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第40話 気分屋だから

「あーあ、みっともないなー、全く見てられないよ」

 その聞き覚えのある声がしたと思った瞬間

「うわっ!」

 私の頭にナイフを突き付けていたシズクがたくさんの手によって押し飛ばされた

「あなたは……トト?」

 私がゆっくりと手の飛んできたほうを見れば立っていたのは一度は私達の前に敵として立ちふさがった双子のゾンビイーターの片割れ、トトだと思われる人物だった

「なんで疑問系なのさ」

 トトは不服そうにぼやく

「いや、だって……」

 トトである、と断言出来なかったのには理由があった

 黒を基調にした服に変わりはない、だがあの長かった髪の毛がバッサリと切られておりあの時とは違う少しのわんぱくさを見せていたからだ

「あーあ、せっかく助けてあげたのに、助けてあげなければよかったかなー」

 トトはこれ見よがしに恩着せがましく言ってのける

「あ、助けてくれてありがとうございます」

「で、何でこんなところにいるの?」

 私がお礼を言えば以前とは違うあっけらかんとした様子で問いかけてくる

「それはこっちの台詞ですが……まぁユートピアを目指して北上している通り道で強襲を受けまして」

「相変わらずだね」

 簡単に説明すると呆れた様子でトトは首を振る

 彼女は以前はこんなに感情的だったであろうか

「ちょっとちょっと、私を無視して話進めないでー」

 トトの変貌を不思議に思っているとシズクが横やりを入れる

「なんだ、生きてたのか」

「あれぐらいで死ぬと思われてたの? 心外、っていうか君トトだよね、ロロと一緒に死亡したって報告書には上がっていたけど」

 起き上がったシズクはしげしげとトトを観察しながら問いかける

「……僕はトトじゃないけど」

「今さら誤魔化せないよ」

 途端にそっけなくトトは言ってのけるが時既に遅しだ

「……まぁ、色々とあったんだよ」

「オメガウイルスの適合率も君は異能が使える程高くない筈なんだけどな」

「そんなことまで覚えてるの」

 トトはシズクにうげぇと気持ち悪そうにしてみせる

「覚えてるよちゃんと、直轄の部下のことぐらい、さて、任務の勝手な途中放棄に逃亡補助、何か言い訳はあるかな?」

 直轄の部下、その言葉で合点がいった

 シズクの部隊はゾンビイーターの最新改造に力を注いでいた

 その部隊のメンバーであればあの時の異常性すらふに落ちる

「別に、ないけど」

 トトは何も反論することもしない

「そう、脅されてるとかならまだ恩情の処置が取れたけど、じゃあ残念だけどここでその罰は受けてもらおう」

 シズクはやれやれといった様子でまた両手にナイフを構える

「仕方ない……ボクが生きてることが広まればボクの安泰な生活もなくなっちゃうから、共闘といこうか」

 トトは自身の異能で生えた腕を器用に動かしながら私の横に立つ

「……ええ、わかりました」

 ここで過去の因縁云々などと言っている場合ではないことは流石の私でも理解できる

 私も刀を、シズクにむかって構えた

「二人がかりでかかれば、倒せると思ってる? 腑抜けた元ゾンビイーターと二人揃っても駒にしかなれない双子の片割れで」

 シズクはそんな私達を見て小馬鹿にしたように鼻で笑う

「……前のボクとは違うから、多分、勝てるよ」

 トトの言葉と一緒にこの間とは比べ物にならない量の腕がシズクを襲う

「っ! なにこの質量は!」

 シズクは腕をナイフで捌こうとするが量の多さに何本かの腕を捌ききれずに身体を床に固定される

「ボクが押さえるから、とっととその刀で切っちゃってよ」

「ええ」

 かったるそうに言うトトの言葉に私は距離を詰めると刀を振り上げた

「くっ!」

「シズク、あなたの異能はバレてしまえば殆どなんの効力も持たない、ゾンビ討伐時にもその卓越したナイフ技術で戦いハイスコアラーまで上り詰めました、実際感服します、そして……確かに私は腑抜けたかもしれない、それでも、負けるわけにはいかない」

