それから私達は国に救助されてヨルの口車にのせられたバカな大人達のお陰でヨルは研究員という立場を手に入れた
私はというと変わらずモルモットのままであったことはあったのだが私の担当にヨルがついたことで今までのような待遇はなくなった
ただ実験体としてそこまで副作用のでなそうな薬を接種して、ご飯を食べて、寝て、たまに外の世界を眺める、そんな今までとは違う充実した毎日だった
何よりも違うのはそう
私の担当がヨルになった為にヨルに毎日会えるようになったことだ
私はそれが嬉しくて仕方なかった
そもそも一緒に逃げる相手として私を選んでくれたということは少なからず私を特別視してくれているということだろうと勝手に傲っていた
ヨルと会えない、一緒にいれないときは部屋の窓から夜空を見上げる、それだけで心が安らいだ
この感情が崇拝とか、倒錯とかそういうものではなくて恋愛感情というものだと気づいたのも多分この辺り
だけど私はこの感情を捨てなければいけないと理解していた
それは、ソラという存在がいたからだ
ヨルの妹であるソラ
彼女もまた研究施設のモルモットでありヨルが躍起になって、あれ程の人数を殺してまでその子の元へ帰り、そして守りたかった存在
そんな彼女にヨルが向ける瞳はいつだって優しくて、私では太刀打ち出来ないことなんて嫌という程に分かっていた
だからソラが不治の病に犯されておりそれに関する実験の負荷で寿命がもうそんなに永くないと知ったときは申し訳ない気持ちをもちながらも内心喜んでいた
だってソラさえいなければ私はヨルの一番になれる
ヨルが私だけを見てくれるようになるのだから
だがその考えは間違いだったとすぐに思い知ることになる
ソラの病気を治すことを最優先事項にした彼女はずっとソラにつきっきりで、私にはほとんど構ってくれなくなった
だから私は……ソラが早く死ぬようにと願いながら毎日窓から夜空を見上げた
それは功を奏したのか日に日にソラの体調は悪くなっていった
そしてそれと同時期に奇しくもこの研究施設でもそれなりに地位を持っていたヨハネの娘がソラと同じく病に伏した
元々身体は弱かった彼女の状態が一気に悪くなったのだ
これが人類にとっては最悪の偶然となってしまう
何故ならそのせいでパンデミックは起こされることになるのだから
ヨハネ、アカネ、そしてヨルの三人は万能薬の製造という名前だけの飾りの研究をほっぽりだして早速不死の薬に関する研究を進めた
そして完成したのがオメガウイルスだった
まぁ、今の現状を見て貰えれば分かることだが研究は失敗だった
死んだ身体は動いてもその身体の心までは生き返らなかったのだ
そして生きている人間への投与実験の最初の被験者は私だ
別に惚れた弱みでも無理強いされたわけでもない
こうすればまたヨルが見てくれるとも思ったし何よりもその薬にヨルの細胞が使われていると聞いて、自分の身体のなかにヨルを迎え入れられるならもし死んでもいいと思ったからだ
そして私は完全とまでは言わないものの第一の適合者となったのだ
いかんせん初めて完成したのが私だったから異能の制御など色々と苦労したことはあったがヨルが私を見てくれるだけで何もかも苦痛ではなくなった
それからも三人は忙しなく研究を続けていた
どんどんと被験者の数は増えていき、やがてソラとヨハネの娘、ヒカリにもオメガウイルスは投与された
二人の寿命は確かに伸びた、でもそれにだって限界というものがある
その限界を向かえて、少し経った頃にパンデミックは起きた
パンデミックが起きる少し前にヨルが私の元を訪ねてきて、少しだけ話をしたのをよく覚えている
「ソラのことをお願いしたい?」
その日突然ヨルは私の部屋を訪れてそう言った
「ええ、私はこれからやらないといけないことがあって、きっとソラについていてあげることが出来なくなるから、代わりにあなたに見ていてほしいの」
「今度は一体何をするつもりなの?」
本音を言えばそんなことを聞くよりも何よりもさきにごめんだと断りたかった
でもヨルに頼まれてしまえばたとえどんなことだっただろうと私は断れなかっただろう
「とても、大きなことよ、これがうまくいけばみんな幸せになれること」
ソラの言うことはいつだって難しくて何を言いたいのバカな私では全然分からない
「……で、具体的に何をすればいいの?」
私はヨルの考えを理解するのは早々に諦めてそう聞き返した
「見守っていてほしい、そして、出来ることなら導いて守ってあげて、あなたは強いから、難しいことではないでしょう?」
「まぁ、そうね」
この時から私のゾンビとしての才覚は強く出ており、それなりのことであれば乗り越えられる自信があった
「そして、あの子がすべての、私が作ってしまったしがらみに囚われずに心の底から笑えるようにしてあげてほしい、そして私の代わりにソラの笑顔をあなたに見てほしい」
「……それこそ、自分でしたほうがいいんじゃないの?」
心の底から笑っている姿、なんてそんなものヨル本人のほうが見たいはずだ
だから私はそう提案したのに
「出来たらそうしたいけど、今後どうなるかわからないから……」
ヨルはそんなことを言いながら憂いげに視線をさ迷わせるだけで
「死ぬかもってこと?」
次の瞬間には一番気がかりなそれを問いかけていた
「その可能性も捨てきれないってだけよ、死ぬ気はないわ」
「……そう」
私は返す言葉もなくてただそれだけ返して
「だから、私の代わりによろしくね、私の大切な……ソラのことを」
これが私とヨルの最後の会話となった
「懐かしいね、ヨル……ソラはついにこんなところまで来たよ、もうすぐ幸せになれるかもしれない」
私は戦闘を続ける三人から一度視線を外してまだ明るいソラを見上げる
ヨルが来るのはまだまだ先のことだろう
「私がしなければいけないことは……ソラを心の底から幸せだと思わせること……それが叶った暁には、フフッ、楽しみね」
私は見えないヨルにむかって一人話しかけながら、最後のその時を思ってただ、笑った