「この辺りも、昔は全然違ったのでしょうね」
トウキョウを出て暫く
トーホクのなかでも恐らく田舎に該当するであろう場所まで進んできていた
田舎に向かって進むにつれて周りの風景は変わっていきビルの瓦礫だらけの景色から崩れた家屋、伸び放題に伸びた雑草や蔦に木、など自然的なものが増えてくる
「うん……私がもともと住んでた場所もきっと今では……でもきっとトウキョウとか都会よりはましなのかな、元々田舎だったし」
話の流れで自分の住んでいた地域のことを思い出す
あの頃は、あまりいい思い出がないように思う
だから普段は蓋をして、思い出さないようにしていることだ
それに思い出そうとするとどうしても頭が痛くなる
「……私の居た場所も田舎でしたからトウキョウよりは風化もましでしょう、ここら一帯もトウキョウよりはましですし、ほとんどが緑に侵食されてはいますが」
ソラちゃんは言いながら荒れに荒れた家屋の影からゾンビがいないか確認するように辺りを警戒する
「そういえばソラちゃんはどこに住んでたの?」
単純な疑問
ゾンビイーターになる前か、はたまたなったあとなのか、ソラちゃんは幼少の頃を一体どこでどんな風に過ごしていたのだろうか
「……ホッカイドウですね、たまたまですが今の目的地と同じ県です」
「えっ! ソラちゃんもホッカイドウに住んでたの? 私も実はホッカイドウにいたんだよ」
驚いて私は声をあげる
ニホンとしてこの国がまだ機能していた頃からこの国は四十八の分布に分けられている
そんななかたまたまソラちゃんも同郷だったと知ると少しの親近感を覚えた
もしかしたらどこかですれ違ったことすらあるかもしれない
「奇遇ですね」
ソラちゃんでも流石に驚いたのか少し眉を上げた
「そうだねー、本当に奇遇、二人とも同じところに元々住んでて今目指してるのもホッカイドウ……そういえば、パンデミックが最初に起きたのもホッカイドウだ」
話していて思い出したことだがパンデミックの発生した場所は人の集まる三代都市ではなくホッカイドウだった
そんなに人口の多くないホッカイドウから感染者が出るとパンデミックを防ぐ為にホッカイドウの封鎖が行われようとしたがそのかいむなしくオメガウイルスはあれよあれよという間に拡大していったのだ
「確かに……ここまで来るともう運命というよりは必然と言ったほうが正しい気さえしてしまいます」
ソラちゃんがふと呟いたその言葉に私は少し背筋を寒くした
もし、これが何か意図して起こったことだったのだとしたらこの状況すら操られているものなのじゃないかと深読みしすぎた結果だ
私はそんな考えを捨てるように頭をブンブン横に振ってから話題を反らすべく口を開いた
「……思ったんだけどさ、私達ってお互いのこと、全然知らないよね、けっこうずっと一緒にいるけどソラちゃんも私も自分のことをあまり話さないから、住んでた場所さえ知らなかった」
私達はそれぞれ秘密にしなければいけないことがあって、今だってどちらも心の奥ではきっと隠し事をしている
だからこそ、自分達の境遇しかり何も話すことをしてこなかった
だが今なら、少しは踏み込んだ話も出来るのではないだろうか
「……また、話せばいいですよ、ユートピアを目指す旅はまだ永い、その間にいつだって話せます、私はもう……あなたに隠しておこうなんてことはありませんから、求められれば答えます」
ソラちゃんは一件クールで感情を隠すのが得意なようで実はよく見ていると微かに表情に出る
だからこそもう隠し事がないと言いながらもまだ何か隠していることは簡単に見てとれた
「じゃあ歩きながら聞く!」
だけどそこに踏み込む勇気のない私は気付いてないふりをして明るく手を上げてみせる
「いきなりですね……」
「まず、何歳ですかっ!」
そう、私達は互いの年齢すら、知らなかった
「享年17歳です」
「享年って言い方……まぁいいけど、17歳かぁ、年下だったんだね!私は19だから」
即答された返答に私は苦笑いをする
本気で言っているのか冗談交じりにそう言ったのかがわかりかねるからだ
「冗談ですよ」
冗談と言われて肩を落とす
あまりにブラックジョークが効きすぎていて心臓に悪いからやめてほしい
「あと、付け足しておきますが身体の年齢が17歳なのであってゾンビになった後の年数を加えれば私のほうが年上ですよ」
「あ、そうか、そうだよね……」
ソラちゃんはゾンビになった時点で身体の時は止まっている
だからこそ見目は17だが実際の年齢はもっと上
どうりでこの見目に似つかわしくない大人っぽさがある筈だ
「それにしても、失礼ながらウミさんはもう少し幼いと思っていました」
「ああ、昔から子供っぽいってよく言われたからなぁ」
