ああ、また、沈んでいる
ここに堕ちてきたのはトトの時以来だ
今、外はどうなっているだろうか
きっとまたあの子がどうにかしてくれているとは思うけど、やはり私一人の力では何も出来ないというそのことがどうしようもなく憂いだ
それにしても今回はいつもより比較的永いほうな気がする
いつもであればすぐにまた私として目を覚ますはずなのだけれど、それ程までに状況が緊迫しているのか、はたまたソラちゃんと何か話しているのか
どちらにしろこの後起きれば私がちゃんと話をしなければいけないだろう
ずっと隠してきたけれど、ここまでなってしまえばそうはいかない
少し憂鬱だけどいずれ伝えなければいけないことだったのだ
あの子を使う覚悟も決めていたのに
相変わらず私の意思は弱くて嫌になる
そんなことを考えていれば目の前がキラキラと輝きだして、あの子が戻ってきたのだと悟る
あの子が戻ってきた以上は、私が今度は目を覚ます番
そのキラキラとした輝きにそっと手を添えたのを最後に私の世界は暗転した
「んっ……」
目を開けばそこはよく見慣れた天井で、自分がテントの中に寝かされていることに気づいた
もしかしたら、嫌な夢だったのだろうか
しかしそれは横に目線を向けたことで否定される
私の横には優れない顔をしたソラちゃんが座っていたからだ
雨の音もしないなかソラちゃんがこうしてテントのなかにいるだけでも異常事態なのだ
そのうえそんな表情をされては嫌でも夢ではないということは分かる
「……」
視線は交わっているはずなのにソラちゃんがなにかを言い出す雰囲気はない
「……あの、ソラちゃん」
空気に耐えきれなくてなった私は起き上がるとおずおずと名前を呼んだ
「はい」
ソラちゃんは表情を変えることなく返事だけする
「あの後……私が気を失ったあと、どうなったの?」
はっきり言って聞くのはかなり気が重い
それでも聞かなければいけないことだ
「……記憶が、ないんですか?」
ソラちゃんは少し意外そうな表情を浮かべてそう言った
「うん、もう知ってると思うけど、彼が、ダイチが前に出ている時の記憶は私には一切ないの」
「ダイチさんはあるみたいでしたが」
私の説明に少しいぶかしげに答える
「……ダイチは、私のなかからずっと見てるみたい、きっと今も見てる」
そう、彼はいつだって周りを見ている
でも私は底に沈んでいるときは周りを見ることが出来ないのだ
「……ダイチさんが機転効かせてくれたお陰でホシノは撤退しました、その後……リアさんからシャッターのリモコンを奪ってシャッターを開けて、シェルターを脱出しました」
少し言いずらそうにそう答えたソラちゃんを見て思い出した
そうだ、あの子はホシノが用意した囮だと言った
彼女はどうなったのだろうか
「……リアちゃんは、どうなったの?」
「さぁ、私には分かりかねます」
思っていたことをそのまま言葉にすれば無表情を装ってソラちゃんはそう言った
「それはっ、置いてきたってこと……?」
大きくなりそうな声を何とか堪えて聞き返す
「そう、なりますね、まぁ一緒に行くような状況でもありませんでしたしもし仮に一緒に行こうと言っても聞く耳を持たなかったでしょう」
ソラちゃんの言葉は冷たく、リアちゃんについては何も思っていない
そういう風を表面上だけ装っている、ということは流石に私でもわかった
「そっ……か」
私はそれ以上リアちゃんにたいして言及することは止めた
はっきり言って気がかりではないと言ったら嘘になる
彼女もまたホシノに利用された被害者だ
それでも彼女が起こした行動は到底看過できないほどのものであることはどう足掻いても覆らない
そしてその贖罪をもし彼女が選んだことなのであれば、私から何かを言うことは出来ない
所詮は他人なのだから
「……」
それに黙り込んでしまったソラちゃんを見ていれば私よりもそのことを気にしているのは分かる
私はダイチと交代していたし途中からはおそらく気を失っていただけで実際に彼女の感情の変化を目の当たりにしてそうして置いてくることを選んだソラちゃんの心労は計り知れない
「ダイチは、何か言ってた?」
私は話題を変えるためにダイチの話を持ち出す
「あなたが大切だ、ということと、私達双方の考え方について意見を述べていました、それ以外だと、自分があなたの弟である、と言っていました、他に気になることがあればあなたに聞けと、それだけ言って気を失ってしまったのでこうしてテントまで連れてきました」
なるほど
私が大切だ、か
今回も、ダイチを名乗る人格はこうして私のほしい言葉を都合よく吐き出したのか
"本当の"ダイチだったら絶対に言わない言葉に苦笑が漏れる
