「さて、ウミちゃんも目が覚めたことだからこれからの話をしていこうか」
私が目覚めたことをトトちゃんがアカネさんに伝えに行くとすぐにアカネさんは底無しちゃんも連れて部屋を訪れた
そして手近な椅子に腰かけて話を始める
「これから、ですか?」
「ああ、元々ユートピア……月陽の都に関して話をしようとしていたところに襲撃を受けたからね、私の分かる範囲で伝えたい、だが伝える前に……ソラちゃん」
アカネさんはソラちゃんの名前を真剣に呼ぶ
「私……ですか?」
いきなり名指しされたソラちゃんはすこし面食らった様子で自分を指差した
「そう、君だ、これから語ることは君の誰かに弄られた記憶にすら干渉する話になってくる、だからしっかり覚悟して、話を聞いて欲しいんだ」
「……姉が、関係してくる、といことですね」
少しだけ、ソラちゃんの表情が陰る
それもその筈だ、私を最優先に思ってくれたとしても、決してそれはヨルさんを全く忘れて考えることがなくなったわけではない
あくまでヨルさんはソラちゃんにとって大切な家族なのだ
「ああ、元々はそこは濁して伝えるつもりだったのだけれど、今の君たちの顔を見れば……これから先のことを伝えてもちゃんと受け止められるだろうと判断したから、私は話をしよう」
「っウミさん……」
私はソラちゃんの右手をそっと握る
「大丈夫だよ、私が、いるから」
そう、ソラちゃん一人で抱える必要はない
私も一緒に抱えられる
こんなことだけでソラちゃんを勇気付けられるかなんて分からないけれど
それを伝えることしか、今の私には出来ない
「……はい」
だがソラちゃんは一言、それだけ溢して私の手を強く、握り返してくれた
「さて、まずは月陽の都は存在する、これは断言できる」
「っ……!」
ずっと探していたユートピアが実在する
その言葉にどうしようもなく心が浮き足だつ
「ただ、君たちが思っているような場所ではないけどね」
「それは……」
だがアカネさんの表情はあまり優れないものだった
「オメガウイルスに対する抗体なんてものは存在しないし何よりも……現状都には誰も、人一人住んではいない、まぁその点を考えれば確かに感染者はゼロ、といってもいいかもしれないが」
「それは……どういうことですか?」
私は聞き返す
随分と、私の聞いていた話とは違う
「月陽の都は……まだ未完成なんだよ、完全に都が稼動する前に……ユートピアを作っていた張本人が……死んだから」
「だれが……作っていたんですか?」
アカネさんに問いかけながらごくりと口のなかに溜まった唾を飲み下す
こういう時に、名前がよく出てくる人物に心当たりが、あったからだ
「……みんなもよく知っている人、ヨルさんだよ」
「っ……また、私の姉が……」
ヨルさんの名前が出ると私の手を掴んでいるソラちゃんの手に自ずと力が込められる
私はただそれを握り返すことしか出来ない
「ヨルさんは、世界がこうなることを予期していたように私財を投じて都の設立を進めていたが……完成する前、パンデミックの三日前に亡くなったからね、完成には至らなかったんだ、ただほとんど完成間近だという話しは聞いていたからもし君たちがたどり着ければ運営を開始することは可能かもしれないね」
「ということは……」
「そう、月陽の都に君達がたどり着いて、ユートピアを作ればいいんだ、場所は分かっているし既に色々な設備は整っていると聞いている」
「ソラちゃん……やっと、私達ユートピアに……」
やっと、最初は私だけの夢だった、いつしか私達の夢となったそれが形作られていく
「ええ、ここまできてやっと、糸口を見つけられました、しかし……」
ソラちゃんも喜んではくれている、それでもやはり、ソラちゃんはヨルさんのことが引っかかるようで、両手を振って喜ぶことは出来ないようだった
「そう、だね、ヨルさんのことは……」
私達がユートピアに行くとして、その前に、どうにかしないといけないことだ
「先ほど言った通り、ヨルさんのことについても私から話をしたいのだがその前に、月陽の都の位置は私以外にも……ヨルさんと研究を共にしていたヨハネも場所を知っているんだ」
だがアカネさんの次の言葉に私達は息を飲む
「それだと……」
「そう、二人でもしユートピアにたどり着いてもそこに追手が放たれれば、それはユートピアとして稼動しないだろう、だからまずはヨハネをどうにかしないといけない」
やっと希望が見つかった途端にまた次の課題が振ってくる
「……やろうソラちゃん」
誰も何も言えない静寂を破ったのは、私だった
「ウミさん……」
いつも受動的な私のそれが意外だったのかソラちゃんは驚いた様子で私を見やる
「これ以上、誰かを傷つけられるのは我慢できない、だから……ヨハネさん達のことをどうにかしてからまた、ユートピアを目指そう」
そう、これ以上邪魔されないように
これ以上誰も何も失わないように
全てを終わらせてから私達はユートピアの地を踏むのだ
「……その言葉を待っていたんだ、前回は、先手を取られてこちらに酷い被害を被ったわけだけど、それなら今回はこちらから用意して迎え撃とうという話だ」
アカネさんは私の言葉を聞いて嬉しそうに立ち上がると中指でメガネを押し上げた
「迎え撃つんですか?」
アカネさんの好戦的なそれに私は聞き返す
「そう、まずはホシノをどうにかしよう、君たちに執着しているし何より持っている能力が厄介だからね、誘きだして、こちらから討つんだ、そうだな、作戦をこれから立てるとしてもまずウミちゃんの怪我の治療が優先だ、全員が万全な状態になった一ヶ月後に作戦を開始する」
「でも、ユウヒは私達のいる場所を知っていた、また襲撃される可能性は……」
作戦は私に任せてくれ、というアカネさんに私は一番心配な点を伝える
そう、ユウヒは何の迷いもなく私達の元へと現れた
ゾンビに見られたわけではないからホシノが関係しているという可能性もほぼないだろう
「それなら大丈夫、……ここは前の拠点よりもかなり見つかりずらい、そういう場所を選んだからね、それに……中で動いている人物もいるしあっちはあっちで忙しいだろう」
そんな私の心配にたいしてアカネさんはそれだけ言うと、ニヤリと口角を上げた