ダイチと交換した後私は暫く暗闇にゆらゆらと揺られていたがハッと目を開くと瞳に映ったのはまたどこかの天井だった
どことなくアカネさんのシェルターに似ているためあれが全て夢だったのではないかとさえ思った
でもそれが全て現実だったのだと実感するのにそう時間はいらなかった
「ソラ……ちゃん」
もぞもぞと起き上がるとすぐ横に、ソラちゃんが座っていたからだ
左腕と、いつも携帯していた刀の鞘さえも持っていないソラちゃんが
「あ、ウミさん、目が覚めましたか?」
私が目を覚ましたことに気づいたソラちゃんが嬉しそうに笑う
「う、うん、ここは……」
私はきょろきょろと周りを見渡すが確かにアカネさんのラボである地下シェルターに作りこそ似ているものの似ているだけで見覚えはなかった
「アカネさんの別のシェルターです、あそこ以外にも何ヵ所かあるらしくて、本当に用意周到な人ですね」
「……なるほど」
パンデミックが起きる前からすでにシェルターを準備していたような人だ
これぐらいの事前準備をしていたとしても驚かない
「……まず、状況の説明の前に謝らせてください、ごめんなさい」
ソラちゃんは言いながら頭を下げる
「……共食いのことだったら私が――」
「それのことではありません」
私が慌てて弁解しようとするがソラちゃんは食いぎみにそれを否定する
「じゃあ……何の……」
「私が、もういない……死んだ姉に固執しているようにあなたに思わせてしまっていたことです」
「……え」
姉……
そうだ、襲撃を受ける寸前に私はソラちゃんに、子供みたいな我が儘を言ったんだ
「私は、確かに、姉に固執していました、でも今は、何よりも先にあなたのことを考えます、あなたが私をどう思うか、あなただったらこんなときどうしているか、私が感情を揺さぶるとき、それは必ずあなたが何かしら絡んだ時なんです」
忘れてくれていればよかったのに
そう、思ったのに
ソラちゃんが紡ぐ言葉はあまりにも私が望んだ言葉で
「そ、れは……」
視線を反らそうとする私の頬に手を当ててソラちゃんがそれを許さない
「前に思いを伝えたときよりもそれはどんどん形作って膨らんでいって、あなたに怒られた後もどうすればあなたと仲直り出来るかばかり考えていたくらいです、断言します……私にとっては今は……姉より、誰よりも、あなたが、大切なんです」
「ソラちゃ……」
あまりにもそれは
私の望んでいた言葉で、私にはもったいないくらいで、ソラちゃんの名前を呼び返したいのに
詰まって言葉が出てこない
「……あの刀は、姉に貰ったものでした、前までなら誰かに触られることすら憚られたのに、あの時……刀が溶けた時も、ウミさんの手を掴んでいる時に柄を取りこぼしても、姉より先にあなたのことが思い浮かんだ、だから、取り乱さずに済んだんです、そして……」
「っ……!」
突然のことに息を飲む
ソラちゃんはそっと私の手を取るとそのまま引き寄せて優しく、私を抱き締める
「あの窮地を、あなたも失わず、誰も欠けることなく乗り越えられて……本当によかった」
「……私も、私もだよ、ソラちゃん」
泣けないソラちゃんの泣きそうなその声に、私も答えるように背中に手をまわそうとした瞬間
誰かの咳払いが聞こえて慌てて身体を離す
「……あのさ、毎度毎度申し訳ないとは思ってるんだけど、取り込み中ごめんねー」
「と、ととと、トトちゃん!?」
「いえ、どうされました?」
咳払いの聞こえたほうを見ればかなり、居たたまれなさそうな表情を浮かべたトトちゃんがドアの前に立っていた
慌てる私とは違いソラちゃんはごく普通な感じに対応しているのがこう、なんか、余裕を感じて少し癪に触る
「はい、僕ですけど……少しウミの様子が気になったから来ただけだけど……邪魔だったかな?」
「ご、ごめんね!? って、え、あ……何で、歩いて……」
少しずつ冷静さを取り戻して来てふと、気付いた
トトちゃんが松葉杖を付いてはいるものの普通に両足で立っていることに
確か……ユウヒとの戦いで右足を失っていた筈だ
「これ? 一時しのぎの義足だけど……少し時間はかかるけどアカネが僕専用の義足を準備してくれるからそれまでの繋ぎ、あ、ソラの義手も作るって言ってたから暫くは不便だろうけど頑張って」
トトちゃんは言いながら軽く自分の足を叩いてみせる
コンコンッと確かに人間の肌ではない音がして、本人がそれ程気にしていない様子だったことがまだ救われた
そして
「だ、大丈夫! 私が、ソラちゃんの左腕代わりになるから!」
私は言いながら出来る限り優しくソラちゃんの左腕があった場所に手を添えて、そう、言いきった
「う、ウミさん……」
「分かった、分かったから惚気ないでくれる?」
そんな私をトトちゃんははいはい、なんて流しながら生暖かい目を向けてくるがソラちゃんの言葉にすっかりのぼせあがった自信のある私には効かない
「そういえばアカネさんと底無しちゃんは……? 怪我とかしてない……? っていうか私どれくらい寝て……」
だがずっと惚気ているわけにはいかない
私は途中でダイチに代わってしまったからことの顛末を知らない
あとは逃げるだけ、という状態ではあったがもしかしたらその後に何かあったとしてもおかしくない状況であった
「ざっと三日ってところかな、アカネはこの中の誰よりもピンピンしてて、研究資料の整理とか、僕たちの義足なんかを作るためにばたばた忙しそうに走り回ってる、底無しは……昨日目が覚めたけどもとの、正気のない状態に戻ってずっとふんふん歌ってる」
「そっか……よかった」
「いや、あんた全然気付いてないみたいだけど、人間、ゾンビ含めてあんたが一番重傷だからね」
「……え?」
私が一人ほっとしていればトトちゃんが少しイライラした様子でぽんっと言ってのける
私が?