よくあなたももう子供じゃないんだから落ち着きなさい、なんて言われたものだ
「じゃあ次! 趣味は? 好きな食べ物は?」
「あの……お見合いでもしてるわけじゃないんですよ」
私が畳み掛けるとソラちゃんは私を手で制止ながら呆れた様子をみせる
「でも聞いていいって言ったから 」
「良いとは言いましたが内容がすっかすかじゃないですか」
ソラちゃんは、もっと踏み込んだことを聞かれると思っていたのだろうか
確かに踏み込んで聞きたいことは沢山ある
でもいきなりそんなことを聞くことは流石に出来ないからこうして身の回りのことから聞くことにしたのだ
それに……
「そりゃ好きな人のことは色々知っておきた……い、から……あっ」
私は慌てて口を塞ぐ
つい、思っていたことが口から飛び出してしまった
「……」
無言でこちらを見るソラちゃんと目が合うと一気に冷や汗が溢れてくる
「ち、違う! 違うからっ! 友人とか、そういう意味での好きだから!!」
「まぁ、どちらで構いませんけどそれほど動揺されれば逆に怪しいですよ、というか……まぁ、いいですか」
私の必死の弁明を軽く流しながら何か言おうとしたがソラちゃんはそれを止めて私に向けていた視線を前に戻した
「……はしゃぎすぎました、ごめんなさい」
居たたまれなくなって謝るとソラちゃんからため息が漏れた
「……趣味は絵を描くこと、好きだった食べ物は甘いものです、これでいいですか?」
「あ、はい……」
事務的に答えられた返答に私ははしゃいでいた心を少ししぼませながら一言だけ返す
「……聞いたあなたも答えるべきでは?」
あからさまに落ち込んだ私に呆れた様子で会話のキャッチボールを続けてくれた
「あ、うん……趣味は、読書と歌を歌うこと、好きな食べ物は前も話したけど桃の缶詰め」
昔から、生の桃よりも砂糖漬けにされた桃缶が好きだった
生の桃なんてそうそう食べる機会がなかったこともあるが桃缶がデザートに出ることはたまにあって張り出された献立表に桃缶が書いてあるとその日は1日夕食が楽しみだった
「それにしても、きっと世界がこんな風にならなければ私達が出会うこともなかったのかと思うと、少し面白いですね、なんの接点もない二人がこうして旅をしているなんていうのもまた数奇的です」
全くもって、その通りだと思う
私達の性格は全然違って
同じ場所に住んでいても、どこかで出会っていても仲良くなんてならなかっただろう
「そうだね、きっと、すれ違ってもこうして話すことすらなかった、一緒に笑い合えることも」
「待ってください、記憶をねつ造しないで貰えますか、笑い合った記憶は無いです」
私が懐旧していると速攻でソラちゃんから突っ込みが入った
「……そこ否定しなくても」
少しくらい美化した過去に思いを巡らせてくれてもいいじゃないかと抗議の声をあげる
「実際に無いことは無いことですから」
「……そうかなー」
でも無いとは言いきれないのではないだろうか
いつかの時、ソラちゃんは少しだけど笑顔を浮かべたと私は思っている
「……」
「あ、いや、ごめん、調子乗りました」
これ以上藪をつつけば蛇に噛まれると察して速攻で謝る
「……ここから先に進むのであれば、この地下駅街に入るのが一番近道ですかね」
「でもこういう人の集まる場所だった所にはゾンビイも多いよ……」
ソラちゃんの言葉からこの団らんとした会話は終わりなのだと察して私も返事を返す
ゾンビの多い場所を通ればそれだけホシノの目に止まることが多くなるということだ
それは、あまりにも危険なのではないだろうか
「ホシノの目にとまることは多くなるでしょうが、ホシノが見ていると想定した場合この地下駅に敢えて入ることでどの出口を使うか、という錯乱になると思いませんか? 私達の足取りからしても北を目指しているのはバレていますから地上でゾンビと相対するよりもマシになるかもしれません」
「なるほど……」
ソラちゃんの言うことは確かに一理ある
だがその分ゾンビとの戦闘が増えて危険が増すというデメリットもある
「ですが確かにゾンビが多いのは事実ですから出来る限り怪我などしないようには気を付けましょう、しっかりバールを持って、いつでもナイフを抜けるように……いいですね?」
そんな私の考えは既にお見通しだったようで背中側のベルトに通して隠したサバイバルナイフにソラちゃんが触れる
「……うん、わかった」
戦闘面において頼ってもらえるのは嬉しかった
しかし、その分プレッシャーもまた多い
ソラちゃんはこんなプレッシャーのなか戦い続けてきたのかと思うと今までぐうたらと助けられていただけの自分が情けなくなる
私は戦う決意をして手をナイフの柄にそえるとソラちゃんに続いて階段を下りていった