそれを飲んだだけです」

 そう、アカネさんはソラちゃんが操られる可能性も計算のなかに入れて私に即効性の高いカプセル錠を預けていた

 以前底無しちゃんが使ったそれと似ていながらまた違う薬だがどちらもオメガウイルスに対する抗体を含んでいるという点は同様だ

 だが底無しちゃんのそれとは違い比較的副作用は少なくなっていると聞いた

 口のなかに仕込んでいたのは両手が使えないときの為だ

「んだよ……それ、そんな薬があるならっ……なんでアカネさんはあの子を助けてくれなかったんだ!!」

 ホシノは叫びながら地面を叩く

 あの子、というのはソラちゃんからも聞いている唯一オメガウイルスに適合しなかったというその子だろう

 その子が生きていた頃にそんな薬が完成している訳がない、ということはホシノでも分かることだろう

 それなのにそう怒鳴る彼女にはもうあまり記憶も残っていないのかのように思える

「それは……そもそもこの薬が完成したのは最近ですし、そもそも完全な完成形ではありません、一時的にオメガウイルスの動きを鈍くするだけなので時間が経てばまたあなたの異能も私に効くようになるでしょう」

「そ、ソラちゃんっ……」

 律儀に説明するソラちゃんを慌てて止める

 薬自体の説明は問題ないだろうが作用時間などまでばらしてしまえばまたソラちゃんの身体を操られる可能性がある

「……大丈夫です、この状態では、もう」

 だがそんな私にソラちゃんは少し悲しそうな表情を浮かべながら頭を振った

「え……」

「そう、ご明察、ここまで身体がボロボロになった状態じゃあそこら辺のゾンビを操るのが限界、もしソラのことを操れても動きを止められるとかそのぐらい」

「ホシノ……」

 ホシノのほうを見た私と視線がかち合うとくつくつと笑いながら自身の最後が近いことを悟った様子でホシノはそう話した

 つい、また名前を呼んでしまう

「ああ、くそ! くそっ……!! ふざけるなよ、なんで毎回こうなんだよ……私が何かした? あの子は何かした? 何もしてないのに……なんでっ……」

 残った身体で出来る限りジタバタと暴れながら誰に言うでもなくホシノが怒鳴る

 ゾンビがもし泣ける存在だったとしたらきっと彼女は泣いていたのではないだろうか

 それが出来ないから

 こうして言葉にして暴れるのだ

「……あまり暴れると」

「暴れると何……? 私はゾンビで、痛みも感じないし血だって出るわけじゃないんだから誰にも迷惑なんてかけてないでしょ! 誰も、世界すら、私達の味方なんて結果いなかった……ゾンビイーターだってそう、ヨハネもアカネもヨルもっ……自分の大切な人だけ守れればそれでよかった、私達のことなんて見てすらいなかったくせに……ああ、どうしよう、私はもうあの子の顔も、名前も……思い出せないのに……」

 あまりにも痛ましくてとめようとするけれどホシノにはもう、そんなことどうでもいいことなのだろう

「……」

 彼女からしたら世界全てが敵だったのだろう

 弟という片割れを失った時私は死ぬほど生きることが辛かった

 でも彼女はそれでも、それからも独りで生きてきたのだから

 私の向けている視線が何という感情から来るものなのか、そんなこと誰にだって簡単に分かったはずで、勿論ホシノも気付いていた

「……やめて、私に同情の目なんて向けないで、そう……あんたは世界に愛されていた場合の私なのかも知れないけど、それはたられば話で……実際に夏終わりに地面に転がってるセミみたいに地面でじたばた惨めに転がってるのは……私なんだから」

 さっきよりも少しだけ、落ち着いた様子でホシノはただ淡々とそう言った

「っ……私はっ」

「勝ち組の同情なんて、気持ち悪いだけだから、殺すなら早く殺したら? まぁ元々死んでるようなものだけど」

「……ホシノ――」

「やめて」

 そして私の言葉を遮るホシノにソラちゃんが口を開こうとするがそれをまた、すぐにホシノが止める

「っ……」

 私に向けられていた言葉よりも数段低い声のそれにソラちゃんも何も言えなくなってしまう

 そんなソラちゃんを見てホシノはただ笑って、そして続けた

「ソラ、あんたが何を言いたいのか知らないけど、死ぬ瞬間まであんたの声なんて聞きたくないから、私はね、ウミは勿論嫌いだし、ヨハネもアカネもヨルもゾンビイーター達もゾンビも人間も、嫌い、私よりも報われているやつは、幸せなやつはみんな死ねばいいと思ってる、だけどね、一番嫌いなのは、大っ嫌いなのはあなただよ、ソラ……ずっと、ずっと、ずーっと、ヨルに特別扱いされて守られてきたあんたが世界で一番大嫌い」

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