階段を下りた先にあったのは昔は賑わっていたであろう名残のある閑散としたシャッター街だった
下りたシャッターも経年劣化が激しく所々破損していたり錆び付いたりしている
沢山の人が行き交っていた道も今では唸り声をあげるゾンビが徘徊するだけだ
「……思っていたよりはゾンビの数は少ないですね、これならあまり危険もなく通り抜けれるかもしれません」
階段から身を乗り出して状況を確認したソラちゃんは自身の刀に手を掛ける
それを見て私もバールを持っている手に力を込める
「この道を突っ切った後に右の通路に入ります、ついてきてください!」
ソラちゃんの言葉を合図に二人で駆け出す
「ぐぅぁあ……!」
床に転がる剥がれたタイルを蹴る音に反応してゾンビ達が一斉にこちらを振り返る
ソラちゃんは刀を抜く勢いで一体目のゾンビの首を跳ねた
やはりその一閃に迷いはなく返すその手でもう一体のゾンビを切りとばす
「ぐるぅ……ぁぁ」
駆け抜ける私達の横から破壊されたシャッターを超えて一体のゾンビが現れる
「ウミさん!」
「大丈夫っ!!」
私は叫びながらバールを思い切りゾンビの頭に叩き込む
「ゔっ……」
びちゃりと飛び散る脳髄に嗚咽しながらも走るのを止めない
以前、ソラちゃんと出会った時のゾンビにはバールの一撃すら通らなかったがそれは適合率が高かったからだとソラちゃんから説明を受けた
だから、普通のゾンビであればバールでも頭を割れる
そう聞いたのだ
だから試した
「曲がったら一度シャッターの中に隠れ――」
ソラちゃんに先導されながら右に曲がろうとしたその瞬間だった
「お腹空いた、お腹っ空いたなぁー」
間の抜けた、音の外れた歌のようなものが微かに聞こえてきた
「え、ちょっ、んぐ!!」
それを聞いた瞬間ソラちゃんは私の口を手で塞いで無理やり抱えると方向転換して左の通路を駆け出した
「絶対に声を漏らさず、右ではなく左に行きます」
ソラちゃんは小声で端的にそれだけ言うと速度をあげる
しかし
「見ーつけたー!!」
この道はT字路
右に曲がらず左に曲がったとしてもいずれ右から誰かが現れれば隠れられるところは皆無だ
見つかるのも時間の問題だった
「くっ……先に行ってください!! 振り向かず、全力で走って! 底無しです!!」
抱えていた私を話すと転けそうな勢いで私の背中をソラちゃんは押すと叫んだ
「……っ!!」
底無し
遭遇してしまえば最後だとソラちゃんが言っていたゾンビイーター
誰もが順序で言えば次に出会うのはハイスコアラーだと思うだろう
いきなりこんなジョーカーを切られるなんて誰が想像しようか
「早く逃げ……」
逃げようとする私をかばうように立ちながら刀を構えるソラちゃんの声をまた、聞き覚えのある声が遮った
「そうはいかないんだなぁ」
突然、本当に突然だった
何もいなかった筈の目の前にホシノが一瞬で現れると私のリュックを掴んで底無しのほうに投げた
「ぐっ……」
投げ飛ばされた先で尻餅をつき痛みに声が漏れる
「ホシノ……っ!」
一瞬振り返ってホシノを確認するとホシノは無視して私のほうへ来ようとしたソラちゃんの襟首を掴んで無理やり自身のほうへ引き倒した
「それじゃあ、お願いしまーす」
私達二人が分断された瞬間、ホシノが何かに合図を送る
その合図にあわせてゴゴゴゴゴゴと地面を揺らす程の轟音が響き渡る
「え、なんの、音……」
慌てて周りを見渡すが何も目に見える異変は起きていない
「これは……水の音です! ウミさん! 離れずにっ……」
ソラちゃんはホシノを無視してなんとか私の手を取ろうと思い切り腕を伸ばした
「一手、遅いんだなぁ」
「ソラちゃん!!」
しかし、T字路の先ほど私達が通ってきた道から勢いよく流れてくる水に押し流されて右と左にそれぞれ流されていく
「いいですか! 底無しとは絶対に戦ってはいけません!! 何も考えず逃げることに集中してくださ――」
最後にソラちゃんが叫んだ言葉の最後のほうは水に飲み込まれてソラちゃんと共に消えていった
「げほっ! ごほっ!!」
かなりの距離流されたような気がする
飲み込んでしまった水を咳と一緒に吐き出しながら息を整える
「んー、お姉ちゃんはー、食べていいほう?」
だが後ろから聞こえた幼いその声に慌てて振り返り勢いよく距離を取る
「食べ……」
(いいですか! 底無しとは絶対に戦ってはいけません!! 何も考えず逃げることに集中してくださ――)
明らかに見ただけで様子がおかしいのはわかる
それでも反射で返事を返そうとして、ソラちゃんの言葉を思い出した
「っ!!」
私は底無しに背を向けると一目散に駆け出した
「あれ? 逃げるのー、おいかけっこだ! 負けないよ! 捕まったら、食べられちゃうかも?」
後ろから聞こえる、抑揚のおかしいその声に一抹の恐怖を覚えながらそれを振り切るようにがむしゃらに走った