カタカタカタカタカタカタカタ
真っ暗な部屋のなかモニターの光だけが手元を照らす状態で一人の女がひたすらにパソコンのキーボードを叩いていた
「ただいま」
そんな女に部屋に入ってきた黒い服に身を包んだ少女、トトが声をかける
「……」
「ねぇ、た、だ、い、ま」
返ってこない反応に痺れを切らしてトトはキャスターのついた椅子をぐるりと回して自分のほうを向かせると顔を覗き込んで大声で言う
「ん、ああ、お帰り」
女はトトの顔を確認するとやっと現実世界に戻ってきたようで返事を返すとずれたメガネを直した
「何そんなに没頭してるの」
トトは言いながら女の見ていたモニターを覗き込む
そこには沢山の子供の写真が写っていた
「いや、面白いメールを貰ったんだ、ほら、セントジャンヌ孤児院の孤児名簿」
名簿の一番上には国立セントジャンヌ孤児院の名前が入っている
「そんなに面白いもの?」
トトから見ればただの名簿でそんな特別なものには到底見えない
「うん、だってあそこは……まぁでも今生きてる子なんているのかな、あそこが震源地みたいなものだからね」
女は言いながら画面の名簿を指でなぞる
この子は確か医者になりたいと言っていた、とかこの子は本当に活発な少年だったとか、そんなことを言いながら昔を懐かしんで思い出しているようだった
「っていうか誰から送られてきたのこれ」
「知り合いだよ、ただの……でも名簿に丸が付けてあってね、それがなんのマークなのかがわからないんだ」
含みのある言い方で濁すと二つの丸印を指差す
名簿の一人の活発そうな少女と大人しそうな少年に赤く丸が付けてある
「えーっと、ウミ、とダイチ、ね……ん? ウミ……ボクその人知ってるかも」
トトは指差された二人の写真を見て首を傾げる
ウミ、という名前と活発そうなその表情にトトは見覚えがあった
「えっ?」
女は驚いた様子でトトのほうを見る
「いや、ボクがゾンビイーターとしてロロと一緒に戦った相手だよ、途中で様子がおかしくなって……怖かったからよく覚えてる、さっきも会いはしなかったけど相方……元ゾンビイーターのほら、例のソラと会ったから近くにいたんじゃないかな」
トトと対峙したウミは窮地に陥ると性格ががらりとかわり攻撃的になった
それからはトトは防戦一方で実際にロロを補食するまで追い詰められたのだ
「……へぇ、彼女たちが今は一緒にいるのか」
女は感慨深そうにそう呟くと持っていたペンをくるくると指先で回した
「それと、どうもユートピアを目指してるみたい」
「ユートピア……」
ユートピア、という言葉に女の手がピタリと止まる
「ほら、月陽の都だよ、場所の目処をつけてそこを目指して北上してる」
ユートピアを目指して北上しているというのはソラ自身から聞いたことだ
「なるほど、月陽の都か……しかも目処をつけたのが北、ホッカイドウの近辺ね、やっぱり引き寄せられるのかな」
くくくっとくぐもった笑いを溢しながら女が呟く
「何が?」
女の変化に付いていけないトトは痺れを切らして椅子に手をかけるとムッとした様子で聞き返した
そんなトトに女は指を二本立てて見せる
「セントジャンヌ孤児院出身の少女ウミ、あのヨルの妹で元ゾンビイーターのソラ、彼女たちが一緒に行動していること、目指しているのが月陽の都ということ、目処をつけたのが北の地であること、全てだよ、きっと'彼女'が導いているんだろうね」
全てを知る女にとってはこれはもう運命と言ってもいいぐらいのことだった
「彼女って?」
やはり要点を得ない説明にトトは付いていくことが出来ない
「彼女は彼女、それから、これを送ってきた意図もやっとわかった」
言いながら女はまたパソコンの画面を指差す
「意図はなんだったの?」
「助けろ、って言ってるのさ、彼女たちの旅路をね、まぁ私にそんな権利があるのかも分からないが、隠れてばかりではいられなくなったということだよ」
女は言いながら椅子から立ち上がる
ここ最近、いやここ最近どころか世界がこうなってからずっと自身から動くことなくやることはパソコンと向かい合うことか研究するために机に向かうことぐらいだった
だが、今世界は動こうとしている
それならば自分も動く時が来た、ということだ
「でも、外に出たらヨハネに見つかっちゃうよ、アカネ」
女、アカネの言葉にトトはとたんに怯えた様子を見せてアカネに縋る
「そうなったら、迎え撃つさ、元同僚として」
そんなトトの頭を優しく撫でながらアカネは腰のホルスターの銃に触れた