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第77話 傍観者の追想

「始まったー、始まったー、どちらか一方が死ぬまで終わらないデスゲームが」

 私はショッピングモールの中がよく見える高台を陣取って双眼鏡で中を覗く

 ホシノとソラの因縁はそれこそ長い

 二人がゾンビイーターになる前からいがみ合っていた……いや、ホシノが勝手に一方的に妬んでいた、といったほうが正しいか

 それがやっとこうして終止符をうとうとしているのは少しだけ、感慨深い気もしなくもない

 まぁ見ている限りホシノが勝てる可能性なんてあって数パーセント

 本当にもしも、何かあれば勝てるかもしれない程度しかない

 そして残念なことにそうなりそうになった暁には……私が邪魔をするからそれもまた叶わない

 つまりはこの戦いは出来レースである

 ホシノが生き残って勝ち星を得るなんてことははなからあり得ないのだ

 それでもがんばる彼女は惨めで、滑稽で、見ていて笑ってしまう

 あまりにも私に似ているから、自虐的な意味も含めて

「ねぇ、ヨル……私、頑張ってるよ、こんなところまでちゃんとソラを導いて、こうして見守っている、こんな私だったら……褒めてくれるかな」

 私は胸元のドッグタグを手で握りしめて頬擦りをする

 ヨル、ヨルヨルヨルヨル

 私の世界はヨルで出来ていて

 ヨルのために生きている

 何故彼女にここまで執着するようになったのか、それは……彼女との出会いまで遡らなければ説明は難しいだろう


 私にとって人生というものは惰性だった

 生まれて数年しか経っていないような子供が何を言っているのかと思うかもしれないがそれだけが事実

 ただ、一つだけ、見てみたいと思っているものはあった

 物心ついた頃から研究施設のモルモットだった私は外を見たことがない

 広がるソラも

 ソラを流れる雲も

 とても大きいのだというウミも

 暗闇という帳をおろすというヨルも

 私は見たことがないなかった

 だから、一度でいいから、見てみたかった

 それだけだ


「そんなに見たいのなら、見に行けばいいじゃない!」

 私と同じ実験施設にいた同い年くらいの少女、ヨルはよく私に向かってそう言った

「……それが出来たら苦労しないんだけど」

 そう言われる度に私はただそう返した

 彼女はモルモットとして研究施設にいたのにそのずば抜けた頭の良さからいずれモルモットなんてものにしておくのは勿体無いからと研究者側に回そうという話が出ているというのはこの施設にいる子供達の誰だって知っていることだった

 だからいずれ彼女は外の世界を知るだろう

 でも私が知ることは……多分きっと、一生無い

「出来ないことなんてないわ! 私達必ずここをでるんでしょ? 私もこんなところで死ねないの、待ってる妹がいるから……あの子だけは……必ず私が守るの」

 ヨルはことあるごとに妹……ソラの話をした

 それは丸で宝石でも愛でるような、愛しさの含まれた言葉だった

「……私を待ってる人はいないし」

 その度にヨルとの違いを痛感させられる

 産まれてからずっとここにいる私を誰が待っているというのだバカらしい

「でも、外は見たいんでしょう?」

「っ……」

 ヨルの言葉に私は言葉を失った

 彼女の言う言葉はいつだって正論で

 だからこそ、私はそんな彼女が大嫌いだったのだ

 そんな代わり映えのしない生活を続けていくなかで、その研究施設内でパンデミックが起きたのは、ヨルとそんな話をしてからそれ程時間も経たない頃だった


 鳴り響くサイレンと人の悲鳴

 だけど私のいる部屋には外から鍵がかかっていて出ることすら出来ない

 ああ、このまま死ぬのか、そう、思っていた時だった

 ウィーン、と音がして電子扉が開いたのだ

 そしてそこに立っていたのは

「……ヨル?」

 いつも研究員が着ている白衣に袖を通し、ガスマスクをしているからはっきりと顔は見えなかったがそれは間違いなく彼女だった

「カナタ、これ、付けて」

 ヨルは足早に近付いてくると手に持っていたガスマスクを私に押し付ける

「……え?」

「ガスマスク、あなたの分、ほら、早く」

 状況を理解出来ない私に焦った様子で何とかガスマスクを掴ませる

 普段焦っているところなんて見る機会はほとんどない彼女の焦っている姿は今でも簡単に思い出せる

「わ、分かったけど、これは一体……」

 私はガスマスクを装着しながら聞き返す

「とあるウイルスが施設内で蔓延して……そこまで感染力は高くないけど致死性は高いの、だから早くこれを付けて一緒に逃げましょう」

「わ、わかった……」

 そして私はそのままヨルに連れられてその施設を抜け出した


「ここまで来ればもう大丈夫ね」

 研究施設から少し離れたところでヨルがガスマスクを外す

「……真っ暗じゃん、これが、外?」

 私もそれにならってガスマスクを外すが外、というものが思っていたものと違うことのほうが戸惑いの対象だった

 もっと、こう、明るいものだと思っていたが天高くそびえる天井に沢山の明かりが灯されているだけでこんなに暗いものだとは思っていなかった

「今は夜だからね」

「夜?」

 ヨルの夜、という言葉に反応する

 これが黒い帳を下ろした世界なのか

「そう、夜、夜はね、星と月だけがソラに輝いて、それ以外は全て真っ黒に塗りつぶしてしまうのよ?」

 ヨルは楽しそうにそれだけ言うと人差し指でソラに輝くいくつもの光をなぞる

「ヨル……真っ黒に」

 そんなヨルを見て、私は今までに感じたことのない不思議な感情を覚えた

 後になって知ったことだがあのパンデミックはヨルが起こしたものだった

 元々ヨルが研究員になるかもしれないという話は上層部まで伝搬されておりそれを上手いことヨルが自分に都合のいいように事実をねじ曲げて正式に研究員になるために、それだけのために多数の研究員もモルモット達も殺したのだ

 それを知ったときは背筋がぞわぞわと粟立った

 そしてそれ以上に彼女の異常性に強く惹かれたのだ

 それはおそらくきっと、あの日の夜にヨルにたいして感じた感情と似通ったもので

 思えばあのときから私はヨルのカリスマ性、そして異常に近しいその性格の虜になっていたのだろう

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