次に光の中に目を凝らしてみれば時代は幼少期から一気に飛んで私が15歳の夏の頃だった
15になるまでの封印されていた記憶を断片的に見るに主にヨルさんとの関係のものが多かった
ヨハネさん、アカネさんの二人と残りの三人の光の使者達とはその後関わることも殆どなかったように思う
光の使者達は予定通り1ヶ月で帰っていったからそれ以上の関わりはなかった、だからホシノは私には気付かなかったのだろう
アカネさんに関してはあの物言いのわりにはたまに様子を見に孤児院を訪ねてきていたがそれも年々少なくなり、ヨハネさんがヨルさんにこの孤児院での研究に関しては全件を預けていたようでヨハネさん本人も多忙なのか訪れることは殆どなかった
あって最初のほうの数年に一、二回とかそのぐらいだ
ソラちゃんに関しては、それからも何度か会うこと自体はあったがある時からめっきりと孤児院に来ることはなくなった
それについてきっと私はヨルさんに聞いた筈なのに、その時のことだけはどうしても思い出せなかった
それがダイチのせいなのか自分自身のせいなのか、そこまではわからない
だがそれを考えている暇もなく記憶は進んでいく
「ウミちゃん、この間の薬飲んでから調子はどう?」
私達がいつものように朝のお祈りが終わり孤児院の廊下を歩いているとふと声をかけられた
「ヨルさん! うーん、少しあれから身体が熱い感じはします」
そちらを振り向けば笑顔のヨルさんが立っていて、私は自分の体調の報告をする
「そっか……それだと、少し効果が強かったかー、ダイチくんはどうかな?」
「……別にふつー」
ダイチは素っ気ない態度でヨルさんのほうを見るでもなく吐き捨てる
「ダイチ!」
私は咎めるようにダイチの名前を呼ぶ
「……少し身体ダルい」
私の反応を見てダイチはしぶしぶといった様子で自身の身体の調子を呟く
「こっちももう少し効力を下げないといけないか……」
ヨルさんは特に気にする様子もなく手に持ったカルテのようなものにすらすらとペンを走らせていく
「ごめんなさい、ダイチこの頃思春期なの」
「姉ちゃん!」
私が笑いながら謝ると横からダイチに怒ったように名前を呼ばれた
あれから私達はここが普通の孤児院ではなく国の研究施設の付属的な立ち位置にあることと研究の内容も軽くではあるが共有する他の孤児達とは少し違うポジションにいるようになっていた
ただ全てを共有しているわけでは勿論ない
分かったのはオメガウイルスというものが元々は難病や大怪我で苦しむ人達の為に作られ始めたもので完成すれば世界初の万能薬にすらなり得る程のポテンシャルを秘めているということ
「思春期かぁ、ソラももうそんな歳だなぁ……あ、今度は少し私の細胞核を減らして……」
ソラちゃんの名前をぽつり、と溢したヨルさんは慌てて気持ちを切り替えるようにまた手元のカルテへ目を落とす
「ヨルさん、絶対にオメガウイルスは完成しますから」
私は言いながらヨルさんの手を取る
「ウミちゃん……」
そして、もうひとつ分かったこと
それは、オメガウイルスの中にはヨルさんの細胞が組み込まれている、ということ
とどのつまりは彼女は研究者でありながら被験者の一人でもあるということだ
ソラちゃんの言っていた人体実験の被験者、という部分も部分的にはこれで間違ってはいないということになる
しかしそれでもソラちゃんから聞いた話と統合性の取れる部分は少ない位だ
そしてそこから推測出来るのは
私がそうであったように内から誰かに記憶を制御されている可能性
私自身まだここまでの記憶でソラちゃんのこととなると曖昧な部分がある
それが私自身のせいでないとすればあの時、私が野盗に襲われて気を失った時に語りかけてきた彼女
彼女は私の中にも、ソラちゃんの中にも、ゾンビと化した皆の中にもいる、そう言っていた
今その条件下で当てはまるのはそう、自身の細胞をオメガウイルスに組み込んでいた彼女、ヨルさんだけだ
まるで画面をロードするように暗くなった視界のなか思考を纏め終えるとそっと、思考のなかに語りかけた
そうですよね、ヨルさん
(久しぶりね、ウミちゃん、ちゃんと私として自覚してくれたのは)
私がそう語りかければあっけないほど簡単に彼女は現れてくれた
あなたは、何でソラちゃんや私の記憶に鍵をかけているんですか?
(それは、あなた達には必要のない記憶だからよ、いずれ、知らなければいけなくなることではあるけれど、今はまだ知らなくていいこと)
そんなことは、知らなくていいことなんて、私達の中にはありませんよ
どんなことだったとしても、私が、私達が受け止めなければいけない事実です
(あなたにとってはそうかもしれないわね、でも……ソラにとってはどうかしら? ソラはこの事実に耐えられる? いいえ耐えられない、ずっとあの子と生きてきた私だから分かる、ソラは……あなたほど強くない、だからあなたにもまだ、教えることは出来ないわ)
ソラちゃんは私よりもずっと、強いです、だから――
(あの子は弱い……! だから、こうなった、こうなってしまったの……ダイチくんの隠していた記憶をこのまま覗くのは構わないけれど、深淵の底を覗くのはまだ早い……もしそれでも見たいと言うのであれば私はここでダイチくんをあなたのなかから消して無理やり現実に押し返すことだって出来るわ、そうすればこの先の見れたであろう記憶にすら触れることはできなくなるし、何よりあなたは二度も弟を殺すことになる、これ以上……私に最低なことをさせないで)
ダイチを消せる
彼女がするとは思えない強い強迫に
その言葉に私は、心のなかの彼女に何も言い返せなくなったしまった
そもそも私は自分の中にいたダイチをダイチだと思っていなかったし、もし本人なのだとしたら何故私のなかにいるのか、それもまだこの先に描かれるであろう記憶として見ていない
何よりも、一度弟を殺しておいてもう一度弟へと突きつけられた銃の引き金を引くことなんて私には……到底無理なことだったから
(お互い……何よりも大切だったものね、たった一人の血の繋がった家族が)
私がヨルさんがそこまでして隠す最奥を覗くのを諦めたと悟るとヨルさんは優しい口調に戻り、私の背中がそっと暖かくなった
まるで後ろから優しく抱き締められたように
大切だった家族
その言葉にはただひたすらにソラちゃんに対する慈愛が込められていた
愛というものは、ここまで人を変え、歪めてしまうものなのか
(いずれ、分かる日が来るわ、あなたにも必ず、今知らなくてよかったと思う日が来る……ほら、早く続きを見に行ったほうがいいんじゃないかしら? この後のことを見れば全てが分かるわ、ヨハネが世界の全てを巻き込んでこんなことを起こした、理由が)
これ以上話すことはない、そういうように彼女は含みを込めてそれだけ言うとそっと私から離れていった
私は、自分で止めることも出来ず、そのまままた、ロードを終えた光のなかへと飲み込まれていった