足や腕を失った人よりも重傷……
痛みも特にないのだが
「軽度、中度の筋肉繊維の断裂多数、二度から三度の身体中の火傷、火傷は三度だから痛みがほぼないだけで断裂や裂傷に関してはアカネが鎮痛剤を打ってるだけ、重傷も重傷だからね、少なくとも全治一ヶ月は安静に」
「マジ、ですか……」
トトちゃんの言葉に恐る恐る自分の身体に目を向ければ確かに至るところに包帯が巻かれているしよく見れば点滴の管も刺さっている
起きた時にソラちゃんがいてくれたせいで浮き足だって自分の状態まで気にしていなかったとはいえこれはなかなか酷い状態だ
「ユウヒの異能に生身で突っ込んでったんだから当たり前でしょ、ウミは僕たちと違ってゾンビじゃない、生身の人間なんだから」
トトちゃんは当たり前だろうというようにそれだけ言うと私のおでこを指ではじいた
「見えないと思いますが頬にも、火傷があって……アカネさんが言うには跡が残ってしまうかもしれないと」
ソラちゃんはソラちゃんで私の頬に張られたガーゼにそっと触れて悲しそうにそう、呟いた
「……そっか、でも、少しだけ嬉しい」
「……嬉しい?」
女の子で、顔に傷が残るなんて言われれば基本誰だって悲しみそうなものだけど、私はただ嬉しかった
「そう、今までは、ダイチの力でなんとか役に立てたことはあったけど、今回みたいにダイチの力を借りながらでも自分の行動で、救えた、じゃないけど……皆と一緒に戦えた、これで始めて胸を張ってソラちゃんの横に立てる気がする、まぁソラちゃんが体術とかナイフの使い方教えてくれたお陰なんだけど……皆と戦えた勲章、みたいな?」
言いながら目の前で握りこぶしを作る
ずっと守られるだけだった私がこうして皆の横に立って戦えたということが何よりも嬉しかったのだ
「あんたなぁ……」
「嬉しいのは構いませんが……けっこう感覚ずれてるの理解してますか? 人間の身体は、ゾンビの身体より弱くて、脆くて、壊れやすい、そこんところちゃんと分かってますかー?」
トトちゃんもソラちゃんもそんな私に呆れたような声をあげて、ソラちゃんに関しては火傷をしていないほうの頬をむにっとつねりあげてくる
「いひゃい、いひゃいよソラちゃーん! 私重傷なんだよ!」
「それなら次からこんな大怪我するような無茶は止めてください」
私の抗議にソラちゃんはいたずらっ子みたいな笑顔を浮かべてそう返す
「そ、それは、承知しかねる」
きっと、ユウヒの時のようなことが起きれば私はまた、無茶をしてでも出来ることをしようとするだろう
「ほう……良い度胸ですね、覚悟は出来ていますか?」
「ご、ごめんなさい……」
ソラちゃんのいい笑顔に私はすっと顔を背ける
怖かったというのもあるが
なんだろう……
こんな風にソラちゃんが笑いあうこと自体初めてで、新しいソラちゃんを見れたことがただ嬉しかった
「ははっ! なんだ心配するだけ損したなぁ、ラボ、っていうかシェルターにいた時よりずっと仲良しじゃん!」
「トトちゃんが、笑った……」
トトちゃんはそんな私達を見てブハッと耐えきれないといった様子で吹き出す
トトちゃんが笑うところは、再開してから初めて見たように思う
「何? 僕が笑うのがそんなにおかしい?」
けらけらと笑いながらトトちゃんがそんなことを言うから
「ううん! 全然おかしくない! ね! ソラちゃん」
「……ええ、そうですね、笑っていたほうが、よっぽど可愛いですよ」
私達はただ思ったことを伝えるだけで
耐えきれずに私達も笑った
「僕男なんだけどなぁー、まぁいいんだけど」
こんな風に、笑い会える日が来たことも
皆満身創痍だけどこうして無事にあの窮地を乗り越えられたことがただ嬉しかった