「おはようソラちゃん」
朝、いつものように目を覚ますとテントの外にいるソラちゃんに声をかけた
「おはようございます」
何だろう、ふとこちらを振り向いたソラちゃんの顔色が、いつだって白いその肌が、いつもよりも土気色に近いというか悪い気がした
「今日は行動する前に少し話をしましょうか」
だがそれを指摘する前にソラちゃんは焚き火の前に座ると私にも座るように促した
「どうしたの?」
私は聞くことも出来ずにソラちゃんの横に座る
「いえ、これからの追っ手はより苛烈になるでしょう、ですから私が知っている分だけでもより相対した時に危険度の高いゾンビイーターの異能と特徴をお話しておこうかと」
もう、異能に関して隠す必要もなくなりましたから
ソラちゃんはそう付け加えるとまた口を開いた
「まずは、当たり前ですがホシノです、ああなった以上彼女は死ぬ気で私達……あなたを探すでしょう」
私が沈んでいる間にダイチがホシノに言った言葉
ソラちゃんから聞いた限りではそれは余りにも相手の心をかきみだす言葉で
そんなことをされれば誰だって腹を立てるだろうというものだった
「彼女が私を追う筆頭なのは彼女が私を憎んでいるから、というのも勿論ありますがその最たる理由は持っている異能によるものが大きいです」
「異能……」
ポツリとソラちゃんの言葉を反復する
ソラちゃんが使った異能、白冷夜行はそれだけで戦況をがらりと覆す程に強力なもので、他のゾンビイーターもそれを持っているとなれば寒気が背筋を走る
「ホシノも勿論適合率は50パーセントを越えていて適合率自体もゾンビイーターの上位に入ります、そんな彼女の異能は【脳喰】自身よりも下位のゾンビを操ることが出来るというものです、視覚を奪うことも可能、その能力を使って私の場所を特定していました」
彼女が強襲をかけてきた時は大抵取り巻きにゾンビを連れていた
だからこそその異能はしっくり来るものではあった
しかし一点においてあまりにも現実的ではないことが含まれていてつい私は身を乗り出して聞き返していた
「ま、待ってよ! 視界を奪えるからってゾンビ達は無数にいる、例え何人も一気に奪えても途方もないんじゃないの……?」
そう、オメガウイルスによるパンデミックでゾンビ化したのは世界の人口の半数をゆうに越える
そんなゾンビの視界を奪ったところで例えば、一気に10体とかそんな大人数の視界を奪えても何千、何万どころではないゾンビ達の視界のなかからソラちゃんを見つけるなど不可能に近い
「聞いた話ですが、ホシノは一度私を見つけた場所の近辺に絞って夜通しすぺてのゾンビの視界を奪い続けて見つけると急襲する、ということを続けているのだと言っていました」
「っ……」
ごくりと喉を鳴らす
確かに一度目撃した場所から考察していけばかなり絞れるだろう
だがそれよりも、眠る必要のない身体といえど夜通し探し続けるという執念に一種の異常性を感じ得ない
「次に、敵になることはないと思いますがカナタですね」
「カナタさんか……」
ゾンビイーターでありながらソラちゃんの逃亡に加担する人物
あれだけ戦えるソラちゃんが対敵することを渋った相手だ
「適合率は私よりも高く、持っている異能は五感を強化する、というものだと本人が言っていました、本人が詳しくは語ろうとしないのであまり分かることは多くありませんがもし敵になればそう簡単に勝てる相手ではない、というのは一緒にゾンビイーターの活動をしていた私がよく知っています」
五感の強化
それが彼女の能力なのであれば鼻がいいからソラちゃんの場所がわかると言っていたことにも頷ける
「あと厄介なのは……四人、ゾンビイーターとしての功績からハイスコアラーと呼ばれている人達です」
ゲームで高い点数を目指す人達の総称、ハイスコアラー、なんて呼び名を名目上とはいえゾンビ討伐という任務にあたっているゾンビイーターにつけるのは余りにもブラックジョークがすぎる気がする