「……そっか、じゃあもう、話すときが来たってことだね」
ソラちゃんは待ってくれると言ってくれたから、今まで隠してきたこの事実
いずれは話さなければいけないと思っていたのだから丁度よかったのだ
私は少しだけ姿勢を正して話し始めた
「私には弟がいたって話したことあるでしょ? 私達元々孤児院の出で、世界がオメガウイルスで廃退した後もずっと一緒にいたの、でもある日、弟は……ゾンビになった」
「噛まれた、んですか?」
私はソラちゃんの言葉にぶんぶんと首を横に振る
「ううん、理由がね、わからないの、だから本当にオメガウイルスだったのか、ゾンビだったのかもわからない、でも突然凶暴化して暴れだして、必死で呼び掛けても反応がなくて、私じゃなくて近くにいた別の、子供を襲おうとしたから私は近くにあった包丁で……弟を刺した」
それは突然のことだった
今でも鮮明に思い出すことが出来る
弟は、シェルターのなかで突然ゾンビ化したのだ
もちろんシェルター内にゾンビはいなかったし他の時に噛まれた、なんてこともなかった
本当に突然すぎて、もしかしたらゾンビ化なんてしてなくて、ふざけてるのかと思ったくらいだ
それでも子供に噛みつこうとしたことは弟がふざけていたのではないと悟るには充分だった
だから、殺した
私がこの手で
「っ……」
私の言葉にソラちゃんがぐっと息を飲む音がする
「私が、弟を……ダイチを殺したの」
「ダイ、チ……」
ソラちゃんが弟の名前をゆっくり復唱する
「そう、さっきまで表に出ていた人格と同じ名前、私ゾンビに噛まれたことがあるっていったでしょ? その時、ダイチを殺した時に噛まれたの、それで奇しくも自分の特殊な体質を知ることになった」
ソラちゃんに私の二つ目の人格はダイチという名前で私の弟であると語っていたことからもソラちゃんも少しは察していたのであろう
それでも私のなかにいる人格が本当に私の弟のダイチを名乗っていたと知れば面食らうのも無理はない
奇しくも子供をダイチから庇ったことで自分の体質を知れたことは唯一よかったこと、だったのだろうか
そうとでも思わなければ生きていけなかった
「……」
ソラちゃんは話を黙って聞いていて何も言おうとはしないから私からまた話を続けた
「……ダイチを殺してから罪悪感で一杯だった、噛まれたことは隠してたけど、身内がゾンビになったことで孤児院から斡旋してもらった特殊シェルターのなかでも浮いた存在になっちゃって、それでちょっかいをかけてくる人も何人かいて、ある日またからかわれてたら気付いたら気を失っていて、起きたらその人達が血塗れで地面に倒れて怯えていた……それが私の悪癖の始まり」
今でも覚えている
怯えた人達の歪んだ表情を
一緒に孤児院で育った子達の私を見る目を
「……その後は」
「その後はそのシェルターにいられなくなって別のシェルターに行った、それからも悪癖が出る度に色んなシェルターを転々とした、運が良い……って言っていいのかわからないけど、毎回新しいシェルターに行くと丁度空きがあってシェルターには入れたからよかったけど、それであの日もシェルターを追い出されて路頭に彷徨っていたらソラちゃんと出会った」
そう、私はあのシェルターでもまた悪癖、ダイチの人格を出してしまいもう庇えないということで追い出されたのだ
「それなら、あなたのなかの人格であるダイチさんは……」
私はゆっくりと首を横に振った
死んだダイチの魂が私に宿って守ってくれている
きっとソラちゃんはそういうことを言いたいのだろう
でもそれは違う
そんなことは絶対にあり得ない
「きっと、私が罪悪感に耐えきれなくて、それで自分のなかにダイチを生み出したんだと思う、そうすることでダイチが生きてることにして、罪の意識を拭いたかった」
ダイチを殺した自分が赦せなくて、それで勝手に都合よく作ったのが私のなかにいるダイチという人格の正体
私はずっとそう思っている
「でも、それにしては……あのときのあなたはあまりにも……」
「でもそうなの、だって別にダイチはお姉ちゃんっ子ってわけでもなかったから、それに自分を殺した私を大切だって言うなんて……あまりにも出来すぎた話でしょ?」
私はソラちゃんの言葉を遮って話を続けた
少し、強い言い方になってしまったけれど、だって本物のダイチが私のなかにいるなんて戯れ言は聞きたくなかったのだ
「……ウミさ――」
「大変大変大変よ!! 二人とも聞いてっ!!」
ソラちゃんがそれでも何か続けようとするのを邪魔するように勢いよくテントの入り口が開かれた
「カナタっ!」
「カナタさん!?」
そこから慌てた様子でひょっこりと顔を覗かせたのは、カナタさんだった