「ヨハネが、被験者を集めるために作った孤児院……」
私はソラちゃんの言葉を反芻する
「ええ、これであなたの特異体質に関しても府に落ちます、あなたも……何かの実験の被験者です」
ガンっと頭を何か、固いもので殴られたような衝撃に襲われる
確かに、色々とおかしなことのある孤児院ではあった
さっき底無しちゃんと話していたときでさえ食事と一緒に錠剤が出てきていたことを思い出したではないか
そして、私のなかの弟を名乗る人格は必死で私が孤児院にいた頃のことを思い出そうとするのを止める
そしておそらく記憶に蓋がされているから自身に対して行われたであろう実験の詳細が思い出せないのか
(そうだ、おまえは思い出す必要はない、あんなことはなかったんだ、あそこはふつうのちょっと厳格なだけの孤児院だった、それでいいじゃねーか、嫌なことには蓋をして、忘れてしまえばいい、おまえが持っている必要のある記憶は、楽しい記憶だけでいいんだ)
「っ……違う」
「……ウミさん?」
「お姉ちゃん?」
二人の心配そうな声がする
そう、もうそれじゃあダメなのだ
私一人のことじゃない
これからユートピアを目指す三人のことなのだ
嫌な記憶に蓋をして、楽しい記憶だけ覚えているなんて自分にとって都合のいいことを、感化するわけにはいかない
「だからっ……私は記憶の蓋を開ける」
(……後悔しても知らないからな、これから先、その記憶に縛られることになったとしても、それでもおまえは蓋を開けるのか)
うん、開けるよ
私の気持ちにもう、迷いなんてなかった
瞬間目の前で光が弾ける
それが少しずつ自分のなかに収束していき、目の前が真っ暗になった
ソラちゃんと底無しちゃんが私を呼ぶ声だけがた
だ鮮明に聞こえた
「おい、おい起きろよ姉ちゃん」
「ん……」
自分を呼ぶ声に私は目を開ける
「早く起きないとまたシスターにぶたれるぞ」
目の前にいたのは死んだ弟で、まだ幼い頃の見目だった
「わかった、起きるよ……」
私は何も言おうとしていないのに口が勝手に動いて身体も同様に勝手に行動する
目を通して見てこそいれど私が何かに干渉することは出来ないようだった
「ほら早く準備しないと礼拝に間に合わないぞ」
「はーい」
弟にせっつかれて私は朝の身支度を始める
わかった、これは私の記憶だ
蓋をしていた記憶を走馬灯のようになぞっているのだろう
「ウミさん、ダイチさん、いつも遅刻ギリギリですよ、次からは気を付けるように」
二人で駆け足に礼拝堂に入るとシスターから叱責を受ける
「……ごめんなさい」
「わかったら席につきなさい」
泣きそうになりながら謝ると指定された席に着席する
「それでは皆さん、お祈りの時間です」
シスターの言葉を合図に皆が目の前のジャンヌ像らしきものに手を合わせて目を閉じる
きっかり3分が計られた頃にシスターの合図でそれぞれが目を開いていく
「それでは、神からのお恵みの時間です」
シスターの言葉に周りのシスター達もそれぞれが注射器を用意していく
ああ、そうだ
朝の礼拝の後お恵みだと言って毎回注射をされていた
夜の礼拝の後は一日無事に生きながらえたことに対するお礼として献上物として血液採取があった
これと、食事の時に飲まされる薬、それがきっと人体実験の一環だったのだろう
でも、それだけであれば記憶に蓋をする程のことではないように思える
だから、おそらくこの先に何か、ダイチを名乗る人格が私に見せたくないことが待っているということだ
「さて、今日は特別にヨハネ先生の研究所から何人かの子供達がこの孤児院の見学に来てくださっております、いいですか? 彼女たちはこれからの未来を担う存在です、粗相のないように、それでは入ってください」
礼拝と注射が終わるとシスターはそう言ってドアを開けた
おそらく、一番前に立って先導しているのがヨハネで間違いないだろう
普通の一人の女性に見える彼女が、ヨルさんを殺し、ソラちゃんを追い詰め、世界に混乱を招いた張本人だなんていったい誰が思うだろうか
そして先導されながら入ってきた一人の少女に、私は息を飲んだ
漆黒のような黒い髪に黒い瞳
年齢こそ幼いが私が見間違える訳がない
彼女は……ソラちゃんだ