「まずはシズク、彼女の異能は【千変万化】身体の細胞を変化させて別の人間や生き物に成り代わります、ゾンビにたいしては何の役にもたたない異能ですが対人においては強い、考え方もころころと変わる変人ですから気をつけてください」
ソラちゃんは人差し指を立てて一人目の説明をする
ソラちゃんのあまり変わらない表情もこれだけ一緒にいると少しずつ変化がわかるようになってくるもので恐らくだがシズクという人物をソラちゃんはあまり好んでいないのだろうというのが見て取れた
「次はヤマト、【一意専心】言葉の通り一定のタメが必要ですが能力は単純、タメた後にすべての力を放出します、その拳は地面も砕く、タフですので力業でどうにかしようと思うのは避けたほうが無難です、ただ情に脆い人なので泣き落としとか最悪聞効くかもしれないですね」
二本目の指を立ててそう語るソラちゃんを見て泣き落としが効くかもしれないゾンビイーターというのはソラちゃんの冗談かとも思ったがどうもそういうわけではなさそうだ
ソラちゃんは三本目の指を立てて続ける
「そしてフーカ、彼女は【以心伝心】粘着質の粘液を身体から放出します、蜘蛛の糸……に近いと形容すればいいでしょうか、けっこう自由な人ですね、ウミさんが会ったら振り回されるのが容易に想像できます……いや、逆に気が合うかもしれませんね」
「……」
なんか、軽くバカにされたということは理解出来た
少し怒った表情を浮かべてみたものの気にすることなくソラちゃんは四本目の指を立てた
「最後に、ユウヒ……申し訳ありませんが彼女について何も語れません」
ソラちゃんは渋い顔をしてそれだけ言った
「……どうして?」
ホシノ、カナタさんしかり他の三人については詳細な情報を持っていた
ということはゾンビイーターのなかでは能力などそれを共有するものなのだと思っていたがどうやらそうでもないらしいのかと不思議に思って聞き返すがソラちゃんの反応は芳しくない
「……わからないんです、何を考えているのかも能力も、一緒の任務でも見た限り能力は使わず、思考がゾンビに近いのか多くを語ることもしない」
ソラちゃんはこの話はそれで終わり、というように手をパンッと叩くと真剣な表情を浮かべてこちらを見た
「これでハイスコアラーは終わりですが最後に一人、絶対に会ってはいけない人がいます」
「会っては……いけない」
「……底無し、という少女です、間の抜けた歌が聞こえてきたら何も考えずただ逃げてください、もし対敵してしまってもその幼い見た目に絶対に惑わされないでください、一瞬でも気を抜けば……二人とも死にます」
「死……」
死ぬという言葉に息を飲む
二人、つまりはソラちゃんがいたとしても必ず負けて死ぬような相手
そんな相手が敵側にいるのだと思うと脂汗が浮かんでくる
「それだけ危険な人物なんです、まぁ相手からしてもかなりリスキーですから出してくることはない、と思いたいですが」
「そんなに危険な相手なの……?」
恐る恐る聞き返すとソラちゃんは自嘲敵な表情を浮かべて口を開いた
「……オメガウイルスが生んだ化物、正真正銘のゾンビイーターですよ」
そこから先を待ってみてもソラちゃんは何も言うことはなく自身のポーチから物を取り出した
「話し込んでしまいましたね、ウミさん、これを」
そしてそれを私に差し出す
「え、これって……ナイフ」
私は受け取るとそれをまじまじと観察する
それはそれなりのサイズ感のナイフだった
「サバイバルナイフです、これから先リーチが長い打撃武器としては有用ですが攻撃力の低いバールだけでは心もとないですが銃はもしもの時のためにとっておきたいですから、近距離で殺傷能力の高い斬撃武器も持っておいたほうがいいと思いまして」
「で、でもこんなの使え……」
受け取ったはいいが私はナイフなんてそれこそパンデミック前に学校の工作なんかで数回使ったことがある程度だ
「大丈夫です、一通り動きは教えますから」
ソラちゃんは言いながらたちあがる
「……え?」
私もどぎまぎしながらもあわせて立ち上がる
「刃物です、危ないですからちゃんと持っていてくださいね」
そしてソラちゃんは何となくで持っていた私のナイフの持ち方を直した