 私はそのまま刃を振り下ろそうとする

 その時、シズクが軽く笑った

「バレてしまえば終わりな異能、ねぇ、その考えが根本的に間違っている、とは思わなかった?」

「なっ……!」

 言葉を残してシズクは猫に成り代わり腕での拘束をするりと抜ける

「誰も人間にしか擬態出来ないなんて言ってない」

 トトトっと私から距離を取り猫の姿のままそう言うとさらに微細な、見えない何かに擬態して姿を消してシズクはつづけた

「万物の姿を模せるからこそその名を千変万化、というんだよ」

「トト! 後ろです!」

 じわじわと溶けていく擬態

 姿を現したのはトトのすぐ後ろだった

「分かってるよっ……!」

「反応が、少し遅いかな」

 トトが振り向くより先に、シズクのナイフが届く

 そう、思った瞬間だった

「腕が前にしか出せないなんて言ったかな?」

 トトの異能の腕が地面から現れてまたシズクを拘束する

「足裏からも手が出せるのかっ……」

 シズクが苦虫を噛み潰したように言う

「細かいことを言えば、全身から、だけどね」

 つまりのところは奇策

 トトは足の裏から手を生やして地面を掘って進みシズクを捕らえたのだ

「もらった……!」

 取り押さえられたシズクがまた別の何かに成り代わるよりも先に上を取ると首筋に刃をあてがった

「くそっ……」

「これで、終わりですね」

「あーあ、しくじった、腑抜けと片割れごときにやられるなんて、さぁ煮るなり焼くなりお好きにどうぞ」

 シズクはさぞ悔しいというようにそう言ったが感情は全然こもっていないように見えた

 そこで今日、シズクと出会ってからの違和感の正体がやっとわかった

「……あなた、わざと手加減していましたね」

「なんで?」

 私が詰め寄ればシラを切るようにそれだけ答える

「普段だったら自分からあえて強みを明かしたり、煽ったりなんてしませんよねあなた」

「……たまにはしてみたくなっただけかもよ私気分屋だし」

「……」

 黙ってシズクを見つめる

 嫌でも長い付き合いだ、気分屋なのは確かだが自分に不利益の出るような行動はしない

 いつだって出世を目指して適度に人をからかう気分屋だった

 だから私はよくからかわれたし得意なほうではないが決して悪人に振り切った人物なのかというとそうでもなかった

 ちゃんとゾンビイーターの役割をこなす珍しいタイプのゾンビイーターだった

 私の視線に耐えかねたのかシズクはため息を吐くと両手を頭の上に投げ出して話し出した

「……ああ降参降参、もうね、どうでもいいの、全てが面倒になっただけで、こんなぐだぐだしたことに付き合ってられないから一抜けたってやつ? ずっと地位を追い続けて、見つけたものが余りにもくだらなかったから……なんか急激に疲れたっていうか、見ててみ、これからこの世界は変わる、悪いほうに、その時今死ぬ私がきっと羨ましくなるよ、それともまさか、殺さないなんて言わないでしょ?」

「……あなたの考えていることは昔からわかりません」

 私は語りかけながらシズクの首筋から刃をどかす

 そして

「殺さない、なんて言いませんよ、ウミさんを守ることが最優先ですから」

 迷うことなくシズクの首に刃を振り下ろした

 動くことのなくなったシズクからゆっくりと退く

 苦手な人ではあったが決して嫌いな人ではなかった

 そんな相手を殺したのに、そんなに自分の感情は揺れることもなく、まるでウミさんに会う昔の自分みたいな気分だった

 まぁ、明確に、会う前の自分とは変わっているのだが

「さて、これで貸しは返したボクはもう行く」

 トトは結末を見届けていたがシズクが動かなくなったのを見てから歩き出した

「あなたは……何故ここに?」

 トトの後ろ姿に声をかける

 そもそも何故、トトがこの場所にいたのか、それだけが気になった 

「さぁ……ただ、生まれた土地に帰っただけだよ、ロロと一緒にね」

 トトは振り返ることなくぽつりとそれだけ言うと曲がり角を曲がって消えていった

「違う……ウミさんを探さないと!」

 トトが消え思考を再開したことで私は慌ててウミさんと底無しが消えていった通路を駆け出した

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