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第32話 変わらないでいてほしい

「ま、待って……どうしたの急に」

 慌てるウミさんに説明するために口を開く

 どう話すかは今日の夜のうちに既に考えていた

「……これから先、何がどうなるかわかりません、もしもの時に私がいなくても自分で対処できなければ命が守れませんから……ダイチくんは頭の回転が早いですから戦闘面は彼に頼る、そうも考えたのですが彼は言葉を選ばないどころか相手の神経を逆撫でする上に……いえこの後は言う必要のないことです」

 考え方が余りにもソラちゃんに傾倒しており危険が伴う、それは私から伝えるべきことではない

「ということでダイチくんに頼らずともある程度動けるようになりましょう、出来ますか?」

 私は話を剃らすように問いかけた

「……うん!」

 動揺しながらも戦闘面において私が初めてウミさんを頼ったことが嬉しかったのか目をキラキラさせながら頷くウミさんを見て少しの罪悪感に苛まれるがそれを表情に出すことはしない

「もちろん1日で完璧になれとは言いません、こうして時間が取れた時にでもたまに訓練していきましょうか」

 私がもし、物言わないゾンビと化して彼女を守れなくなるその時までに間に合うように

「まず、ゾンビの急所、殺すには頭部の破壊か首の切断、後は身体の修復不能な程のダメージの蓄積です、ゾンビイーターでもそれは変わりません」

 言いながら頭、首、身体と指差し確認をしていく

「隙があればいつだって狙うのは」

 そして

「頭です」

 最後にもう一度自分の頭を指差す

「頭……」

「躊躇してはいけませんよ」

 少し顔を青ざめさせた彼女に釘を刺すようにそう続けた

「っ……」

 心中を言い当てられたようでウミさんは少し動揺する

「ナイフを振り抜くときは躊躇わず、一気に、そうしなければ切れるものも切れません」

 彼女はよくも悪くも優しい

 だから相手が普通のゾンビではなく言葉を発するゾンビイーターであればもしもの時に必ず躊躇うだろう

 だからこうして釘を刺したのだ

「首の骨はナイフでは裁ち切れないですからしっかり頭部を狙うんです、脳へのダメージを与えるために、そうすれば必ず動きが怯む」

 ウミさんの手を取ってウミさんが手に持ったナイフを私の頭にそっと宛がう

「……」

 実際にその時が来た時出来る限りの躊躇いを殺すために

「その隙に、さらに頭にナイフを叩き込んで殺す」

「相手に隙がなければナイフは抜かず、近距離まで迫られてから」

 今度はナイフを自身の手首に持っていく

「取り出して手首や足首を狙いましょう」

 切れない程度にぐっと押し当てて続ける

「身体に攻撃しても痛みを感じないゾンビは怯みませんから手首、足首などを、欲を言えば切り落とし、もしくは動かすことが不能な状態にしたいですね」

 淡々と説明されるウミさんの表情は芳しくない

「後は、筋力、力の必要のない護身術なども何個か覚えておきましょう」

 そんなウミさんを見て耐えきれなくなり私はウミさんの手を離して話を反らした

「私運動得意じゃないから難しそうだけど、もっと前からしておけばよかったね」

 私の優しい彼女にそんなことをさせるという罪悪感を心理としては感じ取ったのか、ウミさんはそう言いながら笑顔を浮かべた

「……仕方ありません、こんな状態になるなんて誰も予想は出来ませんから、私も……ずっとあなたを近くで守れたなら」

 だがゾンビを補食する以上はいつ何があるか分からない

 ゾンビイーターの追っ手が苛烈になるからなど建前でしかなく本音を言えば私がそうなっても少しでもウミさんが一人で生きていけるように、という気持ちから今回の戦闘の手解きをしようという案に至ったのだ

「え? ごめん最後のほう聞こえかなった、何したなら……?」

 尻すぼみに小さくなっていった言葉はウミさんの耳には入らなかったようで私はそれで良いと思った

 聞かれていれば覚悟が鈍るしウミさんは敏いからきっと気付いてしまうから

「特にたいしたことは言っていませんから大丈夫です」

 私は普段と変わらないよう取り繕ってそれだけ返す

「ソラちゃん……?」

 不思議そうに首をかしげる彼女を見て暖かい気持ちが心の中に滲み出す

 ゾンビイーターとして死んだ私がこうして思考や感情を少しずつでも取り戻しているのはウミさんのおかげだ

「あなたは……変わらないでくださいね」

 珍しく、そっと自分からウミさんの頬に触れた

「あんなに変われって言ってたのソラちゃんなのに」

 触れられたのが嬉しかったのか

 私の言ったことがおかしかったのか

 ウミさんはぽやぽやした笑顔を浮かべる

「……そうでした、変わっていかなければいけませんが……根本の部分はずっと、そのままでいて欲しい、夜を照らす私の……月」

 ウミさんの額にそっと私の額を押し当てる

 温度など感じれない私だが

 今は人の温もりが懐かしくなってしまったのだ

 ウミさんの為とは言えよりゾンビに近付くことが怖くないわけではない

「ソ、ラちゃん……」

 私の行動に少し慌てた様子で頬を赤らめる彼女を見て満足するとゆっくり額を離すと

「あ、そうでした、これも重要なことですが、トトの件、彼女は異能を使っている時に痛がりました、それと同様、強く異能を発現させた時に痛覚が戻る時がある、その時は例外的に身体を狙うのもいいでしょう」

 そして話を反らすようにまた一つ、ゾンビの生態を説明した

「あとは、危ない、もしくは好機だと思ったら迷わず銃を使う、それだけは忘れずに」

 言いながらウミさんが銃をしまうズボンのポケットを叩く

 もしその時の相手が……私だったとしても

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